表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/84

第61話、俺が君を幸せにしたいから

 い、いま、玲萌(レモ)が大好きって―― これは俺のことか!? そうだよな、まさか露天風呂が大好きとかじゃねぇよな!


 いやでも玲萌(レモ)は俺のこと親友って言ってたじゃん。友達として大好きってことかもしれねえ。


 そもそも俺はどうなんだ? 玲萌(レモ)のことどう思ってんだろ? そりゃ一緒にいて楽しいし大切な友人だが―― でもってすげー魅力的な女の子だ。だが魅力的ってぇなら惠簾(エレン)だって負けちゃいねえ。


 でも玲萌(レモ)に対してはそれだけじゃなく――そう、さっきみてぇに幸せだって言ってほしい。それも、俺のとなりにいるから幸せだって言ってほしいんだ。俺は惠簾(エレン)だって夕露(ユーロ)だって毎日幸せに過ごしてほしいって願ってる。でも玲萌(レモ)に関してだけは、ほかの男のおかげで幸せになるってんじゃあ気に入らねえんだ。


 そうだ俺、自分が玲萌(レモ)を幸せにしたいんだ――


 いつの間にか寝息を立てている玲萌(レモ)をのぞきこむ。(あか)い花びらのような唇が目にとまる。――奪ってやりたい。反射的にそう思ったとき、それはぴくりと動いた。


「ん、一瞬眠っちゃった」


 いつもの玲萌(レモ)の声に、俺は止めていた息をふうっと吐いた。


「あたしさっき、なんか寝言口走った!?」


「寝言? いや?」


 ついごまかす俺。


「よかった。あたしもう大丈夫そうよ。冷やしてくれて、ありがとねっ」


 さっさと立ち上がろうとする玲萌(レモ)を慌てて支える。「おい、無理すんなよ?」


「あっ、いけない」


 玲萌(レモ)はぶつぶつ言いながら、胸に巻いた手ぬぐいを引き上げた。気を使って目をそらす俺。なのに玲萌(レモ)は腰に手ぬぐい巻いただけという俺の、頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせる。それから突然、両手で顔を(おお)った。「どうしよ、耐えらんない――」


「えっ、どした?」


 心配になって玲萌(レモ)の肩に手をそえる。


樹葵(ジュキ)かっこいい……だめ、直視できないっ」


 ええ…… 俺ふだんから露出度高いから、あんま変わんねえじゃん……


「もうちっとばっかし休んでたほうがいいんじゃねえか?」 


「へ、平気よっ これはそのっ 違うやつだから!」


 ――真っ赤になってたのは湯あたりのせいばかりじゃなかったってことか。


「じゃあ行くか。冷えてもいけねえしな」


 うつむく玲萌(レモ)の手をやさしく握ると、俺は湯船のふちを脱衣所のほうへ歩きだした。男女の脱衣所に向かって分かれる竹垣のついたての前で立ち止まり、


「じゃ、あとでな」


 と声をかけるが、玲萌(レモ)は俺の手をつかんだまま離そうとしない。もう一方の手のひらを、ぴとっと俺の背中につけて、


樹葵(ジュキ)って華奢な男の子だと思ってたけど、けっこう背中おっきいね」


 とささやいた。


「大人になったら、ぜんぶ見せてね?」


 ん? なんの話だ? 首だけ振り返ると、俺の腰のあたりに視線を落としている。目を伏せている彼女は長いまつ毛がより際立(きわだ)って、どことなく(うれ)いを帯びた表情に色香さえ感じる。


「そのときはあたしも―― な、なんでもないわっ、あとでね!」


 なにか言いかけたまま、玲萌(レモ)は身をひるがえして竹垣の向こうに姿を消した。


 誰もいなくなった露天風呂に落ちる湯音だけが、午後の日差しに染み込んでいく。


「いつの間にかあいつらも上がってたのか」


 手ぬぐいをしぼっていると小屋の向こうから、


「それじゃあ出発しますよ、お嬢さんがた」


「お嬢さま、お友達にご挨拶されねぇでいいんですかい?」


 という車夫たちの声が聞こえる。


玲萌(レモ)せんぱーい、また明日ねーっ」


 夕露(ユーロ)の元気な声に、俺は竹垣のついたてに仕切られた細い空間を歩きながら首をかしげる。確か明日は白草(シラクサ)の街の守り神さまに祈願する日とかで休講だったんじゃ……


玲萌(レモ)しゃん、かわいい樹葵(ジュキ)ちゃんによろしくにゃっ! 奈楠(ナナン)さん、いつでも樹葵(ジュキ)ちゃんのお姉さんになる準備はできてるからニャ~っ」


「はいはい」


 板壁をへだてたすぐそこから、めんどくさそうな玲萌(レモ)の声がする。姉は足りてるんだよなあ。俺には目力の鋭い口うるさい姉がいるのだ。かわいた手ぬぐいで体を()いていると、


玲萌(レモ)さん、わたくしからも(たちばな)さまによろしくお伝えください」


 と、惠簾(エレン)のかしこまった声が聞こえる。「今日はつい暴走してしまって申し訳なかったと。あの(かた)の特別なお姿を()の当たりにしたら、興奮を抑えられなくて――」


 ガラガラガラ。


「真剣に話してるのに途中で出発しないでくださいましーっ」


 無情な……


「では玲萌(レモ)さん、明日の台本読み合わせでーっ」


 惠簾(エレン)の澄んだ声を残して人力車は去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ