第74話、妹はいつでもおにいちゃんといっしょがいい
「みんなせっかくかわいい恰好にゃんだから、ちょっと一場面見せてほしいにゃぁ」
奈楠さんの言葉に玲萌はハっとして、
「夕露、せりふ覚えた!?」
そう、夕露だけはいっこうに台本を手ばなせないのだ。
「覚えたよ? でも何回か息すると頭から消えちゃうんだもん」
「厠でおっきいほうすると呪文忘れちゃうってのよりひどいじゃない!」
そーいえばそんなこと言ってたっけ、夕露のやつ。
「たぶん吐く息といっしょに出てっちゃうんだと思うっ!」
自信満々、自説を披露する夕露。
「なわけないでしょ! あんたの脳細胞は二酸化炭素にとけちゃうわけ!?」
「ふえぇぇん」
玲萌の剣幕に泣き声をあげながら、夕露が俺の背中に隠れる。
「まあ玲萌、覚えらんねーもんはしょーがねぇよ」
俺は夕露をうしろにかくまいながら玲萌をたしなめる。
「なによそれ」
玲萌みたいに生まれながら頭が良くて要領いいヤツには分かんねえよな。
「それより夕露の記憶力に頼らない方法を考えようぜ」
俺の提案に、
「奈楠さんが客席からせりふさけぶのはどうかにゃ? 夕露ちゃんは口パクすればいいニャ」
実に使えない案を思いつく奈楠さん。
「それより私がつねに箪笥の中とか作り物の木の中とか、舞台上の大道具に隠れてこっそりせりふを伝えましょうか?」
これまたマヌケな方法を提案する瀬良師匠。
「う~ん」
と俺は腕組みして、
「くもぎりさんみたく、客席からは見えねぇが声は聞こえるって方法がありゃぁなあ」
「それよ!」
玲萌が人差し指を立てた。「樹葵にふれてれば、くもぎりさんの声が聞こえるのよね。夕露が出る場面って騎士ジュキエーレもたいてい舞台上にいるわ。樹葵がこっそり神剣に魔力を流して、台本を覚えたくもぎりさんが夕露に教えればいいのよ!」
俺は神剣に気を流し、心の中でくもぎりさんにうかがいを立てる。
「でもそれじゃあ樹葵ちゃんはずっと魔力を使い続けることになるニャ!?」
驚く奈楠さんに、
「いや俺の力――正確には魔力じゃなくて精霊力なんだが、こいつぁ無限にわいてくるもんなんだよ」
「すごいニャ樹葵ちゃん! 奈楠さんも無限にお金がわいてくる財布がほしいニャ!」
「橘くんは我が魔道学院の期待の星ですからね」
奈楠さんの欲張り発言は無視して俺をほめてくれる瀬良師匠。「しかしメイドである夕露さんがずっと護衛の騎士役の橘くんにくっついているというのは、演出上おかしくないのですか?」
もっともな疑問をさしはさむ。
「獣人メイドのユリアちゃんはみなしごで、樹葵くんの騎士さんと兄妹みたいにして王宮で育ったんだよ!」
元気に教えてくれる夕露。
「そうなのか?」
俺、原作読んでないから知らなかったぜ。
「わたしがいま決めた設定!」
そーですか……
「沙屋さんの全面協力を得てるから、夕露を出さないわけにはいかないし」
計算高い玲萌もしぶしぶ納得した。「夕露に演技させるためにはしかたないわね」
ん? ってことは舞台上でずっと、このひらひらした衣装を着た夕露に密着されてるわけか。うれしいような困るような……
「わーい、おにーちゃん!」
夕露が俺の手をにぎってぶんぶんとゆらす。
「おいおい気をつけてくんな。俺の爪、ふつーの人間と違ってするどいから」
夕露のもちもちとした手をひっかかないよう気をつかう。
『ぬしさま、夕露殿、わらわも参加できてうれしいのじゃ』
「わぁ、さっそくくもぎりさんの声が聞こえるよぉ!」
夕露の紺碧の瞳がきらきらと輝く。
『十代の子たちの出し物に関われるとは、気持ちが若返るのう』
さっそくババア発言が飛び出した。二千歳にもなって台本、暗記できんのかな?
『もうとっくに暗記しておるわ!』
頭の中に不機嫌なくもぎりさんの声が響いた。そうか、俺の考えがそのまま伝わっちまうんだったな。
『ぬしさまが毎晩のように眺めておるから、優秀なわらわはさきに覚えてしまったのじゃ』
そいつぁ失礼しやした。
「おししょさんも若返る?」
「は?」
くもぎりさんの声が聞こえていない師匠は、夕露の突然の質問にポカンとする。
「くもぎりちゃんがね、十代の子と劇できて気持ちが若返るって!」
「二千年も生きてる精霊さんといっしょにしないでください……」
「はたちすぎたらみんなおんなじだよー。大人だもん」
「なっ」
「みゃうっ」
夕露の残酷な意見に、師匠は絶句し奈楠さんは変な声をあげた。
「とにかく今回も助かったわ、樹葵」
玲萌もくもぎりさんの声を聞きたいのか、もう一方の手をにぎってきた。「いつも助けられてばかりね!」
淫魔風だとかいう衣装のせいで、彼女のひかえめな胸の谷間につい目線が吸いつけられる。
「いや……」
俺が口ごもっていると惠簾が戻ってきた。こちらの話を聞いていたようで、
「ええほんと! いつも頼りになりますわよね、橘さまは」
右手は玲萌、左手は夕露で両手がふさがった俺を一瞬みつめる惠簾。両手をのばしたと思ったら、俺の首筋にからめて抱きついてきた。
「く、くもぎりさんのおかげだよ」
身動きとれないまま、なんとか答える俺。
『ぬしさまのお役に立てて、わらわは満足じゃ!』
はずんだ声に目ん玉だけ上に向けると、頭上に浮かんだくもぎりさんが俺の頭を抱きしめている。うれしそうに見下ろすあどけない笑顔と目が合った。
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