雀蜂(WASP)と蜜蜂(デボラ)
The Force
よく知られるのは、スター・ウォーズでの「神秘の力」。
英単語としては、物理学で使用される「力」。
また、米軍の戦闘時の「部隊」という意味もある。
昔、特殊部隊を題材にした映画に「デルタ フォース」というのがあったことを、記憶している。
深く吸い込んだタバコの煙を、ゆっくりと吐き出す。
喫煙可の喫茶店ではあるが、客席の方へ煙が流れないように、空調の風の向きを意識している。
暗号名は旧約聖書の「士師記」からで、ヘブル語では「蜜蜂」という意味だとか。
小規模のチームを組む時は「フォース(部隊)」と呼称されるので、ぼくのチームは「Deborah Force」と渾名されている。
もともとは、別起動の暗殺隊ではあるが、警察内の監査機関に目をつけられているため、しばらく「仕事(任務)」はしないこととなった。
「上」の判断である。
なので、副業を許される。
もともと「潜る」ことにも慣れているので、問題はない。
付き合いのある「情報屋」で、仲間内では「owner」と呼ばれている男の店で働かせてもらうことにした。
そいつの親戚ということにしてもらい、店主の留守中を預かるという名目で、臨時の店長をしている。
「ねえ。マスター。普段はなんのお仕事してるの?」
女の子にしては珍しくカウンターに座り、話しかけてきた。
「ああ。ぼくは公安のスパイやってます。」
真面目に答えてみた。
「えー! そんなはずは、ないじゃんねぇ。」
「だってモグラの人は、そんなこというはずないでしょう。」
「モグラって、あれですか? 映画とかからの知識?」
「そうだね。クドカンのやつね。」
「なるほど。」
「で、本当はなにしてる人なの?」
「あー。本当はスズメバチハンターですね。」
「英語ではスズメバチのことをWASPっていうらしいんですけど、なんか変な感じですね。」
「WASPっていうと、白人の差別階級のことでもありますからね。」
「なんか、ムズ。」
と言われて、照れる感じで笑いながら、その客にアイスコーヒーを出す。
本業の傍ら、趣味で人相の勉強をしてみたが、この娘は、家のことで隠し事がある みたいだ。
病んではいないが、心の傷を抱えている。
DVではなさそうだ。
衣服の下に傷や痣があるなら、それも仕事柄、見分けられるはずだ。
たとえば完治していても、姿勢や歩行に歪みが残る。
そうでなくても、雰囲気というものに、それ(歪み)が表れる。
もし、緊急を要することでなければ、次の来店までに、もう少し仲良くなって、事情を探ってみようかと思う。