第54話、生徒会会議は踊る
「えぇ~、それよりあたしたち生徒会でやる演劇の配役決めようよ」
玲萌が不満げに主張する。
「いいえ、生徒会の仕事を優先すべきです。僕らが集まっているのはほかの学生たちの役に立つためですから」
と、クソまじめな凪留が冷静な口調で切り返した。
「あら、あたしは自分の学生生活を楽しくするために生徒会に立候補したのよ」
へーぜんと言い放つ。ま、そうだろうな、玲萌は。
「きみの判断基準は楽しいかどうかしかないのかね?」
メガネごしに冷ややかな視線を向ける凪留に、
「悪い? 楽しい毎日を積み重ねていくことが楽しい人生になるのよ?」
「ふん、くだらない」
「なんですって!?」
玲萌が身を乗り出したところで、
「まあまあ玲萌。凪留も、な」
俺は二人のあいだに手を伸ばした。「申請の受理なんてさほど時間かからないだろ? 先にさっさと終わらせちまって、そのあと落ち着いて配役決めようぜ」
「ま、そうね」
「僕も賛成です」
「さすが橘さまですわ」
みんな口々に同意してくれた。笹団子を食い終わって爆睡している夕露をのぞいて。
「それではまずわたくしたち回復魔術専攻の企画から審議していただきましょう」
と惠簾が企画書を手に取る。「有料臨死体験、お一人さま一回銀貨五枚」
「おい待て。なんだその物騒な企画は」
そっこー止めに入る俺。企画申請受理など形式だけで、すべて許可して終わるのかと思いきや、しょっぱなからクセの強いネタ持ち込みやがって。
「お客さまにはいったん亡くなっていただき、その後わたくしたちが回復魔術でよみがえらせて差し上げます。そのあいだに臨死体験できるという、たぐいまれな企画ですわ」
「たぐいまれっつーか…… いったん亡くなっていただく学園祭って怖すぎるからな!?」
ついつい大きな声を出す俺。一方、玲萌は首をかしげながら、
「回復魔術では普通命を失った者は呼び戻せないって習ったけど――?」
「教科書通りならそうですわ。でもすぐなら結構いけますわよ!」
結構なのかよ!?
生徒会長は頭をかかえて、
「惠簾くんには申し訳ないのだが――」
なにも申し訳なくない。こいつ、惠簾にだけ甘いのだ。
「この企画は却下せざるを得ない……」
苦しげに言葉を吐き出した。とーぜんの結果である。
「まあ残念」
と、さほど残念そうでもない口調で惠簾は続けた。「お一人さま銀貨五枚なら、それなりに稼げそうでしたのに。ほかの企画で出直しますわ」
「安心して、惠簾ちゃん。あたしたち創作魔術専攻で原価ほとんど零の企画考えてるから!」
笑顔で張りきる玲萌に、俺は疑いのまなざしを向ける。「まだあぶねーヤツじゃないだろうな?」
「まさか。かき氷の屋台よ。でも普通のかき氷じゃないの。『いま都で若い女性に大人気! 健康かき氷! 聞いて驚けなんと零熱量!』」
「なにが健康なんだよ」
「上に蜜液がかかってないのよ」
「なにかけて食うんだ?」
「食感の違う氷。だから完全に零熱量!」
そりゃただの水だからな!?
「ほら、あたしたち誰でも氷魔術くらい使えるじゃない?」
「わたし使えないよ?」
いつの間にか目を覚ました夕露が口をはさむが、玲萌は無視して続ける。「それで蜜液かけなければ原価率ほぼ零ってわけ。ま、祭の屋台なんてたった一日限りなんだから、一度来たお客さんが二度と来なくても困んないでしょ。一人一回買ってくれりゃあいいのよ」
思考回路が完全に悪徳商人のそれである。
「僕はそんなやり方には反対です。地域に貢献すべき魔道学院の催しとしてふさわしくない」
異議を唱えたのは頭の固い凪留だ。
「そんなこと言うなら多数決とりましょ。あたしに賛成のひとーっ」
玲萌がいきなり決議を取る。「あっ。ちなみに、売上の半分は高山神社の修繕費に使ってもらうってことで、創作魔術専攻の子たちには了承とってるから」
「それならわたくしはもちろん賛成で」
「夕露は? かき氷食べ放題にしてあげるわよ」
「やったー! じゃあわたしも賛成」
夏でもないのにかき氷(しかも氷だけ)食べ放題ってうれしいか?
「樹葵は?」
「ま、回復魔術専攻みてぇに危険な企画ってわけじゃねーし、俺も賛成で」
「というわけで凪留、四対一で可決ね」
「待ってください。会長権限で顧問の瀬良師匠に相談したい」
「えぇまたぁ!?」
と不服そうな玲萌。「師匠は魔術科教授の中でいちばん若いから生徒会顧問押し付けられただけでやる気ないじゃない。だから結局めんどうな決議は避けてあたしたちにまた何か競争させるのがオチよ」
俺もうなずいて、
「瀬良さんはさ、達観してるって言やあ聞こえはいいが、ちぃとばかし事なかれ主義なとこあるからな。学生同士の論争に決定を下すとは思えねえな、俺も」
「じゃあ」
と、夕露が凪留の前に立て肘をついた。「凪留せんぱい! わたしと腕相撲で勝負しよう! わたしが勝ったら玲萌せんぱいの氷風呂だっけ? 許可してね!」
かき氷の屋台だよ…… もはや忘れている夕露の言葉を訂正する代わりに凪留は、
「怪力のきみと勝負するのは僕に不利すぎます」
と、しりぞけた。
「生徒会長の得意分野は――」
と惠簾が口もとに人差し指をあてながら、
「空飛ぶ怪鳥を召喚することでしたね。それでしたら、神剣の力で空を舞える橘さまと魔術試合をされては? ねえ玲萌さん、橘さまの勇姿、また見たいですわよね?」
「見たい見たい!」
玲萌もはしゃぐ。「どう凪留? もし樹葵に勝ったら、惠簾ちゃんがタチバナサマに向けてる好意の一割ぐらい凪留に振り分けてくれるかもよ?」
なかなか残酷な釣り方をする。玲萌も、凪留が一見しとやかな惠簾を気に入ってること、気付いてたんだな。
「そうですね…… 僕の勇姿を惠簾くんに見てもらえるならこの勝負、受けてもよいかもしれません」
くいっとメガネをあげて目を光らせる。
「ちょいと待ちねえ」
と水を差したのは俺。「さっき授業で試合したばっかだってぇのにまた戦えってか? 俺ぁ繊細な色男だから、野蛮なこたぁ嫌いなんでぃ」
めんどくせーことからはできるだけ逃げたいものだ。
「ごめんね……樹葵――」
めずらしく玲萌がしおらしい態度で目を伏せる。俺の手をにぎると鋭い鉤爪に指先をからめ、
「こんな白くてきれいな手をしたきみに、戦闘なんて似合わないよね……」
とささやいた。やっぱり? と思っていると彼女は首をかたむけ、俺の手の甲に並んだ純白のうろこに頬を寄せた。
「いくら魔道学院一強くても――ううん、この国で一番強くたって、多感で傷付きやすいひとだもんね」
俺の真っ白い水かきの生えた指間に、それぞれの指を差し入れてくる。ぎゅっとされたとき、これって恋人つなぎって言うんだっけ!? とうっかりドキドキしてきた。
「そんな樹葵に頼むなんてあたしも心苦しいわ。でもお願い、あたしのために戦って!」
うるんだ瞳で見上げられて、俺は反射的にうなずいていた。
「そう頼られちゃあ仕方ねぇな。この俺にまかしとけ!」




