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1話:黒樹海

 翌日、試合の熱気も冷めやらぬ中、俺は執事からヴァルターが呼んでいると言われ、いつもの書斎に向かっていた。


 廊下を歩きながら、昨日の試合を思い返す。

 シグルド兄さんとの死闘――今も全身に鈍い痛みが残っているが、それが俺には心地よかった。


「……あんな戦いが毎日続けば、どれだけ強くなれるんだろうな。それに、もっと戦い続けたかった」


 自然と口角が上がる。身体は傷つき、疲労は溜まっているが、心は前向きだった。

 途中、家の使用人や兄姉たちに声をかけられる。


「アルド様、昨日の試合は素晴らしかったです!」

「驚いたわ。あのシグルド兄さんとここまでやり合うなんて」

「……俺と戦うときは容赦しないからな」


 それぞれが違う反応を見せる中、俺は短く返事をしながら歩を進めた。

 目指すは、当主であるヴァルターの書斎。


 やがて重厚な扉の前にたどり着く。ノックをして返事を待つと、いつもの落ち着いた声が返ってきた。


「入れ、アルド」


 書斎に入ると、ヴァルターは机に向かい、何かの書類に目を通していた。

 机の上にはきっちり整えられた本や資料が並び、その中にあって一際目を引くのは、彼が手にしている封筒だった。


「昨日の試合、お疲れ様だった。お前の戦い方には本当に驚かされた」

「父上、ありがとうございます。シグルド兄さんにはまだまだ遠いです」


 俺が正直な感想を述べると、ヴァルターは書類を机に置き、俺を見上げた。


「だが、あそこまで戦えたのは大したものだ。それに……」


 彼の視線が鋭くなる。見つめているのは俺の身体。正確には、この身体に刻まれている“エインヘリヤルの刻印”である。


「その身体に刻んでいるものだ」

「これですか?」


 俺は袖を捲り、黒色でルーン文字がびっしりと、いくつもの線のように刻まれた腕を見せる。

 この呪文のような刻印が体中に刻まれている。


「それは一体、なんのだ? 私でも見たことがない」

「これは“エインヘリヤルの刻印”といい、俺と師匠で共同開発した術式です」

「誰にでも使えるのか?」


 俺は首を横に振って、これを刻む者が卓越した魔力操作と膨大な知識が必要なこと。刻まれる人が死にも勝る痛みに耐え抜き、尚且つ回復魔法の極致である再生魔法が使える、という条件を話した。


「そして、師匠以外にこれを刻める人はいない。素材も貴重な物ばかりで簡単に手に入るものではありません」

「そうか……使うのは無理か。アルド、お前の師匠とは? ここ一年、その師匠と修行していたのだろう?」

「はい。ですが、師匠のことは話せません。師匠が自分のことは話すなと厳命されているので」


 そう告げると、ヴァルターはこれ以上聞いても無駄と判断したのか、聞こうとはしなかった。


「……このまま回復魔法をさらに極めれば、お前はもっと強くなるだろう」

「はい。ところで、私を呼んだ理由は?」

「そうだったな。お前はもう十三歳だ。あと二年もすれば、お前も王立アルティア学園に入学する時期になる」


 ヴァルターは机の上の封筒を指で軽く叩きながら、冷静な声で言葉を続けた。


「お前には、その“エインヘリヤルの刻印”という特異な力がある。その力を完全に使いこなせるようになるためには、実戦経験が必要だ。そして、学園に入る前に、それを得る機会を与えよう」

「実戦経験……ですか?」

「そうだ。お前を修行の地として『黒樹海』に送り出す」


 その言葉に、俺は目を見開いた。黒樹海――それは、ルクセリア王国の東部に広がる広大な森で、無数の魔物が巣食う危険な場所だ。

 前にシグルドが遠征で言った場所でもある。


 ヴェルクス帝国やヴァルダーク連邦のように山脈で魔物の侵入を防ぐ地理的防壁がないこの国において、黒樹海は常に脅威であり、辺境伯家である俺たちクレイヴンハート家がその管理を担っている。


「黒樹海……このタイミングで俺をそこに送る理由は?」

「学園でクレイヴンハート家の力を証明するためだ。入試で優秀な成績を納めれば、特待生制度もある」


 特待生……王立アルティア学園は、貴族や優れた能力を持つ者たちが通う名門校だ。入学試験は厳しく、特待生に選ばれる者はさらに少ない。その制度は才能ある者に学びの機会を与えるが、それだけ期待も高く、同時に嫉妬や敵意の的になる。


「特待生だからこそ、実力を疑う者も多いだろう。だが、それを黙らせるのは他でもないお前自身の実力だ。そして、それを鍛えるには黒樹海ほど適した場所はない」


 ヴァルターの言葉には確かな説得力があった。俺は拳を握りしめ、心の中で自らに問いかける。黒樹海での修行は、魔物との死闘を意味する。だが、それを乗り越えれば、俺はさらに強くなれる。

 いいじゃないか。面白いじゃないか。


「分かりました。あの場所なら、まだ見ぬ強敵と戦えるんです。当然行かせてくれるなら、当然行きます」


 ヴァルターは満足そうに頷き、机に広げた地図を指差した。


「黒樹海で力を試し、磨いてこい」


 ヴァルターは続ける。


「期間は一ヶ月だ。その間に、お前自身の限界を超えられるよう努めろ。必要な装備や物資は用意させる。だが、そこから先はお前次第だ」

「了解です。俺の力を証明してみせます。」


 俺の言葉に、ヴァルターは厳しいながらもどこか期待を込めた表情を見せた。


「ただし、油断するな。黒樹海には未知の脅威が潜んでいる。いくら再生できるとはいえ、慢心は死を招く。必ず生きて戻れ。それが、お前がこの家の、クレイヴンハート家の者だと証明してくるのだ」


 俺は深く頷き、その場を後にした。廊下を歩きながら、これから待ち受ける修行に思いを馳せる。

 黒樹海――ヴェルクス帝国やヴァルダーク連邦との間に横たわる魔の森。その防波堤がないこの国では、魔物の脅威が常に隣り合わせだ。クレイヴンハート家の使命として定期的な討伐が行われているが、そこは常に命懸けの地だ。


「エルセリア姉さんが帝国との国境を守っている中、俺もここで結果を出さないとな」


 兄姉たちに追いつき、追い越すためにも、黒樹海での修行は絶好の機会だ。魔物との戦いの中で、『エインヘリヤルの刻印』を完全に使いこなし、さらなる高みを目指す――それが俺の目標だ。


「黒樹海か……久しぶりだな」


 自然と口元に笑みが浮かぶ。恐怖や不安ではなく、戦いへの期待に、強敵と戦えると言うことに心が踊っていた。




最後までお読みいただいてありがとうございます!


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