第75話、君の気持ちと俺の気持ちは違うのか?
「いらっしゃい、いらっしゃい! 新感覚のかき氷、食生活を改善したいあなたにぴったり!」
おーやってるやってる。
今日は待ちに待った学園祭。玲萌はかき氷にふわふわの氷をかけるという「新かき氷」屋台で元気に呼び込み中だ。
俺はというと、玲萌のヤツ仕事中みてぇだし邪魔しちゃ悪ぃかな、と少し離れた木の下から様子をうかがっているという陰キャっぷり。基本的に玲萌しか友だちがいないので、はじめて学園祭に出てきたものの案の定ボッチには居心地の悪い空間。もはや帰っていいですか俺? な気分。
客が途切れると玲萌はソワソワしながら屋台から身を乗り出して、
「樹葵来るかなぁ」
と少し心配そうに行き交う人々に視線をめぐらせた。その心もとない様子がいつもの玲萌と違って頼りなくて、いますぐ抱きしめてやりたくなる。木陰から出ようとしたとき、
「玲萌って橘くんと付き合ってんの?」
いっしょに売り子をしていた創作魔術専攻の学生が玲萌に訊いた。
「ま、まだよっ」
「まだってさもつきあうみたいに……」
あきれる同専攻の女子。もう一人のやや派手な女子が、
「いっつも彼の話してるけど、あいつのどこがいいの?」
「だって樹葵はいつもやさしいし、戦ったら無敵だし、とにかくかっこいいじゃない!」
力説する玲萌の様子に思わずニヤける。すると俺の喜びに水を差すかのように、
「私、肩からツノ生えてる男とか無理ぃ」
俺もお前みたいに派手なヤツ無理だし。
「玲萌の趣味もたいがいよね。ところで彼って股間のモノもうろこにおおわれてるの?」
なっ!? いっけんおとなしそうなほうがとんでもねぇことを言い出した。
「しっ、知らないわよーっ」
いきなり甲高い声をあげる玲萌。
「まだつきあってないんじゃ分からないかぁ。ごめ~ん」
あやまる友達を無視して玲萌は真っ赤になったまま、またかき氷屋台の呼び込みを始める。
白昼堂々と変な話題で盛り上がる女子たちのせいで、俺はすっかり出て行きにくくなってしまった。女子ってあんなこと話してんのか普段……
そこへ一人の男子学生が客としてやってきた。
「玲萌ちゃん、その味のしないかき氷五つ買うから、オレと一緒に美術展示見に行かないか?」
そういえば玲萌って、惠簾と学園一二を争う美少女だもんな。当たり前のようにとなりにいてくれるから忘れちまうけど、そりゃモテるよな……
「健康かき氷五つね! 銅貨五枚になります~」
営業微笑でお金を受け取る玲萌。
「それでいつ屋台の仕事終わるのかな?」
浮かれた調子で尋ねた男に玲萌は涼しい顔で、
「悪いけどあたし、学園祭は樹葵とまわるつもりなの」
当然のようにのたまった。
「えっ……」
一瞬言葉を失った男の顔が怒りに染まる。「じゃ、金返せよ! かき氷なんかいらねぇよ!」
「は? なんで?」
素なのか、わざととぼけているのか驚いた顔をする玲萌。あ、これ腹立つやつだ…… 案の定、
「七海玲萌、顔と頭がいいからっていい気になってんじゃねぇよ!」
そりゃじゅうぶんにいい気になるわ。と思いつつ、男が怒声をあげたので玲萌の身を案じた俺はかき氷屋台へかけよった。
「玲萌、大丈夫か?」
「樹葵! 来てくれたのねっ うれしい!!」
玲萌の笑顔に喜びがはじける。
「はっ、彼氏気取りかよ。妖怪白蛇野郎」
負け惜しみを言う男に、
「白龍だって。まあとにかく銅貨五枚くらい、好きな女の子にお茶でもおごったと思えばいいじゃねぇか」
と、たしなめる俺。
「うるせぇよ、チビが」
言ってはいけない二文字を言い捨てて、男は俺たちに背を向けた。屋台の天板には男が受け取らなかったかき氷が五つ並んでいる。俺は無言でそれらに視線を向けた。次の瞬間――
「つめてぇぇぇっ!!」
俺の意志に応じて虚空を奔った氷に襲われて、男は悲鳴をあげつつ逃げていった。
「ざまーみぃ。龍神さまは氷も操れるのさ!」
あ。自分で龍神さまって言っちゃった……
「橘くんって本当に呪文唱えないで魔術発動できるんだね」
「うわさには聞いてたけど近くで見るとびっくり!」
女子二人が目を輝かせる。でもこいつら内心では俺の股間のこと考えてんのかな……とか思うと話が頭に入って来ねえ。
「ねえ樹葵、屋台見てまわらない?」
玲萌が前掛けを外しながら話しかけてくる。俺が答える前に、
「とっとと行ってらっしゃいよ玲萌。あんたの屋台当番とっくに終わってるんだから」
「そうそう。このせまいとこに三人もいたら窮屈よ」
「だってしょうがないでしょ。ここにいるのが一番樹葵にみつけてもらいやすいんだから!」
ああ、そういう理由で。
「樹葵、行こ!」
「おいおい、そんなしがみつくなよ」
と言いながら自分でもにやけている自信がある。だって学園一の美少女がほかの男には目もくれず俺が来るのを心待ちにしてくれるなんて、今までの俺の人生ではありえなかったんだから。
「また男に声かけられるとめんどくさいから、恋人つなぎしててほしいの」
浮かれる俺の気も知らず、玲萌がさりげなく指をからめてくる。
「俺、いい男よけになってるな。玲萌って男嫌いなの?」
ふと気になって聞いてみると、
「……そんなんじゃないのに――」
玲萌はどことなく悲しげにうつむいた。
「――あたしは誰にも邪魔されずに樹葵と過ごしたいだけよ」
「今はまだ恋愛より友情ってことだな」
分かる。俺も初めて友達と学園祭めぐりができてうれしいから。
「違うってのバカ(小声)」
「え?」
よく聞こえなかったんだが。
「まぁなんだ」
俺は鉤爪の先でぽりぽりと頬をかきながら、
「男からだろうが土蜘蛛からだろうが、俺が守ってやるから心配すんなよ」
うつむいていた玲萌が俺の言葉にくすっと笑うと、顔を上げてきらきらとした笑顔を見せた。
「ありがと! やっぱり樹葵大好き」
「俺も同じ気持ちだよ」
にっこりとほほ笑みかけた俺を、
「や、違うと思うわ」
などと言ってさくっとつっぱねる玲萌。
「なんでだよ」
「女の子の複雑な気持ちは、鈍感男のとは違うのよっ」
ちぇー、なんだよ。
言い返そうとしたとき、
「あの人だかり、なにかしら?」
玲萌が屋台のひとつを指さした。
「惠簾ちゃんが何か売ってるみたい! 見に行こっ」
行き交う人を右に左によけながら、玲萌が俺の手を引いて走り出した。




