屋上での出来事
気を失いそうになる位暑い夏の日であった。
如月聡介はとあるビルの外階段を昇り屋上へと向かっていた。
そこには外回りの先輩から教えてもらったサボり、、、休憩スポットがあるのだった。
日の光を遮る屋根と椅子、頻繁に掃除される灰皿が置いてあるだけの簡単な造りではあるが肩身がどんどん狭くなっていく喫煙者にとっては人の目を気にせず煙草が吸えるこの場所は天国の様に感じられた。
先輩の知り合いがオーナーをしているとのことで、休んでいてもし誰かに何か言われたら俺の名前を出せと言われているのだが幸いまだその場面には出くわしていない。
その日もいつもと同様に一人ゆっくりと時間を過ごそうと思っていた聡介であったが今日に限っては先客が二名。どちらも聡介よりは若そうな女性でそのうちの片方はまだ少女と呼んでも差支えがないような年頃に見えるのだが、、、何を思ったか落下防止のために設置されたであろうフェンスの外側に陣取っている。
休憩に入る直前の思考を停止しかけていた聡介の脳は急速に再始動する。
『あぁ、お気に入りの場所も閉鎖かぁ。』
『俺が第一発見者になっちゃうのかなぁ、この場に居たことどう説明しよう。』
、、、、いやいや違う!
「ちょっと君!落ち着いて!とりあえずフェンスのこっち側に来て。」
「来ないで!」
聡介の言葉にビクッと反応したその女性がこちらを振り向きそう叫ぶ。この状況なので当然のことながら大分ヒステリックになっている様に見える。
「大丈夫、行かないから。いや行けないから、俺高い所苦手だし、、、とりあえず、こっちに来ない?
君にもいろいろあって大変なんだろうけど、ここ俺のお気に入りの場所でさ。ここがなくなると結構困るんだよ。
他の場所とか違う方法とか、君が嫌でなければ一緒に知恵絞るよ。」
「、、、、、、、、止めないの?」
想定外の言葉が発せられ女性はきょとんとしている。
「それは出来るなら止めたいけど、、、ここに至った事情もあるだろうし、君の決意もあるだろうし。
とりあえずこっちに来てその辺教えてくれない?」
「お母さんが再婚するって言うの。信じられる?お父さんが死んじゃってまだ二年だよ?
しかもお腹には赤ちゃんがいるんだって!」
最悪の事態を回避することに成功し、フェンスの内側に戻り椅子に座るとその少女は一気に話し始めた。
大好きだった父親が他界しその心の傷が癒えないうちに母親が再婚することになりしかも再婚相手との間に子供が生まれると告げられた。それを聞いた少女は母親が父のことを愛していなかったのではないか、自分と言う存在がもう彼女には必要なく邪魔になってしまうのではないか、そう考えてしまい父の元に行こうと決意した。
彼女の話を要約するとそういうことらしい。
「そうか、それは辛かったね。でも君がお父さんの所に行ったらお父さんは喜ばないと思うけどね。」
「おじさんに何が分かるのよ!」
お、おじさん、、、、まだ25歳なんだけど、、、そこには触れないでおこう。
「俺はさ、君よりもっと小さい時に両親を事故でなくしていてさ。きっと両親は俺が後を追うことを望んでいないと思う、だから二人の分まで自分は幸せに生きようと思って今まで頑張っている。」
「そうなの、、、何も知らないのにごめんなさい。」
「まぁ、親戚中たらい回しにあって幸せだったかって言うと微妙だけどね。」
「おじさん、見かけによらず苦労しているんだね。」
もう何も言うまい。逆に同情されているようにも見える。
「私も、もう少し頑張ってみる。ありがとう、おじさん。」
しらばく世間話をした後に何か吹っ切れた顔をして少女は屋上から去って行った。
「それくらいのことでねぇ、、、」
少女が居なくなった休憩スポットで一人煙草を吸いながら物思いにふける。
先ほどの聡介の話は半分嘘である。幼い時に両親を亡くした所までは本当であるが、実際にはあまりに幼く両親と過ごした記憶もあまりない。今現在も特に死ぬべき理由がないから生きているだけで何かを成し遂げたいとかいう類の欲望もない、如月聡介というのはそんな人間であった。
とりあえずお気に入りの場所を守れたことに安堵している聡介の前にもう一人の先客が近寄って来た。
「ちょっとぉ、何してくれんのよ!今月のノルマが達成出来ないじゃない!!」