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連載第4回 <親友松村曰く「芸術は感動の追体験」>

 よく「伽藍」に来るようになっている、松村と梶本、美恵たちは、時々康一の部屋で麻雀することがあり、ちょっとしたトラブルが発生した。

 美恵、松村、嶋田と石川の4人で麻雀卓を囲っていると、あまり慣れていない美恵の後ろから、牌の捨て方などを教えだした岩井の友人の渥美隆太が美恵の背中にぴったりつきそのうちにまるで抱きつくような行動に出た。康一はゲームの開始の時からその様子をずっと見ていたが、隆太はどうやら美恵のことを気に入ったようであった。美恵には梶本という恋人がいるし、康一自身も彼女を特別な女性と思っていたので、康一は、隆太の行動に心穏やかではなかった。


 隆太にはかなり派手な大人ぽい「満里奈」と呼ばれる彼女がいた。隆太によると決して化粧を落とした素顔を彼に見せることはないという徹底した人造美人だった。「伽藍」の食堂に飾ってあった篠山紀信の大型ポスターを見て

「あら、篠山先生の作品だわ」と、

業界での知り合いかのように呟いて、モデルでもしているのだろうかと想像させた。

 満里奈は、遅くやってきて岩井の部屋をのぞき、そこに隆太がいなかったので康一の部屋にでもいるだろうと、ドアを開けた。

 麻雀を囲んでいた一同は、突然入ってきた満里奈を見て、一斉に緊張した、それは、ドアを背にして満里奈の入室に気が付かず美恵の後ろにぴったり陣取る隆太のあってはならない姿を満里奈が目撃したからであった。

 この姿を見て、満里奈の心は穏やかではないはずだ。

「隆ちゃん、麻雀たのしそうね。」

「ああ、満里奈、今来たのか?」

 隆太は、少し慌てて、美恵の背中から離れた。康一達は、何か波乱が起きるのではないかと予想し、少しそれを期待した。天罰が下ればいいと。

「今、この美恵さんに牌の捨て方を教えていたんだよ」

「ふーん、そーなんだ」

 半荘が終わって、満里奈は恵美に言った。

「一応、確認したいけど、あなたは、隆太のことをどうにかしたいの?」

 美恵は、満里奈が何を言っているのかさっぱりわからない。

 康一が、隆太に

「隆太が美恵のことを勝手に気に入ったんじゃあないのか」

 隆太は、黙っていた。

 満里奈は、美恵に「そうじゃあないようね。隆太の悪い癖が出たのね。ごめんなさい、気にしないでね」

 美恵は、自分が災難に巻き込まれたことを理解し、

「隆太さんに、麻雀のことを教えてもらって、感謝してます。ただそれだけです」

 平和なシュアハウス「伽藍」では、争いごとはあってはならない。それを知ってか知らずか、満里奈は隆太を連れて帰っていった。その後で、この二人にどんなやり取りはあったのかは、康一達は知ることは無かった。

 麻雀を囲っていたメンバーは、二人が「伽藍」から出て行ったのでホッとして、次の半荘に取り掛かった。松村と美恵と康一は、このちょっとしたトラブルのことをあとで笑い話にしたのだった。隆太と満里奈は、その後も何度かそろって「伽藍」にやってきたが、特に仲が悪くなったようには見えなかった。

挿絵(By みてみん) 

 松村は、高校卒業後しばらくは吉祥寺の実家に住んでいた。実家は駅からすぐ近くの市街地の中心にあり敷地に余裕はないが、玄関先に何とか康一の「キャロル」を駐車させることができたので、たびたび訪れた。

 康一は松村からは大きな影響を受けた。時々、泊まり込んで映画、美術、音楽そして宇宙の話を語り合った。松村は康一より知識が豊富でいろいろなことを教わった。時には松村の女性とのセックス体験の話もあった。事後の避妊の方法としてコーラを使うと良いが、女性としてはべたつくので嫌がるなどと生々しい話も聞かされた。

 

 松村お気に入りのアートは超現実主義絵画の「ダリ」であった。ダリの作品のすばらしさは康一も知っていたが、松村のほれ込みは相当であった。あんなイメージを創出できるダリは宇宙人だったかもしれない。

 音楽の趣味は、ほぼ一致していた。ビートルズやリバプールサウンドなどの当時の流行の曲はもちろんだが、ジャズやクラシックについても松村は詳しかった。康一達の学内バンドではクラリネットを担当していたのだった。


 映画の話では大いに盛り上がった。1968年公開の「2001年宇宙の旅」は、二人とも絶賛した。康一は「シネラマ」での上映可能なテアトル銀座で、シネラマの持つ大迫力で堪能し、同時に最後の哲学的描写に驚いたことで松村と見解を議論した。松村は、康一ほどではないがATGの前衛映画などにも興味を持ち、康一が制作した短編の8ミリ自主映画では、主役も演じてもらった。康一は、当時、銀座で開催のユトリロ展の会場スタッフとして松村たちとアルバイトとしていた際に、会場までの専用エレベータガールのクールな美人の邑野という女性と知り合い、その8ミリ映画に出演してもらいたいと考えた。しかし、そういう交渉は得意ではないが、松村が代わりに声をかけてくれ。彼女はその依頼を受けてくれた。展覧会の営業後に、銀座の街で簡単な撮影を行った。普通にストーリーがある映画ではないので多分撮られている邑野はどんな内容か理解していなかっただろう。

 更に別のシーンでは、松村や美恵と桑原幸子という知人女性をキャスティングした。当時のゴダールのような作風を念頭に、まずは当時住んでいた弥生町の公団住宅を舞台にして撮影した。一応のストーリーは、

 幸子は松村の彼女なのだが、

 松村には美恵という別の女性がいる。

 幸子が出かけた後に美恵が車で迎えに来る

というシーンを撮影したのだ。康一の当時住んでいた公団アパートの4階の部屋の窓から俯瞰で迎えに来た美恵運転の「キャロル」を撮影。この他中央線の電車内などで数ショットを撮影し、最終的に4分ほどの超短編に仕上げた。

 この映画にはストーリーはあるが、あまり意味がない。ゴダールなどの影響を受けていて、美しい女性を登場させ、感性に訴えることが狙いなのだ。だが、題名「非論理的少女美論」も作品自体も仲間内ではよい評価をもらえなかったが、この時代の普及型の8ミリカメラなので音声はなく、サイレント映画で、いずれ字幕と音楽を入れようとの計画はとん挫したままになった。

 「伽藍」に住み始める少し前に、松村がのちに結婚することになる恋人「郁美」をモデルとした撮影の依頼を受け、そろって伊豆に出かけたことがある。康一のカメラの腕前を信じてのオファーだった。さらに、松村の自宅近くの井之頭公園でも彼女を撮影した。それだけ、彼女のことを愛していたと思うが、それ以前には友人の妻を奪ってしまうという恋愛に自由な男でもあった。

 

 松村は、一向に彼女ができない康一を後方支援してくれたことがある。

 まだ「伽藍」に住み始める前のある夏、康一と松村、氷川、桃田、梶本の男五人で伊豆の宇佐美海岸に旅行した。海岸でのキャンプ中に焚火にあたらせてほしいと若い女子三人が声をかけてきた。康一は女子の登場に内心喜んだが、もてる自信がないので自分には縁がないだろうと思う。陽気な二人と物静かな女子ひとりで男たちは彼女たちとの会話を楽しんだ。康一は気弱なせいでほとんど会話に参加できず、ただ火の加減をみるために焚火の回りを言葉少なく回っていた。

 松村は、女子たちに康一のことをアピールしてくれた。更に焚火の明かりが効果的に照らし魅力的に見せたようだ。思いかけず康一が女子の一番人気となった。康一はこの女子の中で篠田夏代という子が気になった。彼女は陽気な二人とは異なり、口数の少ない物静かな女子で、当時の人気女優の安田道代似の日本的な美人。

 彼女たちの泊まっている民宿に招かれ、部屋でたわいのないことで雑談した。康一は、松村に促されて自作の曲を口ずさんだら、女性たちになぜか受けた。海岸に戻る際に彼女たちが明朝帰ることを知った康一は、夏代ともう二度と会えないかも知れないと思うと、またしてもブラックホールに吸い込まれていく気分になった。すると翌日、康一と夏代のひかれあっている様子を察知した松村がこのままキャンプしているより、彼女たちと一緒に帰ろうと言い出した。そして彼女たちが乗る東京行の電車に飛び乗った。彼女たちは男たちを見て少し驚いたが、結構喜んでいた。車内でいろいろと会話したが、康一は夏代と言葉少ない会話を交わし、彼女が高校生で十条の方に住んでいることを知った。夏代から話すことは少ないが質問には答えてくれて、それでも楽しい時間だった。

 そんなことで、康一は夏代と付き合うことになったが、無口同士でなかなか進展しない。康一があとあと後悔していることがある。夏代とデートの約束で東京駅で待ち合わせしたが、学校帰りの夏代は高校の制服に三つ編みのお下げ姿であらわれた。今まで康一が見ていた夏代は私服だったので少し大人びた雰囲気で、自分に都合の良いイメージを勝手に作り上げていたのだが、制服姿は「高校生」という現実を突きつけられ、ある意味がっかりしてしまった。

 そんなことで気分が盛り上がらず、言葉少なく、また彼女も純情で無口なので、あまり話もはずまないままに皇居の回りを一周するという情けないデートにしてしまった。それも2眼レフカメラを持参しているのに一枚も撮影しないという彼女に対して大変失礼な行動であった。今なら制服姿に魅力を感じるかもしれないが、彼女に求めていたのは謎を秘めた神秘的な女性であり、制服姿は一瞬でその幻想からさめさせたからだろう。

 東京駅で家に戻る彼女を見送りながら、「多分この付き合いはダメになるだろうな」との思いが沸き上がり、実際にその通りになった。


 松村は、康一からその話をきいて、なぜ、写真を撮らなかったのか、創作活動のためにはまずは作品を取らなければならないと、康一の行動を叱責した。もっともな話で、ずっと後悔し、その出来事はブラックホールにうずめてしまいたい康一であった。

 

 松村の自宅などでの芸術論議で、今でも康一が忘れていない言葉がある。

「芸術とは感動の追体験である」

 自分が感動したことを何らかの手段で他人に伝える行為とその結果の成果物が芸術なのだ。本をよく読む松村が、誰かの言ったことを伝えたのかもしれないが、誰が言ったのであっても、もっともな定義と同感している。


 松村の言う「芸術」の定義はその後の作品作りにあたり意識していた。単にどんなに美しい景色を描いても感動を与えられなければ芸術とは言えないのである。一見グロテスクでも、抽象的で何が書いてあるかわからなくても、作品から感動を呼び起こされるなら、立派な芸術である。ということだ。

 才能豊かな松村は、1974年ころから「太陽にXXX」というテレビの刑事ものドラマの脚本家や「バイオxxx」等の有名ゲームのライターとして活躍したが、56才という比較的若い歳で逝ってしまった。亡くなる前に、数人の高校同期との飲み会があったことを後から知った康一は、10数年ぶりの再会がかなわなかったことを残念に思うのであった。なぜ、松村はそんなに急いで銀河の果てに旅立ってしまったのだろう。


つづく


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