表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/35

真白 雪への告白

「ご心配をおかけしました! 真白 雪、本日から大復活です!」


 すっかり風邪の治った真白さんは、元気な様子を見せてくれた。


 というか、今まで以上に元気な気がする。


 たぶん、それってきっと……



 講義が終わり、俺は足早に山の方にあるアパート街を目指した。

はやる気持ちを堪えつつ、階段を昇って、三階の一番角にある真白さんの部屋の扉の前に立つ。


「いらっしゃい染谷さん! どうぞどうぞ!」


 真白さんに促され、部屋へ上がってゆく。

既にテーブルの上には、真白さんのような真っ白な布と、爽やかな香りを放つ野草が置かれていた。


「今日はヨモギ染めをやってみようと思います。綺麗で良い色になるんですよ!」


「そうなんだ。じゃあご教授宜しく」


「はいっ! 頑張りますっ!」


 素敵で良い笑顔だと思った。

風邪を引いて弱っていたのも良かったけど、やっぱり真白さんは元気いっぱいなのが良く似合っていると思う。


「まずはヨモギを煮込んで柔らかくします。そしたらミキサーで細かくします。これで良い色が出ます」


「まるで料理みたいだね」


「ですよね、ですよね!」


 ヨモギを煮込んでいる真白さんの横顔は本当に楽しそうだった。

見ているだけで、楽しんでいるのが伝わり、心が躍り始めてくる。


「染め液の中へ、染めるものを入れます! 染まるまで時間がかかるので、その間に媒染液ばいせんえきを作りましょう。これで色が安定するんです!」


 俺は真白さんの指示に従って、お湯へミョウバンを溶かし込む。

染め物でミョウバンを使うだなんて驚きだった。


「後は染めたものを少し洗って、媒染液に漬け込んだ布を加えて、火にかけて、煮込んで冷ましてを繰り返すんです。だいたいこれを3〜4回繰り返して、絞って、陰干しをして完成です! 明日にはできると思います」


「そっか。了解。んじゃ、明日も見に来ても良いよね?」


「もちろんです!」


 ちょっとズルいのはわかっているけど、こうして同意の下、真白さんに家に上がれるようになったのは良かった。

おかげで、彼女との距離が随分縮まったように思う。


 そんな中、スマホのアラーム音が響いた。

俺ではなく真白さんの方だった。


「あの、染谷さん……」


「ん?」


「一緒にしません? 染まるまで時間がありますし……」


 真白さんは俺が教えたゲームにすっかりハマっているらしい。

俺は二つ返事で了承し、染め物をしつつ、ゲームのマルチプレイを楽しんだ。

 染め物のように時間のかかることには、こういうサクッとできるゲームって本当に有用だと思う。


 穏やかな時間が過ぎて行き、今度は俺の腹の虫が悲鳴を上げた。

そろそろ帰って飯にしようかな、と思っていたところ、


「晩御飯、食べて行きません?」


「良いの?」


「はいっ! 勿論です! 先日、染谷さんに食べさせてもらいましたから、今回は私が!」


「なら、いただこうかな」


 これがきっかけで、俺と真白さんは、染め物をしたり、ゲームをしたりするときは交互に夕飯の支度をするようになった。

更に彼女の家へ上がる口実ができた瞬間だった。


 こうして俺の生活の中へ、すっかり真白さんとの時間が溶け込んでゆく。

まるで、草木の色に染まる白い布の如く。俺はだんだんと、真白さんのことを理解して、彼女の色へ染まってゆく。


 一瞬だけ、このままの距離感も良いのでは無いかと思った。

だけど、金太や林原さんから時折"そろそろ決着をつけろ!"とせがまれている。


 わかっているって、そんなこと。


 俺は遂に決意し、そしてーー



●●●



「今回も綺麗に染まりましたね!」


 真白さんは出来上がった染め物を掲げて、嬉しそうな顔をしていた。


「そうだね……」


 対する俺は緊張のあまり、上手く発声ができていない。


「大丈夫ですか? 風邪ひいちゃいました?」


「いや、元気だよ、多分……」


「そう、ですか……」


 真白さんは少し不安げな返答を返してくる。

いくら緊張しているからって、気のない返事をし過ぎた。

俺は猛省し、弱気な自分へ檄を飛ばす。


 大丈夫。きっと……そう自分へ何度も言い聞かせ、意を決して真白さんのことを見据えた。


「真白さん。聞いてほしいことがあるんだ」


「……? なんですか?」


 この雰囲気で何も察していないのか、真白さんは不思議そうに首を傾げている。

本当にこの子って、名前の通り雪のように真っ白なんだと思った。


「俺と……付き合ってくれないか?」


「付き合うって……それって……!?」


「彼女に、恋人になってください! 宜しくお願いします!」


 何をしたら正解なのか良くわからなかった俺は、なぜか真白さんへ向けて深く頭を下げた。


「あ、あ、えっと! こ、こちらこそ、宜しくお願いします!」


 すると真白さんも慌てた様子で、俺と同じように最敬礼で頭を下げるのだった。

少しの沈黙ののち、俺と真白さんは互いに頭をあげるのだった。

重なり合った視線は先ほどとは打って変わり、お互いに暖かい熱を持っているような気がする。


「ありがとう、真白さん。凄く嬉しいよ」


「あの……答えはしたものの、恐縮なのですが……本当に私なんかで良いんですか……?」


 真白さんは凄く不安そうな顔を向けてきた。


「自分で言うのもアレですけど、世の中のことほとんど知らないですし、田舎者ですし、変な趣味を持ってますし……私って、変わり者なんですよ……染谷さんみたいにカッコいい人は、私みたいなのよりも……」


 たぶん、彼女がこうして不安がっているのは、昔いじめを受けていた時の影響なんだろう。

こうして心に傷が残るほど、ひどい仕打ちを受けていたことに、心が痛む。


 そんな過去のことなんて、これから俺が忘れさせてやりたい。


 そう強く思った俺は真白さんの手を、少し強めに引き込んだ。


「ーーッ!?」


「全部含めて、俺は真白さんのことを好きになったし、彼女になって欲しいって思ったから。だから安心して」


 俺はそっと真白さんのことを抱きしめる。

やがて彼女は恐る恐る俺の背中は手を回し、身を寄せてくる。


「ありがとうございます……そう言って貰えて、とっても嬉しいです。私も……そんな優しい染谷さん……武雄くんのことが大好きですっ!」


 初めて名前を呼ばれて、胸が大きく高鳴った。

黒井姫子に呼ばれていた時よりも、強い高揚感と幸福感を覚えた瞬間だった。


「これから宜しくね……雪!」


「はいっ! 宜しくお願いします、武雄くんっ!」


 と、そんなとても良い雰囲気の中、俺と雪の腹の虫が同時に悲鳴を上げた。


「台無しだな」


「そうですね。じゃあ、ご飯にしましょう!」


「おう」


 たしか今日は俺が作る番だ。

俺は雪を離して、キッチンへ向かおうとする。

すると、今度は雪が俺の手を引きーー


「んっ!」


「ーーッ!?」


 不意な真白さんからのキスだった。

 初めて感じた好きな人の柔らかい唇の感触に、胸の奥で早鐘が鳴る。


「こういうの、昔から好きな人にしてみたかったんです!」


「驚かせんなよ。んじゃ、俺も!」


「わわ! んーーっ!!」


 きっと雪となら楽しい交際が出来るはず。

そう思えてならない俺だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ