シェアハウスで元カノと義妹と幼馴染と一緒に暮らしてみたら?
さて、突然ですが、問題です。
シェアハウスで元カノと義妹と幼馴染と一緒に暮らしてみたら、何が得られるのか? 答えは――
◇
授業と部活動が終わり、帰ってきた我が家。
自宅というのは一般的に帰る場所であり、それ故に一番心の安らぐ場所である。
家族と団欒する時間、ペットと戯れる時間、或いは一人で何もせずにボーッとする時間。過ごし方は様々だけれども、自宅というのは総じて休む場所だった。
……本来は。
そう。自宅は心休まる場所という定義は大多数の人間に当てはまるだけであって、全員に当てはまるわけじゃない。
かくいう俺・北村永太も少数派に部類されるわけであって。
玄関に並べられている3足の靴を見るなり、「ハァ」と溜め息を吐いた。
「……ただいま」
敢えて小さな声でボソッと呟くと、その声とは比べならないくらい大きな足音が近づいてくる。
それも1つではない。全部で3つも、だ。
やがてリビングのドアが開くと、我先にと玄関に向かおうとする3人の女性が姿を現わす。
「ちょっ、私が先! 私は永太の元カノなのよ!」
「いいえ、一番は私ですぅ! なんたって、私はお兄ちゃんの義妹なんですから!」
「二人とも、永くんと出会ったのは数年前までだよね? 最初に永くんと仲良くなったのは、幼馴染の私だよね? だったら彼に最初に「おかえり」を言う権利は、私にこそあるんじゃないかな?」
狭い廊下で言い争いながら、前に進む3人の女性たち。それはいつもの光景なので、今更圧倒されたりしない。ただただ呆れるばかりである。
如何に周囲より速く進むかではなく、如何に周囲の邪魔をするかに徹する。そんな醜い徒競走は終わり、3人が俺の前に到着する。
そして3人同時に、こう言うのだった。
『おかえりなさい!』
「あっ、あぁ。ただいま」
汗だくになりながら俺を出迎える3人の姿に違和感を抱きながらも、俺は再度今度は彼女たちに聞こえるように「ただいま」を言う。
全員に対して言ったつもりだったが、生憎俺が視線を向けられる人間の数は限られている。そしてその視線は、中央にいる義妹に向けられていた。
「うっしゃあああ!」
義妹はワンピースの裾が捲れるくらい激しくガッツポーズをする。はしたないからやめなさい。
残る元カノと幼馴染は、「チッ!」と盛大に舌打ちをしていた。だからはしたないからやめなさいって。
「お兄ちゃんは私を見ていました。つまり私の「おかえりなさい」に答えてくれたということです。わかりましたか、お二人とも? やっぱり義妹は最強なのです!」
「あなたに視線が向いたのは、あなたが真ん中にいたからでしょうに。そんな小細工をしないと見て貰えないなんて……寧ろ私たちの数歩後ろにいるという証拠じゃないかしら?」
「あんだとこの野郎? 過去の女は黙っていて下さい」
「はぁ? 誰が過去の女よ?」
互いにメンチを切り合う義妹と元カノ。
その隙を突いて、幼馴染が俺の腕に絡みついてきた。
「ねぇ、永くん。あんな下品な女たち放っておいて、リビングに行こうよ」
「え? あっ、あぁ」
「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し? ……あっ、でもご飯もお風呂もまだ用意出来ていないんだった」
それ実質選択肢一つしかなくないか?
そして抜け駆けした幼馴染は、当然残りの2人からの詰問にあう。
「ちょっと、私たちを差し置いて何やってんのよ?」
「残念ですけど、ご飯もお風呂も私が用意しておきましたから。因みにお兄ちゃんに「あーん」をするのもお兄ちゃんの背中を流すのも、義妹である私の役目です」
「はぁ? 2番と3番は黙っていてよ」
「2番? それは「おかえり」を言った順番のことを言っているのかしら? 私があなたに負けただなんて、心外ね」
「過去の女さん、さり気なく私を3番にしないでくれませんか? まぁそこの幼馴染さんが1番ではないという意見には、全面的に賛同しますけど」
またも始まる3人の言い争い。
我関せずを貫きたかった俺だが、しかし巻き込まれないわけにはいかなかった。
『ねぇ! 誰が最初に「おかえり」を言ったと思う!?』
3人は俺を見る。全員が「私を選んで」と、視線で訴えかけていた。
「えーと……3人同時じゃダメなのか? みんな一番! それがハッピーじゃないか」
『そんなハーレム主人公的回答は求めていない!』
どうして文句を言う時だけ息ぴったりなんだよ。頼むから、普段もそのくらい仲良しでいてくれ。
◇
シェアハウスでの一日は、朝から慌ただしい。
六時半にセットしている目覚まし時計のアラームが鳴り出すよりも前に、俺は目を覚ますことになる。
「どーん!」
そんな掛け声と共に、なにやら硬い物体が勢いよく俺の腹部にのしかかる。
「うぇ!」というお世辞でも綺麗とは言えない声を出しながら目を開けると、俺の上に義妹の北村桐枝がまたがっていた。
常日頃腹筋運動で鍛えている俺だからこの程度で済んでいるものの、これって良い子は真似していけないタイプのやつだろ……。
出来れば普通に起こして欲しかった。
「どうです? びっくりしました? 心臓止まるかと思いました?」
「……口から心臓が飛び出すかと思ったよ」
「だったらそのハート、私が鷲掴みにしてあげます。お兄ちゃんハート、射止めたり」
「いや、それ射止めるじゃなくて、仕留めるだから」
桐枝を退かしてから、俺もまたベッドから起き上がる。
布団を畳みながら、俺は桐枝に言った。
「また人の部屋に許可なく入りやがって」
「こっちには秘密兵器がありますので。お兄ちゃんの寝顔、可愛かったなぁ」
男女が一つ屋根の下で暮らしているということで、各自室には鍵が取り付けられている。だから本来、桐枝が就寝中の俺の部屋に侵入することなど不可能なのだが……以前俺が風邪をひいた際、看病の為にと合鍵を渡しておいたのだ。
風邪をひいたのは、もう半年も前。しかし俺の部屋の合鍵は、未だ桐枝の手中にある。
合鍵を人差し指で器用に回す桐枝に、俺は言った。
「ていうか、いい加減その鍵返せ」
「嫌です! 絶対返しません!」
べっと、桐枝は舌を出す。このやり取りも、一体何回目なことか。
「合鍵没収されたら、どうやってこの部屋に入れば良いんですか!」
「普通にノックして、許可を得てから入って来いよ!」
鍵を返せと言っているだけで、別に部屋に来るなとは言っていない。
深夜とかだったら追い返すだろうけど、例えば休日の昼間なら歓迎しよう。
以前看病して貰った恩がある。それに休みの日には部屋の掃除を手伝って貰ったり、桐枝にはなにかとお世話になっているからさ。部屋に入れて、粗茶の一杯でも出してやるさ。
だから合鍵を返せ。
「もしお兄ちゃんが力強くで奪おうって言うのなら……」
「何だ? 胸の谷間にでも挟むのか?」
俺は谷間の形成出来ないくらい貧相な桐枝の胸部を指す。
仮に挟めたとしても、だからどうした? 問答無用で手を突っ込んで、奪い取ってやる。
義理とはいえ兄妹なんだ。容赦はしない。
「胸の中に埋め込みます!」
「そこまでしようとするお前の思考が怖えよ」
第一埋め込んだら、その鍵はもう使えないぞ。本末転倒じゃねーか。
「何度も言うけど、毎朝部屋に侵入するのはやめろよな? それに起こしに来なくたって良いんだぞ。お前は俺の彼女じゃないんだから」
「……そうですね。私はお兄ちゃんの彼女じゃありません」
「でも」。桐枝は振り返りながら、続ける。
「彼女じゃないけど、義妹ですよ。今は、ね」
付け加えられた「今は」が何を表しているのか? わからない俺ではなかった。
◇
平日の昼間、俺は高校生をやっている。
高校での俺は生徒会に所属しており、しかも副会長ときた。こんな平凡な俺が生徒たちを束ねる生徒会のNo.2とは、自分でも未だに信じられなかったりする。
だから教師や生徒たちからは、「歴代で最も地味な副会長だ」と陰で言われていたりして。まぁ自覚しているから、傷付くこともないんだけど。
どうして平凡な俺が生徒会副会長という名誉ある職に就いているのかというと……
「永くん、ここの数字間違っているよ」
「マジか? 悪い、弥生」
……生徒会長を務めている幼馴染に指名されてしまったからだ。
第45期生徒会長、三越弥生。彼女は一番信頼出来る人間として、俺を副会長に選んだ。
しかし幼馴染だからという理由で、俺なんかを副会長に指名するのはいかがなものだろうか? 公私混同に当たるのではないかと、一度彼女に指摘したことがある。すると、
「私は永くんと一緒に仕事をする為に、生徒会長になったんんだよ。もし永くんが副会長を断るのなら、私も会長職を退くつもり」
就任当日にそんなとんでも発言をしたものだから、渋々引き受けざるを得なかった。
今日もいつも通り、生徒会活動が始まる。弥生は生徒会長として、各役員に仕事を割り振った。
俺と弥生が書類の検印、書記と会計が資料室の整理、そして庶務が校舎内の見回りとなる。
書記と会計、庶務の三人が生徒会室を出て行くと、生徒会室の中は俺と弥生の二人だけになった。
「弥生。俺が書類にハンコを押していくから、お前は不備がないか確認して貰っていいか?」
「……つーん」
聞こえているのにわかりやすく無視をする弥生。……また始まったよ。
「弥生。聞こえてるんだろ、弥生。おーい」
「……二人きりの時は、弥生じゃないもん」
学園のお姉様。高嶺の花。深窓の令嬢。周囲からはそんな愛称をつけられている弥生だが、俺の前でのみ、彼女はわがままな子供になる。
「……やーちゃん」
「何、永くん!」
俺が小さい頃使っていた愛称で呼ぶと、弥生はパーっと明るい笑顔で反応する。こういうギャップは、まぁ可愛かった、
「ハンコを貸してくれ。俺が押していくから」
「うん、わかった!」
俺がハンコを受け取り、座って作業しようとすると、
「よいしょ」
弥生が俺の膝の上に座ってきた。
「……何してるんだ?」
「何って、お・し・ご・と」
「そうか。俺もそのお仕事をしたいから、とっとと膝の上から退け」
「やだ! このままお仕事する!」
「やだやだ」と、駄々をこねる弥生。見事なまでの幼児退行だ。
子供と化した弥生のわがままは、我慢する他なかった。
10分後。
いきなり弥生が立ち上がり、ホワイトボードの前に移動する。
「会長! ご相談があるんですが!」
会計が生徒会室に戻ってきた。
この尋常ならざる嗅覚で、弥生は幼児化を目撃されるのを幾度となく神回避している。
「その件は、永くんと話し合って欲しいかな。というわけで永くん、任せた!」
面倒だからってさり気なく押し付けんなよ。命令されたらやるけど。
会計から相談を聞き、一先ずの解決策を提示する。
会計は「わかりました!」と頷くと、再度生徒会室へ出て行った。
「難しい仕事も難なくこなす、永くんはやっぱりカッコいいね」
「人がいる時といない時で態度を変えるとか、面倒だろ? 少なくとも学校では、いつも「生徒会長」としての三越弥生で良くないか?」
「良くないよ。だって家に帰ったらあの二人がいて、全然イチャイチャ出来ないし。……最初に永くんを好きになったのは、私なんだから」
ホワイトボードにもたれかかりながら、微かに頬を赤く染める彼女の姿は、深窓の令嬢に相応しくて。蠱惑的なその姿に、思わず息を呑む。
幼馴染もいつの間にか成長して、大人の女性になっていたんだな。
「少し休憩しよう。飲み物買ってくるけど、何が良い?」
「おれんじじゅーちゅ」
前言撤回。やっぱ子供じゃねーか。
◇
夜。俺が自室で本を読んでいると、部屋のドアがノックされた。
ノックをするということは、桐枝じゃないな。あいつは合鍵を駆使して勝手に入ってくるし。
残る選択肢は、弥生と元カノの村雨瞳だ。
ドアを開けるとそこに立っていたのは、瞳さんの方だった。
「今、良いかしら?」
缶ビールを軽く持ち上げながら、瞳さんは尋ねる。
「俺、未成年だけど?」
「これは私が飲むのよ。飲まなくて良いから、晩酌の相手してくれない?」
「まぁ、話し相手くらい構わないけど」
部屋の中に入った瞳さんは、座る前にクローゼット開けたりやベッドの下を覗き込んだりした。
「エロ本なんてないぞ?」
「わかってるわよ。私が確認しているのはエロ本の有無じゃなくて……あの二人がいないかどうかよ」
「いやいや、それは流石にないだろ」
「……桐枝に関しては、前科があるのよ?」
「……マジ?」
それは知りたくない情報だった。
桐枝も弥生もいないと念入りに確認した後、ようやく瞳さんの晩酌は始まる。
酒の肴は、恋バナだ。瞳さんは大学でしつこいくらい言い寄ってくる男の愚痴をこぼしていた。
「瞳さんは綺麗だからな。口説かれるのも仕方ないだろ?」
「何? 妬かないの?」
「うーん。元カレとしては、複雑な感情かな。少なくとも、良い気はしない」
「そう。……まぁ今はそれで良しとしましょう」
いずれ妬かせてやる。そんな決意が、瞳さんからうかがえた。
「「一緒に住んでいる男がいるから無理」って何度も言っているのに、それでも諦めないのよね」
「瞳さん……」
「何? 別に嘘はついていないわよ?」
確かに、嘘はついていない。
事実俺と瞳さんは一緒に住んでいる。ただ……恋愛関係ではないので、根本的な部分的間違っているような気もするが。
「ねぇ、永太。今度大学に来て、そいつに言ってよ。「こいつは俺の女だから、手を出すな」って」
「彼氏のフリをしろってことか? 本当に困っているのなら、それくらいしても良いけど」
「あら、誰も彼氏のフリをしてくれだなんて言ってないわよ? 彼氏になってくれって言ったの」
「――っ」
酒が入っているせいか、「好き」ということに抵抗がなくなってるな。
こっちは麦茶しか飲んでいないから、その好意をシラフで受け止めなければならないというのに。
数十分後、酔い潰れた瞳さんは寝てしまった。
元カレとはいえ、男の部屋で寝るなんて、無防備にも程がある。……仕方ない。
「今日はリビングで寝るか」
風邪を引かないようタオルケットを瞳さんにかけて、俺は自室をあとにする。
部屋を出る直前、
「……チッ。襲ってこなかったか」
という瞳さんのセリフが耳に入ってきたような気もしたが……多分気のせいだよな?
◇
最初の問いに戻ろう。
シェアハウスで元カノと義妹と幼馴染と一緒に暮らしてみたら、何が得られるのか? 答えはヒロインたちによる修羅場と、糖度100パーセントイチャイチャと、あとは――騒がしくても幸せな日常だった。