14話:シグルドとの試合2
剣王の職業スキル――『剣王領域』。
シグルドの半径五メートルは、彼の絶対領域。
この範囲では、敵の気配や動き、魔力の動きなども察知できるというものだと聞いた。
シグルドが俺を見て笑みを浮かべた。
「ほら、アルドもスキルを使ったらどうだい?」
シグルドの言葉に、俺の口角が不敵に吊り上がり剣を構える。
「上等。最初から全力で行く。だからシグルド兄さん、簡単には倒れないでくれよ?」
一拍、俺はスキルの名を叫ぶ。
「――狂気の解放!」
俺の叫びと共に発動した『狂気の解放』。
通常、このスキルは理性を失う代償と引き換えに圧倒的な戦闘能力を得るものだが、俺は違う。
“エインヘリヤルの刻印”の力が、暴走する狂気を制御し、冷静さを保たせる。
目の前のシグルドが驚愕の表情を浮かべた。
「……狂気の解放を使ってなお、理性を保っているだと?」
シグルドだけではない。ヴァルターや兄姉たちも驚愕で目を見開いていた。
「まさか、理性を失っていない、だと……?」
「ありえないだろ⁉」
「嘘でしょ⁉」
ヴァルター、アレン、フィリアが声に出して驚く。
俺はその驚きの声を聞き流し、シグルドを見つめる。
言葉を放つと同時に、俺は足元を蹴り、シグルドに向かって一気に踏み込む。剣を振り下ろし、怒涛の連撃を繰り出した。
シグルドは冷静だった。『剣王領域』の中で、俺の動きはすべて把握されているのだろう。俺の剣を受け止め、弾き、鋭い反撃を繰り出してくる。
そのたびに、剣と剣がぶつかり合い、鋭い音が訓練場中に響き渡る。
「やるな、アルド。本当に別人のようだ」
「まだまだだ、シグルド兄さん!」
俺の力を封じるかのように、シグルドの剣は絶えず的確な動きを見せる。それでも俺は引かない。『狂気の解放』による力と速度の増幅が、俺を限界以上へと押し上げていた。
他にも職業スキルはあるが、今回はこれのみで戦う。
俺が求めた最強を、証明するためだ。
身体中に斬り傷を負うが、それでも俺の笑みは絶えない。それはシグルドも同様だった。
互いの顔には笑みが浮かんでいる。
「いいね、アルド! 熱く行こうか!」
「ああ、シグルド兄さん! 熱くなろうぜ!」
互いにぶつかる。
「これはどうかな?」
剣戟の中、突然の一撃。シグルドの剣が俺の攻撃の隙をつき、鋭く振り抜かれた。
次の瞬間、俺の右腕が宙を舞い、地面に落ちた。
「……!」
見ていた面々が声を上げそうになる。ヴァルターも決着が付いたと思ったのか、手を挙げようとするが、俺は止まらなかった。
息を呑むのが聞こえる。だが、俺は怯まない。
失った左腕の痛みを感じる間もなく、刻印の力が発動する。
斬り飛ばされた腕の断面から光が溢れ、一瞬で新しい腕が再生された。
「……! 再生した……⁉」
驚愕するシグルドに向けて、俺はさらに加速した攻撃を叩き込む。
『剣王領域』の中で、シグルドの動きは正確無比だ。この領域内において、彼は敵の動きや魔力の流れを完全に把握し、対応することができる。
だが、俺の『狂気の解放』と再生能力を組み合わせた猛攻は、それを超えていた。
四肢を斬り飛ばされても、一瞬で再生して攻撃が続く。
「なんだ、その力は⁉」
「驚いてくれたなら頑張った甲斐があるってものだ」
当初は優勢だったシグルドが、徐々に追い詰められていく。
「これならどうだ!」
俺はシグルドの剣を捉え、全力の一撃を叩き込む。剣の衝撃でシグルドの身体が後方へ吹き飛ばされながらも、見事に体勢を立て直した。彼の『剣王領域』が、最後の一手を狙う冷静な光を放つ。
「アルド。これで終わりにしよう!」
シグルドは剣を正眼に構え、一瞬の隙もない完璧な構えを取る。
俺の全力の一撃が彼を吹き飛ばしたものの、彼の表情には疲労の色が若干見える。それに比べて、まだエインヘリヤルの刻印を物にできていない俺は、体力が尽きかけていた。
「……さすがだよ、シグルド兄さん!」
俺は再び剣を構え直し、最後の力を振り絞るように突進した。
互いの剣が激突する。シグルドの動きは鋭く、まるで隙がない。『剣王領域』内での攻防は、もはや神技の域に達していた。
そして――
シグルドの剣が、俺の剣をはじき飛ばした。
そのまま俺の胸元へと突き出された一撃が、鋭く俺の身体を捉えた。
俺は後方へと倒れ込み、地面に剣を突き刺してなんとか踏みとどまる。息が荒い。エインヘリヤルの刻印をもってしても、この体勢からの巻き返しは不可能。
「……終わりだな、アルド」
シグルドの剣が俺の首元に突き付けられ、勝負の終わりを告げた。
「……負けた、か」
俺は悔しさと共に、笑みを浮かべながら立ち上がる。
訓練場には静寂が広がり、その場にいた全員が俺とシグルドの死闘を目に焼き付けていた。
やがて、ヴァルターがゆっくりと拍手をする。
「見事だ、二人とも。これほどの戦いを見せられるとは思っていなかった」
シグルドは俺に歩み寄り、肩を叩く。
「いい試合だった。正直、見違えるほどに成長しているよ」
「俺もさ、シグルド兄さん。けど、やっぱり兄さんは強いな」
俺はその言葉を素直に口にする。悔しさもあるが、それ以上に充実感があった。
シグルドの足元までは辿り着けたと思う。
しかしその道のりは、足元前辿り着いたがまだまだ遠い。
もっと鍛錬して、エインヘリヤルの刻印を物にしなければならない。
学園入学も待っているので、それまでにエインヘリヤルの刻印を物にすると決意するのだった。




