表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前はまだない  作者: 三度の飯より糖分
2/4

第1ページ 異世界への転生

真っ白な視界が広がる。その中に白い輪郭を持った少女がいる。ヴェールに隠された顔はよく見えない。

少女はずっと遠くを見つめている。その目線はこちらを見ることはなく、ただ遠くを見つめている。

そして、涙を流した。濡れた瞳がこちらを見てきた時、学校の授業終了のベルが鳴る 。

「また寝てたんだ。なんだか、夢を見ていた気がする。」

(けど、なんの夢を見ていたんだっけ。)

(目が覚めたら、いつも何を見てたか忘れちゃうな。大切なことの気がするのに。)

暖かい陽の光と心地よい風が吹き込む教室の中、生徒たちが楽しそうに談笑している。その中で1人、教室の隅で誰にも机を近ずけられず、浮いている生徒がいる。

彼女は授業が始まったとしてもそれが当たり前のように扱われており、誰の瞳にも彼女は居ない。

彼女は席を立ち、教室を出ていきドアを閉める。

そして鍵が閉まらない元写真部の空き教室で今日も時間を潰すのだ。


私はいつものように古びた人形に話しかける。

「はぁー今日もつまらない。この場所が私の唯一の安息の地だよ。本当に、偶然鍵の壊れた教室があってよかった。たった1人になれる、ここが私の唯一休める場所だよ。ずっと、、ここにいたい。」

いつだって人は自分とは違う物や理解できない物を、『異物』を排除しようとする。

『恐怖』『興味』『困惑』『嫌悪』『崇拝』

未知のものに出会った時、人の感情はいつだってあまりいいものとは言えない。そして、私は彼らにとっては《異物》のようだ。

彼らと同じ言語、生活文化、人種、民族、流れる血の色だって同じはずなのに、どうしようもなく私は化け物に見える、、、らしい。

「まぁ、今更こんなことを考えたところで、何も変わらないか。」

そんなことを考えているうちに学校が終わり、生徒たちが楽しそうに笑いながら、下校して行く様子を私は見つめる。

(なんともないよ。羨ましくなんてない。私は1人でも大丈夫なんだから。)

「だけど、誰かが私を必要としてくれたなら、、。」



暗い夜道に少女の荒い息遣いと少し早い足音が聞こえる。

「今日は少し遅くなっちゃった。早く帰らないと。」急いで帰る帰り道、美味しそうな匂いにつられてある家を見ると、暖かい灯りが付いていて、家族の楽しそうな声が聞こえる。ふと、自分の家での境遇を思い出す。

「私の子供に近寄らないで。」

「お、お母さん、、、。」

私も子供なはずなのに、私を冷遇する母。その瞳はとても冷たく、伸ばした手を止めてしまう。

私を見るだけで泣き出す妹。それを守ろうとする勇敢な弟。そして、その全てに無関心な父。

暗い廊下を通りながら、ドアの隙間から見えるあの人達は幸せそうな完璧な家族だ。私がいなければ。

彼女が遅くなった理由は、家にも居場所が無いため、あの部室で勉強をしていたためである。

きっと。私が悪いんだ。だから、私さえいなくなれば、、、。

「ずっとずっと、遠くに行けないかな。」

そう考えた途端、どこからか時計の鐘の音が頭に響く。

「この音。どこから聞こえてるの?」

その響きは頭痛に変わっていく。

「何?この音、妙に頭に響く、、。」

(逃げたい。この音から逃げたい。)

朦朧とした頭で帰路を進んでいる。すると、どこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「ア、、ンナ」

そして、その声の先には明るくひかるトラックがあった。突然のことに体が自分のモノではなくなったかのように動かなかった。


目の前が光に包まれ、体が宙に舞う感覚がする。まだ鐘の音は鳴り止まない。

目を開けると、そこは宇宙のように暗闇にちりばめられた光が見える。そして私はどこかにゆっくりと落ちていく。

「私は、死んだのかな、、、。ああ、良かった痛くも苦しくもない。これで、良かったのかも。」


不思議な感覚に身を任せるままにしていると、どこからか聞いた事のない言語の言葉が聞こえる。流されるまま声を聞いていると段々と聞き取れるようになり、あたりはあの夢のように白い、空白の世界に変わる。

落ちていたはずの体は地面を踏みしめる。

その先に人影が見える。

「ご、、さい、、、けん、ん、、、、、るわ。もう、、す、、よ。」

「あなたのこれまでとこれからに祝福を。」

意識が段々とはっきりしてきた。

「あなたは、誰?」

「私は私、ただここにいる私。これからはあなたの望みが叶うわ。それが、本意じゃなくても。あなたは本当の自分の居場所に行くのよ。」

「それってどういう意味?私は死んだんじゃ、、、」

これ以上声の主は答えない。

少女がいた方向に走っても走っても何も無い。その距離は埋まらない。

時計の鐘の音がどんどん強くなっていく。すると強風が自分を襲いどこかに流されていく。

その瞬間、どこかで見た少女がこちらを見て微笑んでいた。

私は、無意識に彼女に向かって手を伸ばしていたが、その手は虚空を切り裂いただけだった。


「ちょっと待って!」

再び目を開けると、そこには見たこともない天井があった。

「随分綺麗な天井。それにしても、随分変な夢だった。こんなふうに落ちる感覚も久しぶりかも。」

起き上がって見てみると、そこはさながら中世のヨーロッパとでも言うような綺麗な部屋だった。

「何ここ、、私の部屋じゃない?」

そこでようやく意識が覚醒し始めた。

辺りを見渡して目に入った鏡を見てみると、そこには薄紅色の長い髪をふたつに結び、瞳の色は早朝の空の淡い青色を切り抜いたかのような瞳の色をした大きな瞳の可愛らしい少女の姿があった。私は黒髪黒目で正真正銘、純日本人だ。なので、明らかにこれは自分では無い。

「わぁとてもきれいな人。純日本人で黒髪黒目の私とは大違いね。お人形みたい。お肌ももちもちだ、な」

あれ、どうして鏡の少女が動いていて、頬を触る感覚が、、?待てよ、鏡??

「え、ええ!?この人は誰なの!?私は確か昨日普通に、、、。」

あれ、私はそういえば昨日トラックに轢かれたはず。

じゃあここは病院?いや、こんな病院があるはずがないし、そうじゃなくてもあり得ない。

そこでふと、自身にかすり傷の一つもないことに気づいた。

「ああ、これは夢なんだわ。きっとそうよ。覚醒夢で起きるには頬をつねればいいんだっけ?」

「痛い。だけで何も起こらない、、、。」

何かがおかしい。見慣れない洋室、怪我のない体、知らない誰かになっている自分。間違いない、これは本で見た事のある、異世界に転生だが、異世界の人に憑依したんだ!!

ふと、鏡の中の自分が目に映る。

「でも、じゃあこの体の人はどこに行ったんだろう。私がこの人の居場所を奪ってしまったのかな。」

「夢では私の望みが叶うって言っていたけれど、もしかしてこういうこと?私は、誰かの居場所を欲しいわけじゃなかったのに、、、。」

むしろ誰かの居場所を奪うくらいなら、私が消えた方がずっとずっとマシなのに、、、。

1人で考え込んでいると、早めの足音とドアの開く音がした。

音の方向を見ると、こちらを見て立ちすくんでいる長身の美形な男性がいる。男性はこちらまで来るとベットサイドの椅子に座る。

さすがは異世界。見たことも無いほどの美形な人がいる。

そう考えている内に、辺りは静寂に包まれていた。

「、、、、?」

き、気まずい。何か話さないと、、だけど言語がわからない。日本語ではないだろうし、果たして私に此処の言語がわかるのだろうか。

それに、私はこの体の少女のことを何も知らない。でも、この人は中身が違うなんて思っても見ないはず。このような時は、普通なんて声をかけたらいいんだろう。

そもそも、人付き合いもあまりしたことがないし、異世界系の本も写真部においてあったものぐらいでそこまで読んだことがない。

(こんにちは?名前を名乗る?私はこの体の主人じゃないって伝える?どうしよう。)

この静寂を破ったのは、彼だった。

「おはよう。よく寝れたかい?体に異常はないかな?」

日本語ではないことはわかる。けど、言葉は普通に理解できるみたい。よかった。

とりあえず、何か返事をしないと。

「あ、はい。体に異常は無いし、よく寝れた、、、と思います。」

「そうか。それは良かったよ。それで、これまでのことをどれくらい覚えている?」

彼の先ほどの無表情ながら穏やかな雰囲気が一変し、真剣な表情に代わりあたりの空気がピリピリとする。まるで別人のようだ。

「え、、、?」

どういう意味だろうか。この子は記憶がなくなるようなことがあったか、もしくは中身が違うことを気づいての問いかけだろうか?言葉の真意が全く分からない。もし、答えを間違えたら、、?怖い。こんなことなら、もっと異世界ジャンルを読むべきだった!

混乱する私を見て、彼は何かを察したようだった。緊張した空気が元に戻っていく。

「ふむ。まず、私のことをお父様と呼ばないあたり、何も覚えていない様子かな。皆には私からしっかりと伝えておこう。さて、君も混乱している様だし、その辺の話は後にしよう。自己紹介もその時に。」

彼は椅子を立ち、ヘアのドアノブに手をかける。

「え、あ、あの、、、。」

私が何も答えなくても、話が終わっていく。

「まずは、そこにある服に着替えて欲しい。ドアの外に医者がいるので、体の検査をいくつかしてもらったら、私の部屋まで連れてきてもらうといい。」

「は、はい!わかりました。えっと」

この人のことはどう呼べばいいんだろう。

「それでは、私はそろそろ準備をしなければならない。今後、私の事は、、、お父様と呼ぶといい。無理強いはしないが、私はいつどんな時も君の父だ。」

彼はそう言い残すとこの部屋を後にした。

「この子のお父様、、。なんだかいい人みたい。私は、、そんな人の娘を奪ってしまったのかな。ううん、そんなの絶対だめよ、きっと体を返す方法はあるはず。最悪、魔女狩りにあってしまうかもしれないけれど、ちゃんと言おう。」

そう心に決め一息ついた後、私は部屋を見渡し、壁にかけてある服を手に取った。寝巻きであろう服もとても美しいが、この服もとても美しい。

「こんな綺麗な服。見たことも着たこともないな。この体の持ち主は相当なお嬢様さまなのかな、、?

私には随分遠い世界だ。まぁ異世界だろうしね。」

服といい部屋といい、この部屋にあるものからはこの少女に対する愛情が良く伝わってくる。

きっと大切にされているのだろう。ならば、なおさら早く返さねば。

着替えを終え、ドアの外にいるというお医者さんに声をかける。

「あの、着替えを終えました。外にお医者さんがいるとお聞きしたのですが、、。」

「わかりました。それでは診察をするのに部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

「はい。よろしくお願いします。」

そこに居たのは、落ち着いた雰囲気の端正な美青年。


部屋に入ると簡単に体の動きをチェックされ、簡単な問診をされる。医者とは事務的な当たり障りのない会話をした。話によると、この体は長いこと眠っていたらしい。

「体をいろいろ動かしてみて異常は?」

「な、ないです。」

「あなたはずいぶん長いこと眠っていたので筋肉が多少衰えている可能性がある。そこに立ってみて少し歩いてみてほしい。」

「長いこと、眠っていた、、、。」

気になりながらも医者の言うとうりに行動する。

「よし。診察はこれで終わりだ。それでは、君のことを待っている人たちもいるし、早く行くとしよう。」

この少女の事を待っている人、、。

「はい、わかりました。先生。」

私の先生という言葉に反応したのか、その瞳に寂しさや哀しさを含んだ視線を向けられた気がする。

「あの、行かないんですか?」

我に返ったのか、医者は謝罪をする。

「すまない。少し考え事をしていた。それでは行くとしよう。お手をどうぞ。」

初めて手を差し出されてしまった。本格的なエスコートらしい。

「あ、ありがとうございます。」

医者の手を取り廊下を歩き始め、窓の外に目を向けてみると、そこにはよく手入れされている薔薇園が見えた。部屋からわかってはいたが、相当大きな屋敷であることがわかる。ここはどこを見ても掃除が行き届いているが、その割には少し、人の気配が無さすぎる様な気がする。

「この屋敷は、わたしを含めて7人の仲間と君の父でそれぞれ役割を分担して運営している。」

私の疑問を感じ取ったのか、この屋敷について話してくれるようだ。

「この屋敷の広さからすると、それはあまりにも少なすぎるのではないですか」

「大丈夫だ。皆優秀な人材だからな。」

すると彼は、私をちらりと見た後続けていった。

「私も今はあなたに使える身だ。敬語など必要ない、、。本当なら私が使うべきなのだが、苦手でな。

すまない。これからは話す機会があるため、改善をする。」

「そんな、大丈夫です。この方が楽なだけです。本当に気にしないでください。」

「そうか、ならばお互い努力をしていこう。普段はよくても公の場では許されないからな。」

「お互い、、。はい、そうですね。」

話しているうちに目的地に着いたようで足が止まる。

「ここだ。私は行かなければならないため、ここで失礼する。準備はできているのですぐに入ってくれて構わない。」

「わかり、ました。ありがとうございます。」

少し話しただけだが、何も知らないところに一人残されるのは少し心細く、怖い。

そんな私の不安を感じ取ってか、彼は言った。

「これは、ある人に教えてもらったまじないなのだが。失礼する。」

そういうと彼は私の手を取り、手のひらに指でよつばを書いたあと、両手で包み胸に添える。

「この世界にはクローバーという草があって本来は葉が三つなのだが、稀に四葉になることがある。其れが縁起が良いとされているので、こうして手に書いて大切に胸にしまえばどんなイレギュラーでも君の幸福になるはずだ。」

「記憶喪失で不安だとは思うが、本当に私たちは君を悪いようにはしないよ。大丈夫。」

どうしてだろう。この人に大丈夫って言われたら、本当に大丈夫な気がする。

「本当に、、素敵なおまじないですね。ありがとうございます。少し元気が出ました。」

「ならよかった。それでは、またすぐに会おう。」

彼は踵を返し去っていく。とても無表情な人だが、とても優しい人のようだ。

見送った後、私は深呼吸をして息を整えてから先ほどのおまじないを自分でもう一度先ほどのおまじないを繰り返す。

私は、今からこの少女の家族を悲しませるのだ。記憶喪失ではなく、全くの別人などだという事実を伝えて。傷はお互い浅い方がいいだろう。それに、私は誰ともいられない体質なのだ。

そして、わたしは目の前の大きな扉のドアを叩く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ