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第79話、土蜘蛛の最期

「水よ、壁となれ!」


 俺は咄嗟(とっさ)にさけんだ。玲萌(レモ)と土蜘蛛の間に出現した滝が、炎球の勢いをそぐ。完全に消し去ることはできなかったが、残りは惠簾(エレン)が張った結界にふれて消失した。


 もう一度斬りつけようとした俺の目の前で、土蜘蛛は復活した前脚で玲萌(レモ)をつかみ、跳んだ。


『結界ごと食ってやる!』


「させるか!」


 宙を移動しながら振り下ろした神剣が、今度こそ土蜘蛛の前脚を切り落とした。


『ウグワアァァァ!』


 土蜘蛛が初めて攻撃に反応した。やっぱりこいつには神剣しか効かねぇんだ――


玲萌(レモ)!」


 落ちてきた彼女を左腕で抱きとめ、真空結界で包み込む。


樹葵(ジュキ)――」


 玲萌(レモ)が俺の首に抱きついた。「怖かった……」


 その桃色の髪をなで、


「もう大丈夫だ。俺といっしょに結界の中にいれば――」


「あたし、援護射撃するわ!」


 気丈な玲萌(レモ)はすぐに呪文を唱えはじめた。


翠薫颯旋嵐(すいくんそうせんらん)、我が意のままに駆けよ!」


 せまりくる大量の蜘蛛糸を風の術で蹴散らす。頼もしい玲萌(レモ)の体温を感じながら、俺は心に誓った。


 ――絶対、玲萌(レモ)を守りきる。ほかの誰よりも、自分自身よりも彼女のことが大切だから。


『ぬしさま、ようやくご自分のお気持ちに気付かれたのじゃな』


 くもぎりさんの静かな声が頭に響いた。


 そうか。俺、玲萌(レモ)のこと――


 その想いに気付いた瞬間、神剣がいままで見たことないほどまばゆく輝き出した。秋の夕空に突然、真夏の太陽が昇ってきたように。


『貴、様――』


 金色の光を浴びて、土蜘蛛が苦しみだした。


『そ、そのつるぎは――』


 何かを察したのだろう、土蜘蛛は残っている足を猛烈な速さで動かして、人々に背を向け逃げ出した。


「逃がすか! 青霧透霞鏡(せいむとうかきょう)褐漠巨厳壌(かっぱくごげんじょう)雷針降来(らいじんこうらい)――」


 俺は輝く神剣を空に向ける。


「雲より放たれし電光よ、我が敵影(てきえい)(ねら)いて闇を切り裂き()くと()(たま)え!」


 俺の身体に宿る水龍の精霊力と神剣の力が結び合い、天から雷を呼ぶ。高速で移動する土蜘蛛の上に、寸分の狂いもなく落下した。


『ギャッ』


 動きを止めた土蜘蛛めがけ、俺は風をきって空を(はし)る。そして黒い巨体の真上から神剣を振り下ろした。


『グゥォギャアァァアアアァァァ!!』


 聞いたこともないほど恐ろしい断末魔が響き渡る。


 光が闇を切り裂くかのごとく、巨大な土蜘蛛は真っ二つになった。


「灰に―― なってゆく……」


 俺に抱きついていた玲萌(レモ)が、ぽつんとつぶやいた。


 土蜘蛛の足の先がこまかい黒い粒子となって消えてゆく。やがてはすべての足が、それから巨大な岩のような胴体が、みるみるうちに灰と化し秋の夕風に吹かれて散ってゆくのだ。


「倒した――のか……」


 目の前で、日常の景色にとけ消えてゆく魔獣をみつめながら、俺は呆然としたまま言った。


「そうよ、倒したのよ! 樹葵(ジュキ)、おめでとう!!」


 すとんと地上に降り立った玲萌(レモ)が、右手にだらんと神剣をぶるさげたままの俺を抱きしめた。


『ぬしさまが持つ無尽蔵の精霊力は、玲萌(レモ)殿に抱く限りない愛の力だったのじゃな』


 くもぎりさんがまじめな口調で恥ずかしいことを言い出した。


『わらわの(まこと)の力を引き出してくれたこと、感謝しておるのじゃ』


 頭上に浮かんだ彼女を上目遣いに見ると、やさしいほほ笑みを浮かべていた。


「橘さま!」


 緋袴(ひばかま)の裾をはためかせてこちらへ走ってくるのは惠簾(エレン)だ。


「ご無事で良かった……!」


「ぐふっ」


 あまりに強く抱きしめられて変な声が出る俺。


「土蜘蛛の気は完全に消えました!」


「完全って―― もう復活しないってこと?」


「はいっ」


 惠簾(エレン)は力強くうなずいて、


「私は物心ついたときからつねにある種の瘴気を感じていたのですが、いまやそれが完全に消え失せているのです」


 非常に強い神通力を持って生まれた惠簾(エレン)は、封印状態にあった土蜘蛛の微弱な瘴気を感じ取っていたのか。


「そ、そうですよ。橘くん」


 半泣き状態で師匠がやって来た。なんで女の子たちが泣いてないのに、オッサンのあんたがめそめそしてるんだよ……


「きみは数百年、数千年だれも倒せなかった魔物をついに征伐したんですよ。きっと魔道学院から表彰されるでしょう」


 そうなのか。好奇心から土蜘蛛の封印を解いちまったときはどうしようかと思ったが、まあ結界良ければ全て良しだな!


「それにしても、きみ含めて一人も怪我人が出なくて本当に良かった」


 長身に似合わず子供のように涙をぬぐう師匠のうしろから、夕露(ユーロ)を肩車した(いさご)屋の大旦那がよたよたと歩いてきた。あんな重量ある()かついで腰へーきなのか、じーさん!?


「きみが樹葵(ジュキ)くんかね。話は夕露(ユーロ)から聞いたぞ。きみはまさにわしの大切な夕露(ユーロ)の命の恩人じゃ」


「いや、惠簾(エレン)玲萌(レモ)がいたから俺は夕露(ユーロ)を助けられたし、土蜘蛛も倒せたんだ」


「おじいちゃん、樹葵(ジュキ)くんはねぇ、変な植物と戦ったときもわたしを助けてくれたんだよー」


 大旦那の禿げあがった頭をペタペタたたく夕露(ユーロ)。やめて差し上げろ。


「このようにわしのかわいい夕露(ユーロ)がきみを大変気に入っておってな、わしに叶えられる望みならなんでも叶えてやろう」


 と目を細める大旦那。


「すごいじゃない、樹葵(ジュキ)!」


 玲萌(レモ)がいつもの笑顔で俺の腕にすがってくる。


「あんたも活躍してたのに、俺の願いを叶えてもらっちまっていいのかな?」


「当然よ!」


「きみの恋人もこう言っておることだし、遠慮することはないぞ、あやかしの少年よ」


 大旦那は鷹揚(おうよう)な笑みを浮かべる。


「「こ、恋人……!」」


 俺と玲萌(レモ)が声をそろえ、顔を見合わせているのにも気付かない様子で、


「もし人間になりたいということなら、あきつ島いちの魔術師を雇うこともできるぞ」


 と俺を真面目に妖怪扱いしやがった。


「いや、俺はこの外見が気に入ってるんで。じゃなくて土蜘蛛を倒せたのは、高山神社の宝物殿にこの神剣が眠っていたおかげなんです」


 今はいつもの落ち着いた黄金(こがね)色に戻っている神剣・雲斬を目の前にかかげる。


「戦乱の世をこえて、代々の宮司さんがこんにちまで守っていてくれたから」


「いやいや放置していただけでは」


 無駄なことを言う惠簾(エレン)。俺のあきれ顔に気付いたのかあわてて、


「橘さまがいなければ神剣さえ役に立てられず、うちの宝物庫で眠っているところでした!」


 と言いつくろった。


『そうじゃ、ぬしさまのおかげなのじゃよ!』


 くもぎりさんのうれしそうな声が聞こえたのは、俺と――おそらく俺の腕に抱きついたままの玲萌(レモ)だけだろう。


「それで、願いは何か決まったかの?」


「それじゃあ――」


「あ」


 言いかけた俺をいきなり制止する大旦那。「夕露(ユーロ)を嫁にくれってのだけはだめじゃからな!」


 はいはい。それじゃないんで。


 俺はすでに何をお願いするか決めていた。

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