私の親友について
私には親友がいる。彼女に出会ったのは中学二年生の時だった。
当時私はいじめにあっていた。きっかけは些細なことだ。クラス内で一番大人しかった女子生徒がからかわれていたのを庇った。見ていて腹立たしかった。それだけだ。思えば、私の言い方も悪かったのだろう。言い方が直接的すぎるというのは、今でもよく言われる。それに、私の態度は周りの人を緊張させて、苛立たせる。当時は今より尚そうだったと思う。
それからは、矛先は私に向くようになった。最初は体育着が見せしめのようにゴミ箱にいれられていた。それから、上履きがびしょびしょにされていたり、教科書が破られていたりした。予期していたことだったし、最初はそれほど気にしていなかったが、それが続くとやはりうんざりした。同じクラスの友人は同情してくれたけれど、何か行動に移すようなことはなかった。彼らはとてもバツが悪そうにしていて、私もその気持ちが分かっていたから、少しずつ距離が開いたし、距離を置いた。休み時間にはなるべく教室から出て、空き教室の教壇の影に座って時間を潰した。弁当も、誰も来ない階段で一人で食べた。
そういう時、彼女と出会った。美術部だった私は放課後の美術室で絵を描いていた。窓から五月の風が吹き込んで、ベージュのカーテンをはためかせた。力強くて、乾いた風だった。ふと振り向くと、開け放った戸の向こうの廊下でちょうど彼女がこちらを振り向いて、立ち止まった。四角い額縁のような戸の中で短い癖っ毛を風に靡かせて、眩しそうにこちらを見ていた。何だが絵みたいだった。そのまま彼女は、当たり前のように部屋に入ってきて、私もまた、それを予期していたかのように待ち構えていた。すぐ側まで来て、彼女は私の前に置かれたキャンパスに視線を移し、「オフィーリア」と呟いた。
「知ってるの?」
「知ってる。ハムレット、読んだから」
正直驚いた。背が高くて手足が長く、ショートヘアの似合う彼女は、本を読んだりするよりは、スポーツをやっていそうな女の子に見えた。
「へぇ」
私はまじまじと彼女を見つめた。変な子だな、と思った。
その日から、彼女は毎日美術室にやってきた。彼女が隣のクラスであること、名前が藤間佳苗であることくらいは、私も知っていた。本の趣味が似ていた事もあって、彼女と喋るのは楽しかった。彼女ともっと喋りたくて、美術部にも勧誘した。彼女は二つ返事で入部し、放課後は心置きなく一緒に過ごすことが出来るようになった。彼女は絵がとんでもなく下手だった。猫の置物をスケッチしたときなんか、宇宙から来た謎の生命体のような絵を、照れ笑いしながら見せてきた。それに、スポーツができそうなのに、運動音痴だった。
クラスでのいじめがエスカレートしていく中で、彼女と過ごす時間は私にとって救いだった。彼女は、私がいじめを受けているという事実を知らない様子で、全く普通に私に接した。放課後、私の姿を見つけると、へにゃりと笑って駆け寄ってきたし、美術室でくだらないお喋りをしたあとは、一緒に帰ろうと誘った。時には、公園でブランコを漕ぎながら話し込んだり、校則で禁止されている買い食いをしたりした。いじめを受けているという事実に少しずつ自尊心を削り取られていた私にとって、それは掛け替えのない時間だった。彼女といる時間だけ、私は「いじめられている子」ではなくなって、普通の女子中学生として笑うことができた。それは心からの安らぎだった。クラスの全員、それどころか、廊下ですれ違う生徒全員から、窺うような、憐れむような視線を感じていたのに、彼女だけは違っていた。そういうことに疎いところも、彼女らしくて嬉しかった。
だから、いじめを受けているという事実を、私はどうしても彼女に知られたくなった。彼女が「教科書を借りたかったのに、教室にいなかった」と不満そうな顔をしてもはぐらかしたし、保健室登校しかできなくなっても、黙っていた。私は、自由な時間の大半を、読書をして過ごすようになった。そうすれば、彼女ともっと仲良くなれると思ったから。私は彼女のことを親友だと思うようになった。一方的な感情なのではと自信が無くて、彼女本人には言えなかった。しかし、私にとっては、彼女は親友だった。
しかしそんなある日、私の秘密を彼女は知ってしまった。いや、本当は、彼女はずっと前からそれを知っていたのだろう。クラスメイトに水を掛けられて、ずぶ濡れになった私を見て、「先生に言おう。言ったからって良くなるかは分からないけど、黙ってたら、向こうはこのままずっと普通に暮らしていくんだよ」と言った。知らないふりをしていたことも、告発しようと言ったのも、彼女の優しさであったのは理解していた。しかし、私にはそれが耐えられなかった。彼女の前では、普通の女の子として、気楽に笑っていたかった。ずぶ濡れで惨めな自分を彼女の前に晒してしまった事は、もう取り返しのつかないことのような気がした。
「どうして、気が付かないふりをしていてくれなかったの」
彼女の顔を見ることもできないまま、私はそう言い捨てて、その場を立ち去った。その言葉は、優しい彼女が心を痛めるのに、十分過ぎたと思う。酷い言葉だった。
それから、私は学校に行くのを止めた。その時初めて、両親にもいじめのことを話した。両親は見たことないほど怒り、気の毒なほど心配してくれた。中学を転校させてくれただけでなく、引っ越しまでしてくれたことには、本当に感謝している。
彼女とは、あの日以来一度も会っていない。何度も家を訪ねてくれたのに、それを無下にした。カーテンの隙間から覗くと、とぼとぼと帰っていく彼女が見えた。その線の細い後ろ姿が忘れられない。彼女は何も間違えていなかった。あの頃の私は、日々の苦しみから救済してくれる何かを望んでいたが、それは彼女ではなかった。彼女には、何も知らないままで私の側にいてほしかった。そのオアシスが失われると悟った時、わたしはそれを自らの手で捨てたのだ。彼女はきっと、私の周りの現実を知っても、私から離れていったりしなかったろうと思う。それでも、何かが失われるような気がした。ただ単に臆病だった。しかし、当時の私はそうならざるを得なかった。
定時制高校と大学を卒業した私は、美術館の学芸員になった。結婚して、子供も生まれた。そうなってからも、時々彼女のことを懐かしく思い出した。その後の人生で親しい友人は出来たけれど、彼女ほど会いたいと思う人は一人もいなかった。彼女のことを思い出すとき、私の脳裏には同じ光景が蘇る。五月の乾いた風、はためくカーテン、絵の具の匂い、風に揺れたショートヘア。
彼女は私の親友だった。いや、今だってそうだと、私は思っている。




