5話:クラスメイトと自己紹介
しばらくの静寂が続いた後、教室の扉が再び開かれ、教師が入ってきた。
教師はまだ二十代後半ほどの女性だった。
教室を見渡し、しっかりと出席していることを確認した彼女は、満足そうに頷いてから口を開いた。
「ちゃんと揃っていますね。みなさん、おはようございます」
数人が挨拶を返す程度で、彼女は少し悲しそうな表情をしていた。
「このクラスを担当する、マリベルといます。みなさん、よろしくお願いしますね。それでは順番に名前と簡単な自己紹介をお願いします」
その言葉を聞いて、最初に名乗りを上げたのは、教室の前方に座っていた青年だった。
「僕はアレックス・マーベルクス。職業は【戦士】です。次男なので騎士団に入団志望です。よろしくお願いします!」
アレックスはきちんとした態度で自己紹介を終え、席に座った。続いて、隣の席に座っていた銀髪碧眼の、小柄な少女が立ち上がり自己紹介を始めた。
「私はリリア・ノルウェン。職業は……その、【治癒師】で、将来は教会など怪我人などを直せればと思います……よろしくお願いします……」
途中、口籠った彼女の職業は治癒師ということもあり、周囲からは馬鹿にするような声がちらほらと聞こえる。
リナと名乗った彼女も、周囲の蔑むような視線に絶えられないのか、俯いてしまった。
こればかりは、回復魔法が冷遇されているので仕方がない。この学園には時折平民もいるが、彼女は姓を名乗った。つまりは貴族ということだ。
家でも肩身が狭い思いをしていたのだろう。
教室の中に不穏な空気が漂う中、リリアの自己紹介が終わると、少しの沈黙が流れた。その沈黙を破るように、次に名乗りを上げた少年が立ち上がった。彼は、顔を少しだけ上げて周囲を見渡すと、軽く鼻で笑いながら言った。
「俺はディック・ハーヴェル。職業は【剣士】だ。……治癒師以上に、戦場なら役に立つぜ。よろしくな」
その言葉に、教室の一部の生徒たちがクスクスと笑い声を漏らし、リリアはその瞬間、顔を真っ赤にして下を向いた。涙が目に浮かびそうだが、必死に堪えている様子が見て取れた。アルドはその光景を見て、心の中でため息をついた。
「何も知らないくせに……」
リュークは「呆れるな。程度が知れる」と呟いていた。
今みたいに回復魔法が蔑まれることはよくあるが、それは無知から来る偏見にすぎない。
しかし、今はそれを変える力がある者は少なく、リリアはその中でも最も傷ついているのだろう。
その時、教室の空気が一気に変わった。イリスが、冷たい視線を周囲に向けながら、無言で立ち上がった。そして、何事もなかったかのように自己紹介を始める。
「私はイリス・ルクセリア。王族ですが、今は学生ですので立場などは気にしないで話しかけていただければと思います」
その声には、どこか冷徹で高貴な響きがあり、教室内の全員がその言葉に耳を傾けた。誰もがその名に反応し、緊張が走る。
「でも、人を馬鹿にする人には興味がありませんので、話しかけないでください」
その言葉を投げ捨てるようにイリスは続けた。
「私は強くなるためにここにいます。弱さを許さない、そんなことに悩んでいる暇もありませんから」
その瞬間、教室の空気は凍りついた。イリスの威圧的な言葉と、その冷徹な態度に、誰もが言葉を失った。彼女の強さと冷徹さは、言葉以上に教室を支配していた。
イリスが席に戻り、次にリュークが立ち上がった。彼の態度は柔らかく、穏やかなものだったが、その目には少しの真剣さも感じられた。
「リューク・ファーレンです。職業は【魔剣士】。将来は軍に仕官したいと考えています。よろしくお願いします」
次々と自己紹介が続き、リュークも無事に終わった。俺の番が回ってきたことに、少しだけ緊張が走ったが、すぐにその感情を押し込めた。
ああいう場面で動揺するのは、格好悪いからな。
俺はゆっくりと立ち上がり、教室を見渡した。みんなの目が俺に集まるのが分かる。少し浮かれているような連中がいるけど、俺にはそれがどうでも良かった。何も気にせず、ただ自分のペースでやるだけだ。フィリア姉さんがそうだったように。
「俺はアルド・クレイヴンハート。職業は【狂戦士】だ。将来なんて知らん。知っての通り、俺はクレイヴンハート家の一族だ。ゆえに、ただひたすらに強さと闘争を求めている」
言葉を並べていくうちに、自然と自分の中の戦闘狂が顔を出してきた。どうせクレイヴンハート家を知らない者は、この世に存在しない。ゆえに、その血筋が何を求めているのかも知られている。
当然俺も、強さと闘争を求めている愚者である。
「俺はみんなが馬鹿にする回復魔法が得意なんだ。ポーションなんかよりも、早く治るぜ? 訓練とかで手足が千切れたら呼んでくれ。治してやる」
席に座る直前、俺は告げる。
「言い忘れていた。戦争とか強いやつがいたら呼んでくれよ? 俺はただ――血が湧き、肉体が燃え、心が躍る瞬間を追い求めている。強いやつは大歓迎だ。よろしくな」
そう言って席に座った。
リリアが一瞬俺を見た。その表情は嬉しそうにしており、声には出していないが「ありがとう」と言っていた。
別にお礼なんて必要ない。
ただ、気に食わなかっただけだ。すると、イリスから睨み付けるような視線が向けられており、俺は小さく溜息を吐くのだった。




