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冒険者と怪物

冒険者、という人類がいる。

一番最後に発見された人類だ。


その見た目はノービスと変わらず、実力も大差はない。

少なくとも、はじめだけは。


だが、怪物を倒した際に、その異常が発現する。

ノービスではありえない力を、速度を、あるいは特殊能力を獲得する、昇格レベルアップという現象が起きる。


文字通り、格が上がる。

しかも、怪物を殺せば殺すほどにその格は上昇する。


怪物にとっての天敵であり、人殺し。

それが冒険者だった。


怪物がノービスを殺す圧政者だとすれば、冒険者は不必要に殺す殺人鬼だった。


食うためでもなければ楽しむためでもなく。

それが定めであり、そのようにプログラムされたとでも言うように、怪物を追いかけ殺して回る。


とても同じ人類だとは思えない。


「え……」


ロスダンが、半ば絶望的な顔をしたのも当然だった。


冒険者の昇格は、怪物を倒すだけではなく、モンスターを狩ることでも達成される。

怪物を殺したときほど効率はよくないが、無限にモンスターを生成する状況があれば話は別だ。


「ごめん、ボクは逃げる」


だから、ロスダンが短く言ってその場を去ったのも必然だ。

怪物にとっての迷宮人は「どのように扱えばいいのかわからないが便利なやつ」だが、冒険者にとってダンジョンは「無限の経験値が手に入る宝箱」だった。


人間ではなく、経験値の出るアイテムとして扱われる。


だから必死に逃げ出していた。

今となってはその行動は正しい。

間違いなく、危険から遠ざかる選択だった。


オーガは頷き、喉を抑えたまま、後ろを向く。


ここまで引き連れたノービスがいた。

彼らは不安そうに、オロオロとうろつく烏合の衆でしかなかった。

こんな奴らは敵ではない。


しかし、一人だけ、平然と近づく者がいた。


――ここまで、冒険者が紛れ込んでいやがるなら……


集合地点でも、きっと同じようなことが起きた。

同じように、毒が盛られた。


ロスダンは「眠る怪物を起こさず」に逃げ出せたのだ。

周囲の怪物は、起きることができない状態にあった。


通常、ダンジョン内で怪物という戦力が失われるのは致命的な戦力低下だ。

同行するノービスからすれば自殺行為となる。


だが、冒険者となれば――「怪物を狩ることで強化される人類」がいるとなれば、話は違う。

集結した怪物は、美味しい獲物だった。


――誰だよ、情報もらしたクズは……


近づく男が、うずくまるオーガを見下ろすように立った。


「お前、か……」

「ええ」


オーガが絞め殺そうとして、嫌な予感に手を止めた者――ロスダンに近づくことを拒否されたノービスだった。


手にした酒が、オーガへと振りかけられた。

休憩時に彼が飲んでいたものだった。


容赦なく鬼を濡らす。

間違いなく、その中には毒が含まれている。


「ようやく効いて、ホッとしましたよ」

「馬鹿にしていやがる……」

「何がですか?」

「休憩だと? お前が欲しがってたのは、ノービスどもの休みなんかじゃねえ……俺に毒が効くまでの時間だったろうが……」

「当たり前でしょう?」


男が、笑う。

ノービスではない、捕食者の笑みで。


「合流前にケリを付けたかった、あなたは、私の獲物だ。他の連中には絶対に渡さない」

「執着されてんな……ロスダンを追う様子すらねえ……俺に惚れでもしたか……?」


オーガは喉に手を当てる。

呼吸は細くしか行き来しない。


それでも、金属棒を支えに立ち上がった。


「ええ、あなたがいい、あなたを殺せば力が手に入る」

「ふざけんな……他を当たれ……」

「いいや、最初は、あなただ」


冒険者は薄く、三日月のような笑みを浮かべていた。

薄れる視界では、その輪郭だけしか捉えられない。


「ハハっ、クソが……」


戦いとも呼べない、殺戮が開始された。


常在戦場は当たり前だ。

より強者に倒されるのは摂理だ。


だが、毒を受け、ノービスどもに怖々と見つめられながら、解体用のナイフで嬲られるように斬られることは気に食わないどころではなかった。


こんなものは戦闘ではない。

力のぶつけ合いなどではない。

ただ狩られる対象にされている。


「てめえ、初めてだな? まだ、怪物を殺したことすらねえな……?」

「……」

「下手くそが、お前の礎になんざ、なるかよ……」


不格好に、棒を振る。

手に馴染んだそれは、今となっては持ち上げるだけで精一杯だった。


冒険者の、片手で受け止められてしまうくらい、弱々しい。

己の非力さを嘆くオーガの耳に、声が滑り込んだ。


「いい」


歓喜を押し殺したような声に、背筋が震えた。

ごく間近から、見つめられていた。冒険者の眼球が限界まで開いている。


「そのプライドを、その傲岸不遜を、その生き汚さを、すべて私のものにする」

「ふざけんな――」


せめてその喉元に食いついてやろうとするが、それより先に視界の左半分が消えた。

敵のナイフが左眼球を裂いたのだと、遅れて気づいた。


「て――めえ……!」

「あなたのすべては私のものとなる。残さず全て私となる。これから先、ずっと、どこまでも、私達は一緒だ。ともに冒険にでかけよう!」

「気色悪いッ!」


振り下ろした金属棒に、感触がなかった。

たしかに打ち下ろしたはずの動きが空を切る。


いや、違う。

腕がなかった。


振り上げ、振り下ろす、その途中で斬られて、分離した。

握る手がついたままの金属棒を、冒険者が振り上げる。


「ああ――その嫌悪すら、もう私のものだっ!」


頭蓋骨がひしゃげ壊れる感覚を、たしかに味わった。

その痛みよりも、絡みつくような笑い声こそが苦痛だった。



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