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第73話、手をつないだだけで鼓動が早くなるのは、露出度高い衣装のせい

「もう着替え終わってんだろ?」


 (ふすま)の外から玲萌(レモ)に声をかける。「あんたの衣装も見たいんだけど、入っていい?」


「――うん……」


 がらにもない、か細い声を確認してから(ふすま)を開けると、玲萌(レモ)は部屋のすみで黒い布にくるまって座っていた。近づくとそれは、魔王の娘の衣装である黒い外套(マント)だと分かった。頭には髪色に合わせて桃色のツノをつけている。


「その頭のヤツかわいいじゃん」


「へっ!?」


 そんな虚を突かれたみてぇに驚くなよ。うっかりほめた俺が恥ずかしくなるやつ……


「あ、ありがと……」


 照れ笑いする玲萌(レモ)。「樹葵(ジュキ)も白い衣装、よく似合ってて素敵よ。幻想草紙(ファンタジー)に出てくる遠い国の王子様みたい」


「いや俺の役――ジュキエーレはただの騎士だろ?」


 俺は玲萌(レモ)の前にひざまずくと冗談めかして言った。「俺はあんたを守るためだけの存在だよ、姫様」 


 彼女の華奢な手を取りその甲に口づけする。演劇の稽古で何度もこういう仕草を練習させられたのだ。


「わぁ、夢みたい……」


 玲萌(レモ)が本気でときめいてくれるので、やりがいがある。


樹葵(ジュキ)はなに着てもかっこいいわね」


 うっとりとみつめる視線に満足していると、


(たちばな)さまは、なにも着てなくてもかっこいいですわよ」


 惠簾(エレン)がまた問題発言しやがった。


「うんうん! 露天風呂で手ぬぐい一枚でもかっこよかったもんね~!」


 笑顔でうなずく玲萌(レモ)。反応に困った俺は目をそらして、山水画の描かれた衝立(ついたて)を眺める。


樹葵(ジュキ)、上着の(ぼたん)閉めないの?」


「ん? ああ、なんかいっぱいついててよく分かんねえから仕立て屋さんに訊こうと思って――」


「やってあげるわよ」


 玲萌(レモ)が手を伸ばし、てきぱきと金釦(きんぼたん)を留めてくれる。こうやって甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼いてもらうと夫婦(めおと)になったみてぇ――ってなにバカなこと考えてんだ俺は。


「ね、(たちばな)さま。玲萌(レモ)さんの衣装、魔王の娘らしくてかっこいいですわよね?」


「あっ! 見られちゃった……」


 玲萌(レモ)があわてて黒い外套(マント)の中に両手をひっこめた。


「なんだよ、隠すことねぇのに」


 俺の言葉に惠簾(エレン)もうなずいて、


「異国にいると言われる夢魔だか淫魔だかの絵を参考にされたそうですよ。男性の夢の中にあらわれて誘惑するんだとか。わたくしもその衣装を着て(たちばな)さまの夢の中に――」


 またむだなことを言おうとしたとき、


「次、惠簾(エレン)ちゃんの番だよー」


 仕立て屋さんの確認から戻ってきた夕露(ユーロ)にさえぎられ、惠簾(エレン)はやや不服そうな顔で立ち上がった。


玲萌(レモ)せんぱい、露天風呂で隠してたとこはちゃんと隠れてるからいいじゃん」


 黄色い耳をゆらしながら、犬っころみたいな夕露(ユーロ)が涼しい顔で言う。


「露天風呂と舞台は違うわよっ!」


 正論で言い返す玲萌(レモ)に、


「俺は似合ってると思うけどな。玲萌(レモ)はしなやかな体つきっつーか、ほどよくひきしまっててきれいだから」


 言ってて照れくさくなってきた……!


「ほんと!?」


 玲萌(レモ)が喜んでるのを見ると俺もうれしくなる。


「おお、むしろ自慢するつもりで見せてやったらいいじゃねぇか」


「自慢になるかな?」


 などと言いつつまんざらでもない様子。


「俺は前から自慢に思ってたぜ」


「えーうれしい!」


 玲萌(レモ)はいつものように俺の手をとると、腕に抱きついてきた。日頃と同じ行動も、露出度高い衣装のせいで刺激倍増である。


「あっいや、俺が自慢するのは変か……」


 しどろもどろになる俺。


「うふふー 樹葵(ジュキ)の自慢の女の子になれるんならいいなあ」


 堂々とニヤニヤする玲萌(レモ)。うーん、親友ってこんな感じだっけ? ぼっち歴の長い俺にはよく分かんねえ。ろくに友達もいなかったのに、ましてや親友だなんて未知の分野だ。


「そう思ったらこの衣装、案外悪くないかもっ!」


 玲萌(レモ)はバサっと外套(マント)をひるがえして立ち上がった。切り替え早いのはこいつのいいところだ。黒を基調とした露出度の高い描画(デザイン)が、細身の体を魅力的に演出する。


「でもその恰好ちーっと寒いんじゃねーか?」


 俺は立ち上がって玲萌(レモ)の素肌に手をかざした。初夏の陽気を思い出して、ちょうど心地よい風を心に描く。


「あったかい!」


 玲萌(レモ)が歓声をあげた。このあいだ天ぷらのにおいをごまかすために薄い風の膜をまとったのと同じような、風の術をかけてみたのだ。


「これなら秋の午後にも安心だろ?」


「うん、樹葵(ジュキ)に抱きしめられてるみたい……」


 玲萌(レモ)は幸せそうに目を閉じる。


「いいにゃあ。奈楠(ナナン)さんも味わってみたいから樹葵(ジュキ)ちゃん、ちょっと抱きしめてみてよ」


「うぉぉ奈楠(ナナン)さん! いつの間に……」


 驚いて振り返ると、奈楠(ナナン)さんが瀬良師匠をつれて部屋に上がってきたところだ。玲萌(レモ)もあせって言い訳する。「ちょっと言い間違えたのよっ 樹葵(ジュキ)のやさしさに包まれてるみたいって言おうと……っ」


「いいですねぇ」


 と目を細める師匠。「私にもその術かけて下さいよ。私も(たちばな)くんのやさしさに包まれてみたいです」


 ゾゾゾ…… 瀬良師匠には申し訳ねぇがうっかり鳥肌たったわ。沈黙する俺にかわって、


「瀬良さんの衣装は寒くないから必要ないニャ」


 奈楠(ナナン)さんが助け舟を出してくれた。


「なんで女の子ばっかり露出度高いのよ?」


 言われてみれば。口をとがらせる玲萌(レモ)に、


(はとり)屋さんはまず音苑(ネオン)坂のお店に宣伝することを想定してるんだニャ。いつの時代も流行は色町(いろまち)からはじまるからニャ」


 ほんとかなぁ……

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