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番外編【エレン視点Ⅲ】大好きな彼と過ごす二人きりの放課後

 ――惠簾(エレン)視点――




 こんなふうに放課後の教室で大好きな彼が弾き歌いしてくれて、私がたった一人の観客になれるなんて、悪夢を見たことさえ幸せなめぐりあわせに思えてしまう。


(たちばな)さま、そのお爪で弦を押さえられるのですわね。器用ですわ!」


「うん、ほらこういう角度で生えてるから――」


 と、こちらに指先を見せてくれるがよく分からない。「こうやって押弦(おうげん)するんだ」


 ちゃんと実演して説明してくれるあたり、(たちばな)さまってほんといつも親切な方。


 短い前奏を弾いてから低音域で歌い始めた彼の声が、しっとりと私の鼓膜をくすぐる。それはいつも聞き慣れた男の子らしい音色で、ふだんの話し声とそんなに変わらないのに、旋律を奏でるとどうしてこんな艶美(セクシー)に聞こえるんだろう。


 だんだん曲が盛り上がって音域が高くなるにしたがって、その声は明るく強い響きを帯びてゆく。夏の日差しのように輝かしい歌声が私の心に響く。


 そして最高音は透明感に満ちて、青空を駆けのぼって雲の上まで浮かび上がるようだ。


 私は快楽に身をゆだねながら、頭の片隅で歌詞の意味を理解していた。


玲萌(レモ)さんへの気持ちを歌ってるんだわ――)


 一曲歌い終えた(たちばな)さまは、湯上がりみたいに満足そうな顔をしている。


「どうかな? 作詞作曲も自分でしたんだよ」


 と自慢そう。いかにもほめてほしそうなこの様子、お師匠さまでなくともいい子いい子したくなってしまいますわね……


「とてもいい曲でしたわ。音楽で告白されるなんて素敵です! 玲萌(レモ)さんがときめく姿が目に浮かびますわ」


「……ん?」


 (たちばな)さまは怪訝(けげん)な顔で私をみつめた。「惠簾(エレン)なんか誤解してねぇか? この歌詞はそんな意味じゃないぜ」


 そう言われてみれば、愛とか恋とかいった言葉が出てきたわけではない。


「でも玲萌(レモ)のことを歌ったのは当たり。あんたすげーな」


 にっと笑ってほめてくださる。「俺たちの友情について書いてみたんだ」


「友情って―― でも玲萌(レモ)さんは(たちばな)さまのこと――」


 言いかけて口をつぐんだ。彼女の気持ちを勝手に打ち明けるべきではないだろう。


「あいつは俺をそういう対象にはしてねえよ。俺らは最高の友人になれたんだ。それで満足さ」


 さっぱりとした表情で笑う(たちばな)さまに、むしろ私の方が割り切れない思いで食い下がってしまう。「そ、そうでしょうか……」


「そうだよ。俺は人間やめた傾奇者(アウトロー)だから女子から恋愛対象になんかされねぇのさ。ハハハッ」


 ひとしきり笑ったあとで、彼は自分の目前に水かきの生えた手をかかげた。白龍さま由来の真っ白い腕を満ち足りた表情でながめながら、


「ま、俺は自分の美を突きつめてこの姿になったんだ。俺は俺自身が恋人だから満足ってことよ!」


「そんな―― 自分自身が恋人なんて寂しくありませんか」


 この人は虚勢を張ってこんなことを言っているのだろうか?


「むしろ逆だよ、惠簾(エレン)。自分で自分を愛せないってのはきっついんだぜ。自分が無価値な存在に思えて、この世から消えちまおうって思うときのあの絶望――」


 その真摯な瞳を見て、(たちばな)さまは強がってるわけでもかっこつけてるわけでもないのだと、私は悟った。


「俺はもう二度とあんな思いを味わいたくねえから、自分で愛してやれる自分になるって決めたんだ。それは誇れる行動をつねに選択するってぇことなんだがな」


 一点の曇りもない笑顔につられて、私もほほ笑んだ。でも小さなトゲが刺さったみたいに、胸の奥がかすかに痛んだ。


 遠くからドタバタと廊下を走る足音が近づいてくる。


「あのうるせぇの玲萌(レモ)だぜ、きっと」


 と(たちばな)さまが苦笑する。


(そっか、(たちばな)さまは玲萌(レモ)さんが戻ってくるのを待っていたのね)


 二人とも学生寄宿舎に住んでいるから、毎朝当たり前のようにいっしょに登校している。


(帰りも時間を合わせるのは当然よね……)


樹葵(ジュキ)ーっ おまたせ!」


 予想通り玲萌(レモ)さんが教室に飛び込んできた。


「よっしゃ帰るか。惠簾(エレン)も正門までいっしょに行くだろ?」


 (たちばな)さまは三味線をだいじそうに風呂敷に包む。玲萌(レモ)さんは廊下をはさんで向かいの教室をのぞいて、


夕露(ユーロ)ったらまだ寝てる! 車夫の兄ちゃん待たせてるんじゃないの!?」


 と夕露(ユーロ)さんをたたき起こしているようだ。


「もし明日、ヤツが復活したら――」


 ふっと神妙な面持ちになって、(たちばな)さまが私に話しかける。強い意志を秘めたまなざしに惚れ惚れしちゃう。


惠簾(エレン)は瀬良師匠と協力して学生と、それから学園祭を見に来た街の人たちを守ってくれ」


「そのつもりですわ」


「土蜘蛛を倒すほうは俺に任してくんな」


 と親指で自分の胸を指さす彼。その表情はいつものやわらかい笑顔に戻っている。無邪気な笑みを浮かべたその頬はしかし青白いまま。色のない唇からは牙がのぞく。少年らしい表情とあやかしの姿の間にかすかな齟齬(そご)を感じる。


(ああ、このわずかな違和感がたまらなく魅力的……。でもこんな感覚、世界中のだれも共感してくださらないでしょう――)


 夕露(ユーロ)さんをひっぱって玲萌(レモ)さんが戻ってきた。「ふたりでなに話してんの?」


「明日の学園祭を成功させましょうねって」


 とっさに答える私。


「そうね! 絶対うまくいくわ。いえーいっ!」


「おう!」


 玲萌(レモ)さんと(たちばな)さまが声をあわせて拳をかかげる。私と夕露(ユーロ)さんも手を挙げて、声を合わせた。


「はい!」


「わーい」

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