第一話 桜咲く季節
人は成長すると、建前をもってして少なからず自分を偽る。そうで無い者は限りなく少なく、究極の善人か、完璧な社会適合者くらいだろう。私は不適合者であった。趣味人間観察、心の根底にある人への不信感に、中学受験によって強く根を張った学力至上主義や合理主義への崇拝心、おまけに受験の失敗からくる学歴コンプ持ちといった化け物であった。理想と乖離する自分を傍観し、ただそれに絶望する毎日であった。そんな私にも転機が訪れた。数少ないそういった環境をオールクリアできる機会、高校受験である。この環境を変えるという目的のため私は、手段を選ばなかった。
一つ、地元の人間が入る確率の低い中高一貫の名門私立高校に入学すること。
二つ、人脈が広そうで気品のある人間を見定め友人にすること。
三つ、今まで見てきた性格の良い人間の人格を模倣すること。
四つ、面倒ごとには関わらず傍観すること。
五つ、困ったらおどけてその場を誤魔化すこと。
結果出来上がったのは狂った道化師
無事、私立慧風学園に入学を果たし、とはいえ中学受験を経験した身としては、赤子の手をひねる様なものであったのだが、こうして私の学園生活は幕を開けた。
「みなさんこんにちは、私の名前は朝霧聡美です。好きな動物は猫です。どうぞよろしく。」
出席番号順の自己紹介、開幕の掴みは上々であろう。中学三年間の間の唯一の趣味であった人間観察の賜物である。幸い同郷の者は入学していなかった。後から続くコピペの様な自己紹介を流し聞きしながら、人相を品定め。誠実そうな男が三人、おとなしそうな女が二人、地雷そうなのが男女共に一人ずつ、賢い脳筋が男に五人、内向的なのが男に八人女に二人、外向的なのが二人ずつ、私含め計二十七人の高校編入クラスである。このメンツで二年間共に学園生活を送ることになる。
お気づきだろうか?圧倒的な女性人口の少なさを、それもそのはず、晴れて我が母校となったこの慧風学園は、改装前まで男子校であり女性比率が極端に少ない学校なのである。まぁ私の学年はまだマシなのだが、今の高三は、学年の女子が文系理系それぞれ一クラスにだけ固まり他の四クラスは男だけといった共学モドキと化しているのだとか、いやー地獄地獄そう考えるとこのクラスは案外あたりの様である。
「朝霧さんだっけ?よろしくね!」
隣の席の尾上櫻子このクラスの数少ない女子である。仲良くしないという手はない。
「尾上さんだっけ、よろしく。」
何気ない会話を進める。どうやら彼女は医者の子供らしい、仲良くしておいて損はないだろう。
"ニャオーン"スマホの着信音がなる、この学校は教室へのスマホの持ち込みが禁止である…鳴ったのは私のスマホだ。スマホの持ち主を察した周りからドッと笑いが起こる。
「スマホの着信音かあ? この慧風学園はスマホ禁止やからなぁ、今のスマホの持ち主は手ぇ上げぇや。」
このクラスの担任である狭間直弼先生が声をあげる。終わった。
渋々と手を挙げる私、またもや笑いの起こる教室。今思えば、この着信音が私の見舞われる災難のファンファーレだったのかもしれない。かくして私は猫人間のレッテルを貼られると同時にクラスの変人枠を獲得したのだった。
「まぁ今日は登校初日やし、しゃあないわな。」
なんとか没収は避けたが、失ったものが多すぎる。隣の席の尾上さんも笑いを堪えるので手一杯だ。
ホームルームが終わり家に帰ろうとした時、一人の男に呼び止められた。
「猫の人やんな?」
前髪が目の当たりまで伸びていて髪型がブロッコリーの様な彼は、やけに馴れ馴れしく(フレンドリーに)私に話しかけてきた。
「そうですけど、君の名前は?」
外交的な彼が口を開く。
「僕の名前? 三石匠! よろしく! 猫の人!」
面倒くさいが、こういうタイプ(フレンドリーブロッコリー)とは仲良くしておいた方が今後のためだろう。それにチラチラと目に入る持ち物がどれも高価なのである。
「よろしく三石君私の名前は、朝霧聡美。まあそのあだ名が気に入ったのならそれで良いけど。」
しばらく彼と話していると案外共通点も多く、良い交友関係を築けそうであった。
この先彼に関する面倒ごとに巻き込まれるだなんて、この時の私は思ってもいなかった。
時は移ろい、学内は入部シーズンを迎え活気に溢れていた。その日私の学年は半日授業で、教室にて粛々と昼食を食べていると、勢いよく教室の扉が開き、二人組の内部生(中学受験組)の男子が入ってきた。
「「室内楽部に入部しませんかー!?」」
息ぴったりの二人、突然の事に静まり返る教室、状況に追いつけない私、絶妙な空気感の中二人はしばらくフリーズし、すごすごと戻って行った。あまりにも気の毒であったので、私は室内楽部の体験に行くことに決めた。無論勉強漬であった私には、楽器の経験などは無いし、音楽は嫌いな方であった。芸術の選択も書道である。(実を言うと書道部というものに憧れがあったのだが、この学園には書道部がなかった。)よってこの部活にも入る気は無かった。
音楽室前に行くと、同学年の部員に囲まれて、なすすべなく物置の様な小部屋に通された。先程の二人組は、見当たらない。しまった少し様子を見るつもりが、これじゃあ逃げられないじゃないか。しかし、慌てるにはまだ早い、私は絶望的に音楽センスがないのだ。体験できる楽器にはフルートとクラリネットとヴァイオリンがあった。まずは、フルートの体験をした。十中八九音は出ないだろう、出るはずがない。そう思っていたが、吹いてみると案外出てしまうものである。あれ? オッカシイナー 周りの人間が私の事を持て囃すので、クラリネットにも挑戦した。これには、なかなか苦戦したが、十分間の格闘の末頭部菅のみで音が鳴り、その後の十分程で音階を吹くまでに至った。 案外吹けてしまうものである。いや、ふけてしまうとまずいのだが、
最初は入る気などさらさらなかったものの、持て囃されるうちに承認欲求が満たされていき、気付けば翌日も体験入部に来てしまっていた。しばらくフルートの体験をして、最高音まで出すことができる様になったが、クラリネットの見た目と音色に惹かれ、私は室内楽部クラリネットパートとして入部を果たすことになったのだ。
人間どうなるかはわからないものである。
そう、未来は誰もが予想することができないのである…
朝霧聡美のクラス構成
一年F組
担任 狭間 直弼
一番 朝霧 聡美
二番 井上 雅之
三番 遠藤 義之
四番 尾上 櫻子
五番 川上 琢磨
六番 木田 太一
七番 口野 晃誠
八番 桑原 康太
九番 小林 優子
十番 小松 慶太
十一番 酒井 凛花
十二番 多田 一晃
十三番 津田 和樹
十五番 中谷 絵麗奈
十六番 西迫 和智
十七番 本田 雄介
十八番 松本 奈帆
十九番 三石 匠
二十番 村上 成彦
二十一番 村瀬 麟太郎
二十二番 森 一馬
二十三番 山川 沙羅
二十四番 山田 邦彦
二十五番 山本 雄星
二十六番 吉田 徳仁
二十七番 渡部 翠