表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/84

第56話、神剣の攻撃は心に効く

 地面に着地すると同時に、はらりと落ちた手ぬぐいをつかみ、


「とったぞ!」


 と、かかげる。


「って…… 目がくらんで誰も見えてねぇし。あっ!?」


 凪留(ナギル)に視線を戻して、俺は思わず声をあげた。本人も異変に気付いたようで、


「なんか背中がスースーするのだが……」


 とか言いながら目をこすっている。それもそのはず。小袖もその下の肌襦袢はだじゅばんも、すっぱりと縦に斬れている――のはまだしも、ふんどしまで切り裂かれているのはさすがにきつい。見たくもねえケツから目をそらしたとき、


「きゃーっ、嫌ですわ! 生徒会長ったら!」


 惠簾(エレン)の悲鳴が響いた。


「えっ、うわー!」


 凪留(ナギル)はあわてて前を隠した。


 くもぎりさん、「善人」に対する殺傷能力は皆無でも、心をえぐる攻撃が得意なようだ。


『ちがうのじゃ! わらわはぬしさまの望み通り『布地だけ』斬ったのじゃ!』


樹葵(ジュキ)、おめでとう!」


 玲萌(レモ)が祝福の笑みを浮かべ、かけよってくる。着物をおさえて逃げ出す凪留(ナギル)の後ろ姿を意にも介さず、


「あたしたちのかき氷屋台のために勝ってくれてありがとう!」


凪留(ナギル)のやつ、かわいそうだったかな? いつも冷静なやつが取り乱してると哀愁そそるよな」


「はぁ!? あいつ自分で手ぬぐい頭にかぶろうって言ったくせに首に結んじゃって、そんなズルしたから着物まで切れたんでしょ? 自業自得よ!」


「そうか」


 と、うなずきながら自分の頭に結ばれた手ぬぐいを取ろうとするが――


「あ、それ封印解かないと外れないんですわよ」


 と、惠簾(エレン)が手を伸ばす。こっちもじゅうぶんズルしてるんだよなあ。


(たちばな)さま、頭の上でちょうちょ結びした朱色の手ぬぐい、かわいらしくてよくお似合いですが、本当に取っちゃってよろしいんでしょうか?」


「取ってくれ」


 有無うむを言わさず答える俺。


「はぁ残念」


「へんな恰好で外歩くのやなんだよ」


「でも樹葵(ジュキ)くんもとからへんなかっこだから誰も気にしないよ?」


 小憎らしい口をはさんだのはもちろん夕露(ユーロ)


夕露(ユーロ)が授業中寝ててもだれも気にしねぇよーなもんか」


 よっしゃ、言い返してやったぜ!


「わたしは睡眠学習魔術の実験してるんだよーっ 一度も成功してないけど!」


夕露(ユーロ)が魔術の研究とか……」


「するよーっ 樹葵(ジュキ)くんが使った温泉の術も教えてほしいもん!」


「温泉の術……?」


「さっき凪留(ナギル)せんぱいにお湯かけてたじゃん」


 召喚獣のほうにひっかけてたんだけどな。


「うらやましーなーと思って見てたの! 露天風呂行きたくなっちゃった!」


 つねにずれた感想をいだくという点ではぶれない夕露(ユーロ)。そこに玲萌(レモ)が、


夕露(ユーロ)の家、『なないろ』とかいう露天風呂所有してるじゃない。いつでも入りにいけるんでしょ」


「あああああ!」


 突然、夕露(ユーロ)が奇声を発した。


「なんだよ……」


「そんなうっとうしそうな目で見ないでよ樹葵(ジュキ)くん! きのうの夜、久しぶりに親戚のおねえさんがうちに来て、樹葵(ジュキ)くんを露天風呂に招待するように言われたんだった! すっかり忘れてた!」


「親戚のおねえさん?」


「うん! ちょっと会わないうちに、おねえさんよりおばさんに近付いてた!」


 元気にひどいことを言う。


「はあぁぁああっ!」


 こんどは惠簾(エレン)が急に気を吐いた。「いまっ! 神託が下りましたわっ! 本日八つ鐘が鳴るころ、夕露(ユーロ)さんのおうち――沙屋いさごやさんの裏口に行くようにと!」


 夕露(ユーロ)の家は代々続く大きな廻船かいせん問屋で、屋号を沙屋いさごやという。


「え、うん、まあ」


 惠簾(エレン)の謎な迫力に、夕露(ユーロ)がめずらしくたじろいでいる。「わたし今日、午後の授業ないからそれくらいの時間に来てもらって人力車で向かおうと思ってたけど……」


「承知いたしましたわっ!」


 これ惠簾(エレン)、ただついて行きたいだけなんじゃ……


玲萌(レモ)は? 午後あいてるのか?」


 俺はちょっと気になって振り返る。


「うん」


「それじゃあ――」


 夕露(ユーロ)に、


「あんたさえ良けりゃあみんなで行かね?」


 と尋ねると、


「もちろんだよ! 玲萌(レモ)せんぱいはいつでもわたしにくっついてるんだから、当然いっしょに行くに決まってるでしょ?」


「えぇっ!?」


 玲萌(レモ)が驚いて抗議の声をあげた。まあどう見ても、追いかけまわしてるのは夕露(ユーロ)のほうだからな。


「ふ~ん、まあいいわ」


 玲萌(レモ)はどことなく他人行儀にうなずくと、


「なないろ湯の場所、前に招待してもらったとき覚えたから、あたし樹葵(ジュキ)と二人で神剣使って空から行く」


 と冷たく言い放った。


「そんなぁ。玲萌(レモ)せんぱいも人力車の振動好きでしょぉ? お尻が気持ちいいじゃん」


「なわけないでしょ! あたし夕露(ユーロ)みたいにお肉たっぷりついてないから痛いわよっ」


玲萌(レモ)せんぱいにフラれちゃったぁぁぁ」


 泣きまねしてしがみつく夕露(ユーロ)にも動じず、


「それになないろ湯って海岸のほうじゃない? 魔道学院からなら直接行った方が近いもん。沙屋いさごやさん経由するとこうやって大回りになっちゃう」


 と、空中に指で「く」の字を描く。


「まあまあ夕露(ユーロ)さん」


 惠簾(エレン)がやさしく袖を引き、


「ここはひとつ気をきかせて、玲萌(レモ)さんたちを二人きりにしてあげましょ、ねっ」


 こそっと耳打ちした。玲萌(レモ)は聞こえていないようだ。俺の腕を引き寄せて、


樹葵(ジュキ)、あたしにも露天風呂行くかって声かけてくれてありがとね」


 さくらんぼのような唇が耳もとに近付く。俺は目をそらして、


「ああ」


 とだけ言った。ぼっちは敏感なんだよな~、こいつ寂しいんじゃねーかとか気になっちまう。いや、俺は元ぼっちなのか。玲萌(レモ)のおかげで、いまはワイワイ楽しくやってるもんな。


 そんなわけで俺たちは露天風呂に――って、ちょっと待て。


「なあ、その『なないろ湯』ってまさか混浴じゃないよな?」


「…………一応わかれてるわよ」


「いまのはなんだよ……」


 玲萌(レモ)はぱたぱたと手を振った。


「ほらまあ自然のものだからね、街中にあるお湯屋さんみたいなわけにはいかないわよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ