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染まる貝塚 真珠

「どうかしら……?」


 真珠さんに見つめられながら、俺は匙を口へと運ぶ。

瞬間、ひんやり心地よい感触が口いっぱいに広がった。


「んーーっ!?」


「ど、どう?」


「美味いっ! これめっちゃ美味いですよ!」


 そう声を放つと、真珠さんはほっと胸を撫で下ろす。

俺は夢中で、真珠さんが試行錯誤の果てに完成させた、かき氷を食べ続ける。



なぜ、昼間から、しかも居酒屋でかき氷を食べているのかというと……ことの始まりは約一週間前。

突然、真珠さんから相談を持ちかけられた時にまで遡る。


「実は客層を広げようと思って。主にお昼に女性のお客様へ来てもらいたいの。だから何かいいアイディアはないかと思って……」


 なるほど、そういうことだったか。

まぁ、たしかにいきなり"告白"なんてありゃしねぇよな。

真珠さんは俺の雇い主、遥に大人なわけだし……


 しかしその場では妙案が浮かばず、一旦保留にし、兎葉レッキスさんこと"イナバさん"へ相談を持ちかけた。


そして彼女のニャンスタグラムから今"かき氷"がブームになりつつあると知った。

そこから情報を集めて、色々検討の後に、真珠さんへ提案して、完成したのがこのかき氷。


 真っ赤な特製イチゴソースがたっぷりかかったコレである。


 見た目も味もとても良く、注文をしてもらえれば確実に売れるはずだ。

更に真珠さんへは追い風が吹いている。


「取材、何時からでしたっけ?」


「連休前の14時からよ」


「緊張してます?」


「当然よ、初めてだし……」


 世間では、かき氷がブームになっているということで、ローカル局の夕方のニュース番組が目をつけたようだ。

この裏には顔の広い白銀社長の口入れがあったようだ。

本当、社長ってすごい人だよな。


 ともあれ、これで大きな宣伝手段も確保できたわけだ。

まだテレビには強い影響力があるので、店が繁盛するのは間違いない。


「じゃあ、試食も終わったんでこっちも始めましょうか!」


「ええ! ご教授宜しくね」


 真珠さんは新しいかき氷を手にして、客席の方へ、スマホを持って出てくる。


 テーブルに置いたかき氷をスマホで様々な角度から見始める。


「コレぐらいでどうかしら?」


「まずは色々と撮ってみましょうか」


「分かったわ」


 俺と同い年から少し上の世代の女性がが、このかき氷のメインターゲット層だ。

その世代へ宣伝をするにはニャンスタの運用が必要不可欠……と、レッキスさんにアドバイスを頂いたので、そのまま実行に移しているのが今の状況だ。


「この色合いどうかしら?」


「もうちょっと暖かみがあるといいかもしれませんね」


「なるほど!」


 真珠さんも俺も一応、ニャンスタのアカウントは持っているけど、そこまで詳しくはない。

だけどレッキスさんのアドバイスを参考に、色々と試行錯誤をしながらやっている。

意外とこういうのって楽しい気がしてならない。


「この写真の方が良いわね、ふふ……」


本当、ここ数日の真珠さんは楽しそうだ。

まるで子供のようにはしゃいでいて、とても可愛い。

見ているだけで幸せな気持ちになるし、胸の奥が勝手に踊りだして仕方がない。


「染谷君? どうかしたの?」


「あ、いや! なんでも!」


 うっかり真珠さんの横顔を眺めてしまっていた俺は、慌てて視線を外した。


「本当、色々と染谷君には頼りっぱなしね。本当にありがとう」


「お、俺はなんもお礼を言われるようなことはしてないっすよ!」


「何言ってるのよ、すごく色々としてもらっているわよ。蒼太のことは助けてくれたし、お店も手伝ってくれているし、このかき氷のアイディアだって、染谷君が持ってきてくれたじゃない。本当に感謝しているわ。ありがとう」


 改めて、真珠さんにそう言われて嬉しい反面、とても恥ずかしかった。


「ど、どういたしまして! できることをしたまででして」


「何かお礼をしなきゃね」


「バイト代で十分っすよ」


「そうは行かないわ!」


 なんか真珠さんってこういう義理堅いところがあるのな。

血の繋がりは無いけど、社長に良く似ていると思う。


「何が良い? バイト代とは別に……わ、私でできることだったら……」


 妙に歯切れの悪い言葉に、胸の奥が勝手に高鳴ってゆく。

真珠さんも、僅かに頬を朱色に染めて、俯いている。


「で、できることって……?」


「なんでも良いわよ……染谷君が、したいことだったらなんでも……」


 不意に静寂が訪れて、外の車の音だけが店に響き渡る。


 俺よりも遥に大人な貝塚真珠さんは、すごく綺麗な大人の女性だ。


 だけどよく見てみれば、彼女は俺よりも背が低くて、意外と華奢で。

そんな真珠さんはずっと1人でこの店を守っていて、蒼太くんを一生懸命育てていて。


 俺みたいな子供とは絶対に釣り合っているとは思えない。


 でも、せっかくのお誘い出し、


「じゃあ、遠慮なく……」


 俺はじっと真珠さんを見下ろした。

彼女は少し不安げな表情で俺を見上げている。


「今度の、俺と一緒に出かけてやってください」


「え……? そんなので良いの?」


「俺にとっちゃ"そんなこと"じゃないですよ。結構勇気持って伝えてます。いつもここで会ってばかりいるので、できればもっと素に近い真珠さんを見てみたいんです」


「……」


「だ、ダメっすか?」


「良いわ! それぐらいお安い御用よ!」


 真珠さんは普段のような、だけど少し残念そうな……といった態度を見せた。

なんだろ? このリアクション? 詳しく知りたいような気もする。

だけどこれが今の俺の限界だ。


 もしもっと真珠さんとの距離を縮めたいならば、勇気を持って彼女に染まる覚悟が必要になってくる。

残念ながら、まだそこまでの覚悟は固まっていない。


「ただいまー!」


 蒼太くんが飛び込んできてくれたおかげで、微妙な空気が一蹴された。


「よぉ、武雄。今日も来てたのか」


「しゃ、社長! こんちわっす!」


 いつもは朗らかな社長が、少し厳しい視線を注いでいるのは気のせいじゃないんだろう。

この人もだんだんと察し始めているのだろう。

 もしも本気で動くのならば、社長との対峙は避けては通れないことなのだろう。


「にいちゃん! マスクライダー一緒に見ようぜ!」


「お、おう! そうだな。真珠さん、奥借りますね!」


「え、ええ……」


 俺は真珠さんから逃げるように、蒼太くんと奥へ下がってゆく。


 蒼太くんのことだってある。

だってこの選択は、この子にも強い影響を及ぼすことだからだ。


 数日後に世間は大型連休に入るし、いつも以上に時間が取れる。


 だからその間にゆっくりと考えようと思う。


 これからの真珠さんへの向き合い方を……


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