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第65話、瘴気に侵された魔草の最期

「その身を(つた)いて根まで(いた)れ!」


 俺の呼びかけに(こた)え、運河の水は魔草におおいかぶさってゆく。しかし――


 ぶるんぶるんっ


 つる草は大きく上下左右にゆれて水を嫌がった。行水(ぎょうずい)させられた猫みてぇだ。ぜんっぜんかわいくねーけど……


「ひえ~ 雨のように降りそそい来る!」


「こりゃたまらん」


 住人たちは散り散りになって、ひさしの下に避難する。


「すまねぇな、みんな」


 俺の声は届いていないようだが、まあいい。


「ちゃんと追って来いよ」


 俺は草をにらみつけると、神剣を遠く山の方へ向けた。


「聖なるつるぎよ、風を()(まと)え!」


 ヒュルルル……


 山から吹き下ろす風が鳴り、俺たちを包み込む。


「わああ、落ちる落ちるっ」


 大騒ぎして俺の首にしがみつく夕露(ユーロ)に、


「落ちてんじゃなくて降りてんの!」


「速い怖いおなかが浮くぅっ!」


 ざぶんっ


 風の結界に身を包み水中に沈むと、イワシみてぇな小魚の群れが銀色の光をまき散らしながら逃げてゆく。肝心な魔草は――


「水面で待機してやがる…… エサにつられて水中に伸びてくるかと思ったのに」


「エサ?」


 首をかしげる夕露(ユーロ)。お前だよお前。とは言わないでおく。


『知性があるんじゃな。やはりただの毒草ではないか――』


 小さなくもぎりさんは俺の腰のあたりにしがみついたまま眉根を寄せる。幼い少女の外見に不釣り合いな表情がなんだかかわいらしい。


「どーするのぉ? わたし、おなかすいてきちゃった」


 急降下は怖がってたくせに、いまやまったく緊張感のない夕露(ユーロ)


「方法はあるんだが――」


 俺たちをのぞきこむように運河の上でゆらゆらしている魔草をにらみながら、


玲萌(レモ)たちがいまも戦ってるかもしれねえ。根まで攻撃したらみんなを巻き込む恐れがある……」 


『わらわから伝えようかの、ぬしさま?』


「…………できるのか!?」


 思いがけない提案に思わず、声の調子(トーン)がはね上がる。


『あそこには天翔(あまが)けと呼ばれておる巨大な鳥がおったろ?』


 凪留(ナギル)の召喚獣である。


『あやつは朱雀(すざく)や青龍のような精霊に近い存在じゃ。距離や時間に関係なくわらわの意識を受け取るじゃろう』


「まじか!」


 風の結界の中で思わず大きな声を出す俺。まわりを水に囲まれているせいか、耳慣れない響き方をする。


「鳥さんと凪留(ナギル)せんぱい、お話できるもんね!」


 お話してるかどうかはともかく、彼らが意思疎通していることは確かだ。俺とくもぎりさんのように人間の言葉でやり取りしているかは分からねえが。


 うきうきしている夕露(ユーロ)に反して、くもぎりさんはちょっと不安そうだ。


『この二千年間、一度も試したことはないのじゃ。持ち主の気を使い果たしてしまうからのぅ。じゃがぬしさまなら、精霊力が無限に湧き上がるから――』


「やってみようぜ、くもぎりさん!」


 両手につかを握りしめ集中する。目を閉じて気を送ると、頭の中に旧校舎の映像が流れ込んできた。庭の土は掘り返されたようになっているが、周囲の地面に影響はない。すぐ近くに瀬良師匠が立っているから、彼の術によるものだろう。玲萌(レモ)と違ってこまやかな術の制御が得意に違いない。


 ――また新しい株が生えてくるとは……


 と師匠がため息をついた。声自体は聞こえないのに、話している内容は理解できるのが不思議だ。師匠のうしろから御幣(ごへい)を手にした惠簾(エレン)が姿を現した。


 ――土蜘蛛と同じ瘴気(しょうき)を感じますわ。


 ――やはり元凶を倒すしかないということか……


 師匠が苦い顔をしたとき、空から天翔(あまが)けに乗った凪留(ナギル)が大声で呼びかけた。


 ――みなさん、その植物から離れて下さい! 樹葵(ジュキ)くんが遠くからなにか術を放つようです!


 ――まあ、生徒会長ったら(たちばな)さまと以心伝心(テレパシー)ですか!? わたくしもつながりたいっ


 盛大な勘違いをする惠簾(エレン)と苦笑している師匠を乗せて、天翔(あまが)けはふたたび空へと舞い上がる。


「よっしゃ避難完了!」


 俺は目をあけると、つるぎを目の前に構えた。


夕露(ユーロ)、あんたはこの結界の中で待っててくれ」


「えぇ~っ 貝になっちゃうよ!」


 わけ分かんねえことを言う夕露(ユーロ)の視線の先には、木杭(きくい)から生える二枚貝の集団。


「なんねぇなんねぇ」


 適当にあしらって、結界から垂直に飛び上がる。


「うおおっ」


「水ん中から白い子供が――」


 いつの間にかやじ馬が集まってたのかよ…… 神剣が放つ金色の光に包まれたまま、船を係留する木杭の上に立つ。さっそくつるが伸びてくるのをつるぎで払うと、


「おぉかっけー!」


「あの子、神様の眷属(けんぞく)かなんかかな?」


白狼(はくろう)天狗じゃね?」


 などと適当なことを言い出す街の人々へ、


「すまねぇが―― 危ねえからちぃと離れていておくんなせえ」


 とお願いする。


「人間の言葉しゃべるんだ」


「ちょっと声かわいいよな」


 ほっとけ。知らねえやつらに話しかけると緊張して高くなっちまうんだよ……


 魔草はこちらの様子をうかがっているのかそれ以上伸びてこない。エサがないからか。夕露(ユーロ)を運河に沈めておいて正解だった。


青霧透霞鏡(せいむとうかきょう)褐漠巨厳壌(かっぱくごげんじょう)雷針降来(らいじんこうらい)――」


 右手につるぎを構え、人差し指と中指をからめた左手を空に向ける。


「雲より放たれし電光よ――」


 高い空にうすく広がっていたうろこ雲がみるみるうちに集まり分厚(ぶあつ)くなる。


「我が敵影(てきえい)(ねら)いて闇を切り裂き――」


 日差しがさえぎられ、うす暗くなった港町に遠くから雷鳴が近付いてきた。意識の(まと)を魔草の先端に定める。


「――()くと()(たま)え!」


 頭上の雲が裂け稲妻が(はし)る。周囲には魔草より高い建物もある。向こうには火の見櫓(みやぐら)も見える。だが俺の意志に従い光は天を切り裂いて、寸分の狂いもなく魔草の頭に触れた。


 バリバリバリ……どっぐわーん!!


「いかづちよ、()(つた)いて根まで(いた)れっ!」


 魔道学院から一里以上伸びた魔草をたどって、稲妻は灰色の空に巨大な弧を描く。俺は同時に神剣の切っ先を向け、


「聖なるつるぎよ、(いしずえ)まで(いた)りて瘴気(しょうき)(はら)え!」


 神剣・雲斬(くもぎり)から放たれた虹色の光が、雷光を追うように伝っていく。


 ヲヲ……ン――


 人間の耳には聞き取れない周波数帯で鳴り響いた恐ろしい音は、土蜘蛛の瘴気に乗っ取られた植物があげた断末魔の悲鳴だったのだろうか――

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