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炙り



「まさか河に踏み出すとは思わず…。腕は傷めていらっしゃいませんか?」

「大丈夫です…」


チラと振り返れば、さっきまでは一切見えていなかった幅の広い河が存在していた。

見えなかったのに……

まだ浸かっていたつま先に気づき急いで引き抜く。


「……」


神はずっとこの河を見ていたんだろう。

水に触れた部分が今も触られてる気がして鳥肌が立つ。


(…今は水面が反射して見えないけど、水底マジで昏かった…)


例えるなら、高いビルの屋上から地上の人を眺めるとよくゴミのようだと表現されるだろう。

その蠢めく人々の層が何重にも重なって光も通さない感じ。

高いビルの屋上が岸辺だとしたらすぐ下ギリギリから、先の見えない遠い水底まで何十層、何百層にも重なって自分の足元でゆっくり蠢めき流れている。と思ってもらうと、うじゃあ…とした密集感と昏さをご理解いただけるだろうか。


そんな河に浸かってしまった気持ちを十文字以内で答えよ。ぞわぞわして気持ち悪ッ。

うう…気持ち悪い感じが頭にこびりついて増幅してく。


「この河は「転生する」ものたちの為の河。全てのものが流れつき流れ去っていく場所。本来であれば、あなたもまた共にたゆたう場所でした」

「ぅ、ゔッ…」


やっぱそうか。と思うと同時にえずく。


「戻りたいと嘆いたあなたがまさか先の定まらない転生の道を選ぶとは思わず引き止めてしまいました」

「ごふっ、ケフッ」

「不如意に苛まれたあなたが選択の自由を求めてこの河に身を投げると言うのもおかしな気がしまして」

「ゔぇ、ゴホゴホッ」

「でも自ら進んで行ったのなら実はお望みでしたか?」


まるで間違いなんぞ一度もしたことがないと言わんばかりの顔で見下ろされる。


「っ…望んでないッ! 転生なんてしない!」

「そうですね。まだご理解いただけてませんよね」


悲しげで、だけど無表情になった神の顔がこの場にそぐわずひたすら美しい顔に見えた。

息を呑む美しさってこう言うものかもしれない。

気持ち悪さで荒れていた息が、美しさで逆に止まる。


「……」

「何もお伝えできていないままに選ばれし転生者様を次の場所へ渡らせてしまうのは、それこそ「渡りの広場」を司る神としての名折れ」


まだ始まったばかりです! と明るく神が奮起すると、美しさは途端に人間味あふれる表情に紛れる。

別にもうちょっと見てたかったとかでは無い。




デン


と神が目の前に置いたのは、飾り皿に盛り付けられた魚丸ごとのお造りだった。

金色の舟を模した飾り皿に敷き詰められていて、刺身一枚一枚がツヤツヤと新鮮そうだった。自分で直接行ったことなんてないが、きっといいとこのお店で用意されたものかもしれない。


「こちらはとある宴会にて用意された新鮮な活け作りです。しかし手をつけられる前に襲撃に遭ったらしく食べてもらうことは叶わないまま生涯を終えたそうです」

「アッ、ハイ」


それはまた奇異な人生、じゃない魚生を過ごした魚がいたもんだ。

と言うかこれもあの河から掬い上げたものだよね……


胡乱な目で金色の舟を見ていたら、神が心得たとばかりにうなずいて見せる。


「もちろんお箸や取り皿、お醤油などもご用意がありますからね。ご安心ください」


言って渡された飾り箸の模様は不思議な色合いでツヤツヤしてるし、取り皿も薄く作られた陶器ですぐ割りそうなくらい繊細そう。醤油瓶からも美味しそうな香りがするから多分いいとこのやつ。コレモ襲撃サレタノカナァ。

顔を上げれば、これなら食べられますね。これを食べましょうね。と全身でニコニコする神。


「あの……刺身を炙りたいんだけど」

「!!」


神、ガス台のこと忘れてたな。

調理のために使われたいと言うガス台の未練を晴らしてやるって流れだったのに。


「あ、あぁ…なんと言うことでしょう…あなたの事を除け者にしたつもりはないのです。代表的な調理の方法ではありませんか。あなたのような手段が生まれたのは遡ればどれだけ昔からあることか。その古き良き手段でありガスで焼くと言う時代の最先端をゆくあなたを蔑ろにするなんてそんな!」


神がガス台にめちゃくちゃ言い訳してる。


「フライパンとかあったら使いたいんだけどー、あと調理に使う水も欲しい」

「はいもちろんです。金網もホットサンドメーカーもご用意できます」


ガス台を取りなす為にこっちには目も向けずに返事する神。必死すぎないか。


「じゃあ金網」


と選んだ途端、神が河に向けた手をくるりと翻す。

ザバァッと勢いよく浮かんできたのはフライパン状に持ち手がついた金網だった。持ちやすそうでいいかもしれない。ふわりとこちらに近づいてきたので、少し後ずさる。

滴る水にあんま触りたくない。


「水はそちらの蛇口をひねっていただければ、別の場所から引いた水を使うことが出来ます」


神の示すままに振り返れば、都合よく現れたホースつきの蛇口。

まあバレてますね嫌悪感。

とは言えせっかく用意してくれたゴコウイを無碍にはしない。思いっきりホースの水をぶつけて金網を思う存分洗浄してやっと触る。

ついでに箸も皿も水圧に気をつけつつ洗う。


「炙りタイム始めるよ〜」


一枚ずつ刺身を拾い、何枚か金網に並べていく。

これもまた洗浄というか、焼けば大体何とかなる精神に則り、水に浸かっていたと言う事実を焼いて殺菌する感じ。無かったことにしよう。気持ち的に。

だから、炙りと言いつつミディアムどころかウェルダンぐらいまで焼いてしまおうかと企んでる。


ガス台に向かえば、神がガス台を撫でていたので多分和解したんだろう。


「ついにガス台らしいお仕事の時間ですね!」


ガス台のつまみをひねり強火に。

ほどなくしてゴォッと火が燃えさかる。思ったより火力があるみたいだ。

良い感じに焼き色がついていく。火の通りの調節が金網越しに何となく分かるからいいように焼き目がつけられるな。


「そろそろ」


箸でひっくり返すと、綺麗な焼き色がついた身が姿を表す。


「うん、美味しそう」


思わず笑みが溢れるほどにカリッと焼けた表面がいい感じ。


「でもこれ次焼くにしても少し冷まさないと食べれないな」

「どんどん焼いて最後に兜焼きをしましょう。そうしているうちに食べられる程に冷めるでしょうから」

「兜焼き?」

「魚のお頭を焼く調理法ですよ。転生者様の調理の力量ですと鱗を取って焼いたほほ肉を食べるのが丁度よろしいでしょう」

「魚ってほほある…!?」


驚きであげた声に神がぽかんとする。

え、これ常識の範疇の知識だった?


「いやだって唇に上顎、目、下顎でエラでヒレじゃん。ほほのスペース無くない?」

「エラとおっしゃった部分の内側がエラで、外側のあたりがほほ肉と思っていただければ…」

「はー? ええ?」

「はい。今回は炙りをとことん味わいましょうね」


くっそ、話終わらされた。いやいいけどさ。鱗とったりしたことないし全然触る気もないし。

いいよ刺身全部カリカリにしてやる。ちくしょう。


「いただきます」

「はい、召しませ」


縮み上がるほど焼いたのを止められたりしながら無事全部焼き終えた。神が見守る中、炙り刺身を食べる。

焼いたものを美味しく食べられている姿を見たことでガス台は満足したのか、食後の頃には消えていた。見れば金色の舟のお造りも。


(よかった、お頭だけ残られたらどうしようかと思ってた)


最後の炙り刺身を食べ終わると同時に役目を終えた道具たちはすぅっと全部消えていった。

それぞれが置いてあった場所をぼんやり眺めていると、神が喋り出す。


「こうして使われたかった道具は望みを叶え、食べて欲しかった食材は無念を晴らしましたね。他のものたちも同じなのです。「渡りの広場」でこれまでの後悔を流し、絡む因縁を整理し、次の場所へ向かう。繰り返すことで全てのものが巡る。それを「転生する」と言います」

「…ふぅん」


後悔と因縁ねぇ。


「思い当たるでしょう?」

「……」

「あなたも、選ばれし転生者として「転生する」対象なのですよ」


ううう……めちゃくちゃ見守られてる視線…

じっと見つめられても、戻りたいもんは戻りたいんだ。


「だと言うのに、より重く大きい後悔と因縁をもつあなたが洗い流す事なく、しかも戻りたがるなんて予想外だったのですよ?」


(より重く大きいときたか…)


記憶にこびりつく後悔、関連するものを見るだけで脳が沸き上がる因縁の対象。走馬灯の中ですら割合が多かった。

特殊な転生対象として選ばれてしまうくらいこの記憶や気持ちが重いものだと言うのか。

でも忘るまじきことを忘れれば、それは…


「転生者様はよほどしつこい方なのでしょうね」

「あ゛?」

「悪い意味ではございませんよ。物欲が強い訳ではないようだとお伝えしましたし……ただ何と言うかねちこいと言いますか、しぶといと言いますか」

「明らかに悪い意味しかないだろが!」

「ああ、意志が固いと言えばよろしいでしょうかね」


神がほざくのを舌打ちで終わりにしたが、意思が固いも絶対いい意味で言ってるように思えない。


……デカい後悔と因縁を持ってて、その人間がしつこいタチなら確かに面倒くさい。

自分で言うのもおかしな話しだが、もし、もしも生きていた時そんな人間だったとして、そんな人間が自分の持ち物処理したいからって再び生き返って現れたってなっても、まぁ…対処に困るわな。

絶対に、大多数がやっといなくなってくれたと安堵を感じているだろうから。


「転生者様、固いお餅を炒ると美味しいお煎餅のようになると耳にしたことがありますが、いかがでしょう」


神がのほほんと次のメニューを提案してくる。


「例えば…」

「はい?」

「例えば特典で、記憶を持って「転生する」ことは後悔や因縁をそのままにしてるってことにはならないの」

「!! 転生を!?」

「しない!!!!」


しょんぼりを体現する神の顔を睨みながら、もう一度聞く。


「「転生する」で洗い流さないことになるけど、そのまま次の場所に行くのはいいのかって! 答えろよ!」



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