真白 雪への告白
「ご心配をおかけしました! 真白 雪、本日から大復活です!」
すっかり風邪の治った真白さんは、元気な様子を見せてくれた。
というか、今まで以上に元気な気がする。
たぶん、それってきっと……
講義が終わり、俺は足早に山の方にあるアパート街を目指した。
はやる気持ちを堪えつつ、階段を昇って、三階の一番角にある真白さんの部屋の扉の前に立つ。
「いらっしゃい染谷さん! どうぞどうぞ!」
真白さんに促され、部屋へ上がってゆく。
既にテーブルの上には、真白さんのような真っ白な布と、爽やかな香りを放つ野草が置かれていた。
「今日はヨモギ染めをやってみようと思います。綺麗で良い色になるんですよ!」
「そうなんだ。じゃあご教授宜しく」
「はいっ! 頑張りますっ!」
素敵で良い笑顔だと思った。
風邪を引いて弱っていたのも良かったけど、やっぱり真白さんは元気いっぱいなのが良く似合っていると思う。
「まずはヨモギを煮込んで柔らかくします。そしたらミキサーで細かくします。これで良い色が出ます」
「まるで料理みたいだね」
「ですよね、ですよね!」
ヨモギを煮込んでいる真白さんの横顔は本当に楽しそうだった。
見ているだけで、楽しんでいるのが伝わり、心が躍り始めてくる。
「染め液の中へ、染めるものを入れます! 染まるまで時間がかかるので、その間に媒染液を作りましょう。これで色が安定するんです!」
俺は真白さんの指示に従って、お湯へミョウバンを溶かし込む。
染め物でミョウバンを使うだなんて驚きだった。
「後は染めたものを少し洗って、媒染液に漬け込んだ布を加えて、火にかけて、煮込んで冷ましてを繰り返すんです。だいたいこれを3〜4回繰り返して、絞って、陰干しをして完成です! 明日にはできると思います」
「そっか。了解。んじゃ、明日も見に来ても良いよね?」
「もちろんです!」
ちょっとズルいのはわかっているけど、こうして同意の下、真白さんに家に上がれるようになったのは良かった。
おかげで、彼女との距離が随分縮まったように思う。
そんな中、スマホのアラーム音が響いた。
俺ではなく真白さんの方だった。
「あの、染谷さん……」
「ん?」
「一緒にしません? 染まるまで時間がありますし……」
真白さんは俺が教えたゲームにすっかりハマっているらしい。
俺は二つ返事で了承し、染め物をしつつ、ゲームのマルチプレイを楽しんだ。
染め物のように時間のかかることには、こういうサクッとできるゲームって本当に有用だと思う。
穏やかな時間が過ぎて行き、今度は俺の腹の虫が悲鳴を上げた。
そろそろ帰って飯にしようかな、と思っていたところ、
「晩御飯、食べて行きません?」
「良いの?」
「はいっ! 勿論です! 先日、染谷さんに食べさせてもらいましたから、今回は私が!」
「なら、いただこうかな」
これがきっかけで、俺と真白さんは、染め物をしたり、ゲームをしたりするときは交互に夕飯の支度をするようになった。
更に彼女の家へ上がる口実ができた瞬間だった。
こうして俺の生活の中へ、すっかり真白さんとの時間が溶け込んでゆく。
まるで、草木の色に染まる白い布の如く。俺はだんだんと、真白さんのことを理解して、彼女の色へ染まってゆく。
一瞬だけ、このままの距離感も良いのでは無いかと思った。
だけど、金太や林原さんから時折"そろそろ決着をつけろ!"とせがまれている。
わかっているって、そんなこと。
俺は遂に決意し、そしてーー
●●●
「今回も綺麗に染まりましたね!」
真白さんは出来上がった染め物を掲げて、嬉しそうな顔をしていた。
「そうだね……」
対する俺は緊張のあまり、上手く発声ができていない。
「大丈夫ですか? 風邪ひいちゃいました?」
「いや、元気だよ、多分……」
「そう、ですか……」
真白さんは少し不安げな返答を返してくる。
いくら緊張しているからって、気のない返事をし過ぎた。
俺は猛省し、弱気な自分へ檄を飛ばす。
大丈夫。きっと……そう自分へ何度も言い聞かせ、意を決して真白さんのことを見据えた。
「真白さん。聞いてほしいことがあるんだ」
「……? なんですか?」
この雰囲気で何も察していないのか、真白さんは不思議そうに首を傾げている。
本当にこの子って、名前の通り雪のように真っ白なんだと思った。
「俺と……付き合ってくれないか?」
「付き合うって……それって……!?」
「彼女に、恋人になってください! 宜しくお願いします!」
何をしたら正解なのか良くわからなかった俺は、なぜか真白さんへ向けて深く頭を下げた。
「あ、あ、えっと! こ、こちらこそ、宜しくお願いします!」
すると真白さんも慌てた様子で、俺と同じように最敬礼で頭を下げるのだった。
少しの沈黙ののち、俺と真白さんは互いに頭をあげるのだった。
重なり合った視線は先ほどとは打って変わり、お互いに暖かい熱を持っているような気がする。
「ありがとう、真白さん。凄く嬉しいよ」
「あの……答えはしたものの、恐縮なのですが……本当に私なんかで良いんですか……?」
真白さんは凄く不安そうな顔を向けてきた。
「自分で言うのもアレですけど、世の中のことほとんど知らないですし、田舎者ですし、変な趣味を持ってますし……私って、変わり者なんですよ……染谷さんみたいにカッコいい人は、私みたいなのよりも……」
たぶん、彼女がこうして不安がっているのは、昔いじめを受けていた時の影響なんだろう。
こうして心に傷が残るほど、ひどい仕打ちを受けていたことに、心が痛む。
そんな過去のことなんて、これから俺が忘れさせてやりたい。
そう強く思った俺は真白さんの手を、少し強めに引き込んだ。
「ーーッ!?」
「全部含めて、俺は真白さんのことを好きになったし、彼女になって欲しいって思ったから。だから安心して」
俺はそっと真白さんのことを抱きしめる。
やがて彼女は恐る恐る俺の背中は手を回し、身を寄せてくる。
「ありがとうございます……そう言って貰えて、とっても嬉しいです。私も……そんな優しい染谷さん……武雄くんのことが大好きですっ!」
初めて名前を呼ばれて、胸が大きく高鳴った。
黒井姫子に呼ばれていた時よりも、強い高揚感と幸福感を覚えた瞬間だった。
「これから宜しくね……雪!」
「はいっ! 宜しくお願いします、武雄くんっ!」
と、そんなとても良い雰囲気の中、俺と雪の腹の虫が同時に悲鳴を上げた。
「台無しだな」
「そうですね。じゃあ、ご飯にしましょう!」
「おう」
たしか今日は俺が作る番だ。
俺は雪を離して、キッチンへ向かおうとする。
すると、今度は雪が俺の手を引きーー
「んっ!」
「ーーッ!?」
不意な真白さんからのキスだった。
初めて感じた好きな人の柔らかい唇の感触に、胸の奥で早鐘が鳴る。
「こういうの、昔から好きな人にしてみたかったんです!」
「驚かせんなよ。んじゃ、俺も!」
「わわ! んーーっ!!」
きっと雪となら楽しい交際が出来るはず。
そう思えてならない俺だった。




