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黒井姫子の結末

「……許さない……許さない……許さない……」


 痩せこけた黒井姫子は、呪詛の言葉を繰り返し呟く。


 土砂降りの雨に打たれても、車に泥水をかけられても、何も気にせず道を進んでゆく。

何度も何度も、しきりに鞄の中身を確認しながら。


 そうして彼女がやってきたのは、この辺りでもあらゆる意味で高いタワーマンションの前だった。

綺麗に整備された植え込みの淵へ座り込む。

そして、その時を待ち続ける


 保証があるわけではない。

しかし予感があった。


(アイツは今日必ず、ここへ来る……必ず……)


 やがて雨粒が白色のヘッドライトの中に浮かんだ。

辺りへ聞き覚えのあるエンジン音が響き渡る。


 黒井姫子はゆらりと立ち上がった。

 白色のヘッドライトが、猫背気味の黒井姫子を照らし出す。

高級会社は甲高いブレーキ音を響かせながら、黒井姫子へぶつかる寸前に、急停車した。


「こんばんはぁ、鬼村さん?」


「ひ、姫子ちゃん……?」


 車から降りてきた鬼村は驚愕の表情を浮かべていた。

まるで幽霊でもみたような驚きぶりだ。黒井姫子は、そんな鬼村の様子がおかしくて溜まらなかった。

しかしすぐさま、そんな愉快な気持ちは、不快感へ変わる。

鬼村の車の助手席は、以前コンビニで見かけた女とは、別の女が乗っているからだった。


「鬼村さん、その隣に乗っているのはだぁあれ?」


「あ、こ、この子はその……い、妹なんだ! はは……」


「妹さん、ですか。あまり似てませんね?」


「妹は母親似でね」


「ふぅん……まぁ、良いや、別にそんなことどうでも……あのね鬼村さん、今日は大事なお話があるんです」


「だ、大事な話?」


「はい、とっても、とっても大事な……ふふ……」


 黒井姫子は優しく自分の下腹部をさすりながら、笑みを浮かべた。

途端、鬼村の顔色が更に青く染まった。


「う、嘘でしょ……? ちゃんと薬飲んでたんだよね?」


「さぁて、どうだったかなぁ……」


「君は……!」


「たぶん、3ヶ月だから……うふふ……鬼村さんと私の赤ちゃんですよ、きっと……貴方のお友達のでも、さっきヤったばかりキモ親父のものでもない。大好きな貴方の……鬼村さん、私のこと好きなんですよね? ちゃんと責任取ってくれますよね?」


「っ……! で、でたらめ言うな! そ、そうか分かったぞ! お前、そうやって俺を騙して集る気だな!?」


「集る? 何をですか? てか、あなたに何を集ればいいんですか? その車も! このマンションも! 支払いに使ってたカードだって、全部全部あなたのお父さんのものじゃないですか……あははは!!」


「どうしてそれを……!?」


「でも、良いんです。別に、そんなことはどうでも……」


 黒井姫子はゆらりと一歩を踏み出す。

すると鬼村は顔を引き攣らせながら、後ろへ下がった。


「私は良いんです。何もかもが嘘でも、あなたには実は何もなくても、良いんです。ただ私だけを見て、私だけを大切にしてくれればば……それで!」


「ふ、ふざけんな! 誰がお前なんかと!」


「鬼村さん……」


「さっさと帰れっ! お前なんて知るかっ!!」


 鬼村は黒井姫子との視線を切ってドアノブへ手を伸ばす。


 大体、鬼村がそういう態度を取るのは予想済みだった。

 黒井姫子は鞄の中で、それをより強く握りしめる。

そして鬼村の脇腹へめがけて飛び込んだ。


 そこからは無我夢中で記憶が曖昧になった。

やがてはたりと我に帰り、ピクリと動かなくなった鬼村を見下ろしていた自分に気がつく。

車に同乗していた別の女はいつの間にか姿を消していた。

 そして黒井姫子が上げたのは、乾いた笑い声だった。


「はは……あははは! うそだって……貴方との子供なんてできてないし! ちゃんと薬効いてるし! ちゃんとあの苦しさには耐えたし!」


 雨に打たれ、体が冷え、ようやく冷静さが舞い戻った。

そしてこれまでの自分の馬鹿さ加減が嫌になった。


「こんなのに騙されるだなんて……あはは! 馬鹿だわ! こんなに騙されてた私って、ほんと馬鹿だわ……それでこんなことをしでかして、私は一体何がしたいんだか……」


 黒井姫子は雨音をかき消すように、魔女のような笑い声を上げ続ける。

その笑い声は次第に、自分の愚かさを悔やむ涙へと変わってゆく。


「ごめんなさい、武雄……私が悪かった、反省してる……本当に、本当に、バカで嫌な奴でごめんね……でも、もうこれで私は二度と君とは……」


 サイレンの音はもうそこまで迫ってきている。

 黒井姫子は逃げることもせず、ただ断罪の時を待ち続けた。


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