連載第3回 <高校同級生マドンナへの未練>
律子に強い好意を持ち始めていた康一だが、律子と付き合う少し前に時々「伽藍」を訪れる旧友たちの中に気になる女性「美恵」に心を動かされていたことがある。高校卒業後も付き合いが続いていた高校の同期生の松村のぼる、梶本隼太、桃田芳樹、そして梶本の元カノ東田美恵達は「伽藍」の珍しさからちょくちょくやって来るようになっていた。松村は、長い間康一の創作活動に大きな影響を与え続けた。車好きの梶本とは、ラリーでナビゲータを務める等の付き合いがあった。桃田とは新宿のクラブ仲間、そして美恵は、恋愛対象ではないものの高校時代からの関係性で非常に忘れられない存在で、甘酸っぱい思い出があった。
美恵は高校のマドンナだった。康一とはクラスが違うが、フランス人形のような整った顔立ちのかなりの美形だが決して派手な言動はなく、明るいしとやかな女子であった。この時代の高校生なので化粧などはすることはないが、素顔でも十分な美貌であった。入学後すぐに全校の人気の的となり、美人好きの康一があこがれたのは自然なことであった。
康一は、1年生に美術部に入部した美術部員だったが、ポップス好きで自らディスクジョッキーのまねごとをしていたので、奉仕的な委員会の放送委員会のメンバーになった。通常はクラスでの推薦で委員に選ばれるのだが、自分から申し出て委員会にもぐりこんだ。お昼休みに5分程度のディスクジョッキー形式で放送する企画を出し、スクリプターとして選曲やアナウンサー原稿を作成した。美恵は康一とは違うクラスで、そのクラスで選出された委員として、アナウンサー担当だった。康一作成の原稿を滑らかに読んでくれた。
放送委員会のスタッフとして美恵と接する機会ができ、勇気を出してデート申し込みの手紙を送ったものの見事に断られた。ヨットでの太平洋単独横断という大冒険を果たした堀江健一をモデルにした「太平洋独りぼっち」という石原裕次郎主演の映画のチケットを2枚入手したので、この映画に誘ったのだった。
放送室で美恵が一人の時に、ドキドキしながら尋ねた。
「東田さん、映画の件はどうですか?」
「ごめんなさい、お母さんが行っちゃダメって言うの。」
康一は、その言葉でがっかりしたが、ある意味想定していた返事で、やはりだめだったかと思ったものの、断れたことのかっこ悪さにその場をどのよう繕ってよいのかわからず、適当なことを言ってその場を離れた。
表向きは母親の許しが出ないとの理由だったが、それは口実でやはり康一とデートしたいなどという気が起きなかったのだろうと、がっかりしたものの納得したのだった。
しかし、一年ほどアナウンサーとスクリプターという役割で接したことにより事態は好転した。康一は生徒のほとんどが聞いてくれないお昼休みのDJ番組をめげることなく制作していった。歌謡曲が人気の当時の日本の音楽界の状況の中で、ひたすら英米ポップスの曲を選び、セリフを少なめにしたDJとして作り続けた。あまり激しい曲は、放送委員会担当の先生からストップがかかるので、ボサノバやメロディ主体のポップスで通していった。
こんなひたむきな康一の取り組みは美恵の心に少しづつ変化をもたらした。POPS音楽に対する知識が豊富でセンスが良い人だと感じていて、美術部の横尾や松村たちが結成した校内エレキバンドのメンバーとなり文化祭などで演奏したことなども美恵の関心を深めたかもしれない。
どうやら、自分に興味を持ち始めたようだと感じた康一は、放送委員会から短期間借りた最新のテープデッキを利用してDJの練習を自宅ですることにしていたが、これを口実に、美恵を自宅に誘った。
自宅まで来てくれた制服姿の美恵を見て、母親は
「ずいぶん可愛い子が来てくれたね?お友達?」
(そう、まだ「お友達」なんだ)
美恵は、康一の部屋に入ると、康一の作成したコラージュ作品や撮影写真のプリントなどを興味深く見たり、なぜかダイキャスト製のモデルガンを手にして構えたりして無邪気に遊んだ。映画デートを断われたことが嘘のように二人だけの親しい時間を過ごしたことは、高校時代の素晴らしい思い出になった。思い出になったというのは、残念ながらその後卒業するまでに美恵との関係で進展はなかったからである。 康一ロケットは軌道を外れて宇宙空間をさまよい続けた。
同じ美術部の石田孝や横尾秀忠は、三年生になり芸大を目指して予備校に通うようになっていたが、芸大に進めるほどの力量はないと自覚していた康一は、父親の希望の建築士を目指すことにし、芸大への道は目指さなかった。
やがて、高校を卒業したあとも、氷川隆文や松村や美恵等の仲間でのグループ交際は続いていた。氷川と、美恵、その親友の明子と4人で康一のマツダ「キャロル」に乗って伊豆への日帰り旅行をしたこともあった。このようなグループでの付き合いが続いたので、時々美恵に会うことができたが、特別な関係に発展することはなかった。それどころか、美恵は梶本の彼女になってしまった。
親友の彼女に対しての淡い気持ちがあったものの、淡々とした付き合いが続いた。お人好しの康一は、たびたびデートした二人を美恵の住まいまで送るというアッシー君を務めたりした。
つづく