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第68話、敵を倒したご褒美は?

樹葵(ジュキ)夕露(ユーロ)! よかった、無事だったのね!!」


 夕露(ユーロ)とふたり、神剣を使って空から魔道学院に帰ってくると、門の前で玲萌(レモ)が大声を張り上げた。「(おそ)かったじゃない! どうしたのよ!?」 


 両手を腰に当てて怒っている――かと思いきや、大きな瞳が涙ぐんでいる。やべぇ、まじで心配させちまってた。間違っても天ぷらむさぼってたとか白状できねえ。


「あのねぇ玲萌(レモ)せんぱい、港町の浜扇(はまおうぎ)ってお店のおやじさんがわたしのこと覚えててねぇ、むぐぅっ!」


 俺は慌ててうしろから夕露(ユーロ)の口を押さえて、一瞬で意識を統一した。空の風向きを変え、夕露(ユーロ)の気をそらすものを上空へ呼び寄せる。


「ほら夕露(ユーロ)、見てごらん。うまそうなカモメが飛んでるだろ?」


「わぁほんとだぁ! つけあわせの雲もふあふあしてておいしそうだよぉ。お日さまでちょうどあったまってる!」


 なんでも食欲の対象になるんだな。夕露(ユーロ)の興味を空へ向けたところで、


玲萌(レモ)、心配させて悪かった。港町には夕露(ユーロ)の家に世話んなってる人も多くてさ。すぐには帰れなかったんだ」


「そっか。沙屋(いさごや)さんって品物や人だけじゃなくて色んなもの仲介してるもんね」


 そーなんだ。


「でもそんなことすぐ思いつかないじゃない?」


 俺をみつめる玲萌(レモ)の澄んだ瞳がうるんでいる。「樹葵(ジュキ)が、あの毒草に溶かされちゃったんじゃないかと――」


「そんなわけないだろ?」


 両手で顔を(おお)玲萌(レモ)をそっと抱きしめる。彼女のやせぎみな肩がなつかしく感じる。俺の腕の中にすっぽり入るちょうどよい細さなんだ。


樹葵(ジュキ)……」


 玲萌(レモ)の小さなくぐもった声。俺の胸に顔をうずめたまま、


「きみが誰よりも強いのは分かってるけど、でも同時に、誰かのためならその身を投げうってしまいそうで、あたし怖いのよ」


「そんなこたぁ――」


 しねぇよ、と言いかけて数か月前、湖で無数に尾のある大蛇と戦ったことを思い出した。あのとき玲萌(レモ)は泣きながら言っていたんだ。


 ――あたしすっごく怖かったの。樹葵(ジュキ)が死んじゃったらどうしようって。絶対に樹葵(ジュキ)を失いたくないから――


 いつでもありのままの俺を認めてくれるやさしい玲萌(レモ)を、ぜってぇ泣かせたりしちゃあいけねえって心に決めたのに、こんな不安にさせてしまった。


玲萌(レモ)、怖い思いさせちまって悪かった」


 玲萌(レモ)は額を俺の胸にすりつけるように首を振った。


「あたしが悪い想像をしただけ。もっと強くなるわ」


 しっかりとした声で言うと、いつもの意志が宿る魅力的な瞳で俺をまっすぐ見た。「あったかい。樹葵(ジュキ)の体温を感じられるの。幸せ――」


 玲萌(レモ)がきらきらとした笑みをこぼしたとき、空を眺めてよだれをたらしていた夕露(ユーロ)が振り返った。


玲萌(レモ)せんぱいに聞かせてあげる。樹葵(ジュキ)くん、かっこよかったんだよー!」


夕露(ユーロ)ったら、樹葵(ジュキ)に助けてもらったらすっかりなついちゃって!」


 とくすくす笑う玲萌(レモ)もうれしそうだ。


「なついたんじゃなくて、わたしの自慢のおにいちゃんにしてあげるの!」


 胸を張る夕露(ユーロ)。きわどいところが見えそうなので、片手で外套(マント)を直してやる。


玲萌(レモ)せんぱい、わたし水中に隠れて樹葵(ジュキ)くんの戦うとこ見上げてたんだけどね、なんか高いところに立って、印とか結んで、つるぎ構えて―― えっと呪文唱えてたんだよね?」


 夕露(ユーロ)らしいぼやっとした解説だが、嬉々として話してくれる。俺はうなずいて、


「雷を呼んで命中させなきゃいけなかったから、一応呪文唱えて術を組み立てたんだよ」


「見たかったなぁ!」


 玲萌(レモ)憧憬(どうけい)のまなざしで甘いため息をついた。「樹葵(ジュキ)ってふだん呪文詠唱なんか必要ないから貴重なのよね~」


 俺の肩に頬をあずけたまま、どことなく憂いを帯びたまなざしで見上げられると、鼓動が早くなる。目をあわせられずに口をつぐんでいると、


「呪文唱えてる樹葵(ジュキ)って色っぽいのよね?」


 いつもより少しだけ低い声でささやいた。そんな疑問形で訊かれても知らねえよ……いまのその、しめった吐息(といき)が混ざったあんたの声のがよっぽど色っぽいだろ。


 俺は答えるかわりに、玲萌(レモ)の肩を抱く手に少しだけ力をこめた。


「そういえば樹葵(ジュキ)


 腕の中の玲萌(レモ)が、かわいらしい仕草で首をかしげた。「さっきから揚げ物みたいな香ばしい匂いがするんだけど、なんだろ?」


 揚げ物? ――やべっ!


 とっさにとびすさると、ごく薄い風の結界を発動させる。魔術の発動に呪文詠唱が不要でこんな助かったことはない!


「どしたのよ、一体――」


 玲萌(レモ)怪訝(けげん)な顔をしたとき、


(たちばな)さま! お疲れ様ですわ」


 魔道学院の建物から惠簾(エレン)が姿を現した。「遅いなあとは思っていましたが、まあちょうどお昼どきですしね」


 無駄なこと言わないで! と懸命に目で訴える俺。察してくれたのか、惠簾(エレン)は神妙な表情になって俺の前で手を合わせた。


「わたくしどもの学び()に害をなす魔物を成敗してくださったこと、感謝申し上げます」


「お、おう――」


 俺は雰囲気にのまれて返す言葉がみつからない。


「龍神さま、お礼にわたくしの心を捧げますわ。お受け取りくださいませ」


 言い終わらぬうちに紅をさしたかのように(あか)い唇が近付き、そっと俺の頬に押し付けられた。


 えっ…… うわぁぁぁっ!!


「うわぁぁぁっ!!」


 玲萌(レモ)が俺の心の叫びを代弁している…… あっけにとられて立ち尽くす俺に、惠簾(エレン)は大げさな身振りをしながら、


「千年に一度の巫女と言われるわたくしですら瘴気(しょうき)を取り除けなかったのに、それを浄化してしまうとは! やはり龍神さまの化身(けしん)ですわっ!」


「いや、いかづちで倒したのは俺だけど浄化は神剣で――」


 言いかけたところに、わらわらとほかの学生たちも出てきた。


「あいつ龍神の化身だってさ!」


 あああ。また誤解が広がってゆく……


「あいつの手足に生えてるうろこ、白蛇(しろへび)かと思ってたら白龍(はくりゅう)だったんだ」


 それは間違ってないんだが。


「子供みたいな外見してるけど、きっと千年とか生きてるんだろうなぁ」


 まだ十六なのに…… てか子供みてぇな外見してねーし!!


(たちばな)くん、本当に助かりました!」


 学生たちのうしろから、ひときわ背の高い瀬良師匠が話しかける。「私たち教師陣が一人も出勤していない中、被害を出さずに退治するとは素晴らしい!」


 遠巻きにながめる学生たちの輪から歩み出た師匠は、俺の前まで来ると片膝をついて見上げた。「あのつる草、次から次へと復活してきて私ですらどう倒そうか思案していたところ。根までいかづちをたたきこんで、即座に神剣の聖なる光を浴びせるとは機転が効いていますね!」


 すごいほめてくれる。と思っていたら感極まったかのように俺を抱擁(ほうよう)した。


「わわっ」


 戸惑う俺を気にもとめず、


「きみの強さは私以上ですっ」


 感激しながら俺の胸に頬ずりしやがる。人肌恋しいおっさんとか誰得かな?


「師匠はさぁ」


 横から玲萌(レモ)が口をはさんだ。「早く奥さんみつけて自分の子供作ったらいいのよ。樹葵(ジュキ)にベタベタしちゃってもうっ!」


「そんな簡単に言わないで下さいっ きみも大人になったら、結婚相手をみつけるのは結構難しいって分か――らないか」


 まじまじと俺の顔を見上げる。


「ちょっ師匠! なに樹葵(ジュキ)見てんのよっ」


 ん? どゆこと? なんで玲萌(レモ)がまた赤くなってんだ? なにが起きたのか理解しようと、師匠と玲萌(レモ)の顔を交互にながめていたら、師匠が着物の裾をはたいて立ち上がった。「褒美に(たちばな)くんを料亭にでも連れて行ってあげましょうかね」


 あ、いま腹いっぱいなんだよなぁ……


「じゃあ師匠!」


 元気な声で話に首を突っ込んできたのは玲萌(レモ)。「ご褒美くれるんなら、あたしたち生徒会の演劇に出演して!」


「えっ ご褒美は玲萌(レモ)さんにじゃなくて(たちばな)くんに――」


 逃げ腰な師匠と、目を輝かせている玲萌(レモ)を見比べつつ、


「俺からもお願いするよ、瀬良の旦那。玲萌(レモ)のこと、さんざん待たせて心配させちまったんだ。俺から彼女へのおわびってことで、こいつの望み叶えてやってくれませんか」


「わぁい、樹葵(ジュキ)やさしい!」


 玲萌(レモ)が飛びついてきた。うっす~い風の結界を張ったままだから天ぷらの残り香はごまかせてるはず!


「はぁぁぁ。仕方ありませんね」


 瀬良師匠は盛大にため息をついた。「かわいい弟子ふたりにそこまで頼まれては、林泉(りんせん)に生きる文人(ぶんじん)を自称する私でも、断るわけにはいきませんか」


「新鮮に生きる安心を自称する? 瀬良の旦那、無農薬野菜かなんかか?」


「ん? 樹葵(ジュキ)なに言って…… まあいいわ! 今日は生徒会室で台本読み合わせするから師匠もちゃんと来てよ!」


 玲萌(レモ)はてきぱきと指示を出すと、俺の手を引いて足早に歩きだした。

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