享受せよ
転生? 新たな人生? 生まれ変わっても別の場所で自分でいられる?
はいそうです。
じゃあ今までいた場所で積み重ねたものは? 全てなくなるの?
いえ、元いた世界がなくなる訳ではないので…
そのまま? そのまま世界は続いてる? なら尚更戻して欲しいんだけど。
それは…
どんなに屑やチリやくだらなかった事だろうと当時はそれなりに頑張ったし、流されて自然と積み重なったくっだらなく見える物ばっかかもしれないけど、それなりに必死に生きてきた。だのに「転生者様、あなたには転生していただきます」?
気持ちはお察しいたします。ですので選ばれし転生者の方には、特典というものもございまして、次の生で色々と融通をつけることが出来ますので、
選ばれし? 本当に無茶振りだよね。流石に流されないよ。だって死んで転生でしょ。死んでんじゃん。今までの何もかもを本気で捨てたくなんてなかったのに。嫌だ。いっそ死んだところに戻して。転生先かなんかで過ごす分そのまま生きるから。
それは…残念ながら…
ダメ? 何で? 自分の持ち物の処理とか色々出来るんだよ?
え?
いや死んだ時の記憶あるけど、結構痛かったし…流石にそのまま長生き出来るなんて思ってないよ。自分のものをちゃんと全部納得して後始末したいって思うのは悪い?
そんなことはありませんが…
転生者に選ばれた特典てのがあるなら元の場所に戻して。融通きくんならそれでお願いします。そんで転生しないで普通に死にます。
それだけは出来かねます。
あーもー何で?
あなたの転生はどうしてもなくてはならない事で、次の場所における必要事項なのです。
やだよ。自分にとっての必要事項も出来ないのに他人の世話なんて無理だから。
受け入れていただけないでしょうか?
…そもそもさ。自慢じゃないけど自分の世話だっていい感じに出来てた訳でもないのにさ。次の場所の為に全部放置して行かなきゃいけない身にもなってよ。最悪だよ全部中途半端。遺族が処理に困惑するしかしない。あー最悪。
…何故そこまで転生を拒むのでしょうか。
いやだから後始末が……
理由、そこに至る根拠をお聞かせくださいませ。
んー…根拠…理由?……転生ものの物語、最近世の中にめちゃくちゃ流行って蔓延ってんの知ってる?
輪廻転生すると言う概念がいつの間にか人々の間に知れ渡っていたのは知っています。
あーうん…大体、そう言う話の中では転生した先でカルチャーショックやジェネレーションギャップで苦労するんだよ。生活水準で困ることダントツで多すぎなんだよね。ただでさえすぐ腹くだすし体力ある訳じゃないの自分で分かってるし。無理。ほんと面倒。
どの世界であろうとも衣食住に苦心するのは人間の定めです。しかしあなたでしたら、例えば次の場所に適応した体に生まれ変わることも可能ですし、
その場合、持ってけるのって脳みその記憶ってことでしょ。知能的な無双が出来る知識もないよ。ただただその世界に揉まれて流されて生きてろってこと?
それは…あなたには世界の脈動を刺激する為に動いていただきたいです。
本当に無理。行っても何も成せない。どんな特典つけられたとしても放置したこと後始末が出来なかったことに固執してる自信ある。一切出来なくなるってんなら絶対ずっと愚痴ってる。本当に何も成す気にならない。無理。
何故そこまで…後処理をご所望ならば、物欲に固執していると言うことではないでしょうが…
……転生すること自体が、その行為そのものが嫌なんだよ。
そんなっ!
もう一度生き直すなんてめんどくさい。二度もしたくない。
転生が…
ん?
転生が良いものだとお伝え出来ましたら、次の場所へ向かっていただけるのでしょうか?
は?
そうです! ご理解いただければ気持ちよく次の場所へと向かっていただけますよね!
いやだから。
そうと決まれば、こちらで色々と準備をしましょう。あ、ご安心ください。こちらは融通とは別ですので。どのようなものにするかお考えくださいね。
転生しないってば! 戻って続きで…
ここで「転生する」を間近に体験していただければ分かることがきっとある筈です。
………体験?
あなたには「転生する」ものと直にふれ合う為に、ここ「渡りの広場」に留まってもらいます。ただ…衣食住全てを体験することは容易ではありませんので、一番叶いやすい「食」においてご理解いただければ。
転生するものを、食で、理解?
あなたには転生しにやってきた食材などを使い、食事をしていただきます。
はあ?
「渡りの広場」には「転生する」ものがある限り、その食材は尽きませんので。
何? 食材と会話とかして、「そうだったのか!」ってなればいいわけ?
あなたのことですから、そんなことにはならないと思います。が……食による理解で少しでもあなたが納得すれば、次の場所へと快く進むことができるでしょう。
食べるだけで……ってそれやっぱり意味なくない? 食事で気がすむわけないじゃん。
それ程までに拒まれるとは思いませんでした。
あのさ、こんな状況下で「騙されたと思って食べてみ?」って言われてるんだけど。これで素直に、はい食べますって言ったら現代人としてありえない程迂闊なんだけど。
……そうですね。「渡りの広場」があなたにとって害のある場所になるのならば、私が責任をもってお止めします。
……ほんとに?
ええ、私は「渡りの広場」を司る神です。あなたに次の場所へとお進みいただきたい。そう願うばかりで無用なご負担を強いていると思い至りませんでした。司る神として約束致します。
まあそれならいいけど…なんか食べて欲しいんだっけ?
はい! では幾つか見繕います。
見繕う? そんなもんどこから…
「渡りの広場」は流るる河のようなもの。ですので、ほらこの通り。
鍋に牛乳パック……ガス台!?
そしてコップです。これらを使って温めてまずは喉を潤しましょう。
え、ええ〜? 今どこから、それ…
コンロに鍋をセットし牛乳を温めましょう。はい。
あ、ああ……お玉ね……どうも…
そしてこちらの蓋をしてしばらく待ちます。
……何このシュールな絵面。
はい、出来ました! さあ汲んで!
はあ。
どうぞ召し上がってください!
……………
どうですか!?
えと…………うん……ごちそうさまでした……
温かさを感じましたでしょう?
あ。あれ、本当だ…
「渡りの広場」では、熱を感じ食べることが可能なのです。
死んだ…筈なのに…?
「転生する」為です。生涯の全てを持ってここに来て、生涯の全てを河に流し、新たな場所へと向かう為に。
ここ三途の川か…
そうとも呼ばれていると伺っていますね。
じゃあその河から掬い上げたこの牛乳とか…
全て「転生する」ものたちです。