表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/84

第49話、いま明らかになる神剣のさらなる力

 社務所で出してもらった熱い茶を飲んでいると、奥かられた襦袢を替えて、白衣びゃくえ緋袴ひばかまを着付けた惠簾(エレン)が戻ってきた。水しぶきに当たった玲萌(レモ)を魔力熱であたためてやりながら、俺は神剣・雲斬くもぎりの精と会ったことを三人に話した。


「――ってぇわけで俺の魔力量でもこの神剣なら使えるみてぇなんだ、普通の魔術剣士のようにな」


 いまは革製の鞘におさめて、腰帯から下げたつるぎを示す。「魔力じゃなくて精霊の力だってぇ話なんだけどな」


「それでは明日の剣術の時間には、こんどこそ(たちばな)さまがかっこよく剣をふるうお姿を拝めるのですね!」


 惠簾(エレン)が胸の前で手を組んで、きらきらとした瞳で俺をみつめる。そんな期待されても重いんだが…… うつむいてなにげなく神剣のつかにれると――


『大丈夫じゃよ。わらわと修行したときのことを思い出せばよいのじゃ。おなごどもは皆、ぬしさまにほれぼれするじゃろうて』


 頭の中にくもぎりちゃん――いや、くもぎりさんの声が聞こえてきた。こうやって勇気づけてくれるのか。ありがたい!


樹葵(ジュキ)、あたしはもう乾いたからだいじょうぶよ。きみのほうが頭から滝の水かぶってたけど、体冷えてない?」


 ほっそりとした指先が、俺の二の腕をやさしくなでた。


「俺は泉からここまで歩いてるあいだ、全身に魔力の熱をまとって乾かしたから平気だよ」


 玲萌(レモ)の小袖のすそを乾かしていた魔力熱を消して答えた俺の髪を、


「まだれてるんじゃない?」


 と玲萌(レモ)が過保護な姉のようになでたとき、遠くから時を告げる鐘の音が聞こえてきた。


「ああああああっ!」


 いきなり叫び声をあげたのは、それまで居眠りしていた夕露(ユーロ)だ。「忘れてた! わたし午後、院長の必修科目『魔術史』があったんだ!」


夕露(ユーロ)ならちょっと出席日数が足りないくらい、家のコネでどうにかできそうだけど?」


 しれっとずる賢い提案をする玲萌(レモ)


「そ、それが…… わたしドジだから去年の暦見てたり、雨の日は休講だと思って行かなかったり、曇りの日に暗いから夜だと思って帰っちゃったり、いろいろ不運が重なって一度も出席してないからコネでも厳しいって言われちゃって……」


 不運が重なったのではなくバカを重ねたのである。さすがの玲萌(レモ)も沈黙している。


「魔道学院なんて走ればすぐですわよ」


 すました調子で言う惠簾(エレン)に、


「いや、四半刻しはんどきはかかるだろ」


 と俺。まず山を降りねばならない。惠簾(エレン)はすくっと立ち上がると、からりと障子戸をあけた。


「ほら、真正面に見えているじゃありませんか。わたくしなど捨て鐘が聞こえてから音速で飛び出して、教師が点呼てんこを取っているのに間に合いますわよ」


 捨て鐘とは時を伝える鐘の前に打つ合図の音である。普通は校門で捨て鐘を聞いて、やっべーとか言いながら教室まで走るのだ。


惠簾(エレン)ちゃん―― 樹葵(ジュキ)くんとは別方向に妖怪だったんだね……」


「うふふ、夕露(ユーロ)さんったら。大福のようにぽちゃぽちゃかわいらしいから、走るのは大変かもしれませんわね」


 夕露(ユーロ)、しっかり言い返されてるぞ。


樹葵(ジュキ)、なんかつるぎ光ってない?」


「えっ?」


 腰にのつるぎに目をやると、鞘から光がもれている。


『わらわを使うのじゃ。ぬしさまの清らかな力をわらわに流し込んでくだされ』


「まさかさっきみたいに空を飛べるってぇのか?」


 俺は思わず、頭の中に響くくもぎりさんの声への返答を口に出す。


樹葵(ジュキ)夕露(ユーロ)をおんぶして学院まで飛んで行くの?」


 玲萌(レモ)の言葉に、


『ほそっこいぬしさまにそのようなことはさせられぬのじゃ』


「俺べつに、ほそっこくねーし」


「は?」


 玲萌(レモ)ほうけた反応を見ると、くもぎりさんの声はやはり俺だけに聞こえているようだ。


『急いでおるのじゃろ? はよ、わらわを鞘から抜きなされ』


 俺は手早く紐をとくと、黄金こがね色のつるぎを手にまぶたを閉じた。呼吸を深めて気を流すと、目をつむっているはずの視界にくもぎりさんの姿が浮かび上がった。水色の髪も衣も、空をただようようにそよいでいる。


『心の目で見るのじゃ。ぬしさまの背中に真っ白い翼があるのが分かるじゃろ? いまのぬしさまにれている者はだれでも、天女のように空を舞うのじゃよ』


 くもぎりさんが伸ばした小さな手をとると、俺の体もふわりと宙に浮いた。


樹葵(ジュキ)くんが浮かんでるー!」


 夕露(ユーロ)の声で我に返って目を開けると、あぐらをかいたまま体がたたみから離れている。虹色に輝く刀身から光の膜が放たれ、うっすらと俺の全身を包んでいた。


夕露(ユーロ)、俺の手にれてみてくれ」


「こう?」


 つるぎをにぎった俺の手に夕露(ユーロ)がふっくらとした手を重ねると、光のまくは彼女をも包み込んだ。


「わぁ、浮かんだよぉ!」


 これは便利だ。土蜘蛛みたいにでかい敵と戦うときにも使えそう。


「あたしも寮に帰るからご一緒していい?」


「もちろん!」


 笑顔でうなずくと、玲萌(レモ)が俺の左腕をぎゅっと抱きしめた。そこまでくっつかなくても飛べるはずなんだが、うれしいからだまっておこう。


「行ってらっしゃいませ、みなさま」


 惠簾(エレン)に見送られて、俺たちは澄みきった青空へ飛び出した。


「わぁ高い怖い高いっ!」


 あわくった夕露(ユーロ)が俺の腕にしがみつく。足元をかすめる木々に身をすくめる夕露(ユーロ)に、


「あんたは風の術で空飛んだりしねぇもんな」


「『しねぇ』じゃなくて『できねぇ』よね、夕露(ユーロ)


 てきぱきと事実を指摘する玲萌(レモ)。俺がわざわざやんわりと言ってやったのに。


「だってぇ……呪文覚えても、お手洗い行っておっきい方すると忘れちゃうんだもん」


「脳みそも一緒に出してるんじゃないの?」


 とんでもねぇツッコミを入れる玲萌(レモ)。頼むから俺の両脇でへんな会話しないでくれ……


玲萌(レモ)せんぱいがいじめるのぉ、助けておにいちゃん」


 ふざけて甘えた声を出す夕露(ユーロ)。ふと俺を見上げて、


「ふああっ」


 と間の抜けた声を出した。「樹葵(ジュキ)くんの背中にうっすら白い羽が見えるのーっ」


 飛び立つ前は気付いていなかったようだが、彼女たちも金色の光に覆われることでくもぎりさんの意識に同調するのだろうか。


「えぇ?」


 玲萌(レモ)も振り返って、


「わぁ、あたしたち幻を見てるのかしら」


 と目をこすった。「これっていま、樹葵(ジュキ)は魔術使ってる感覚あるの?」


「ないな、まったく。歩くくらい自然だよ。つるぎに力を流すときだけ集中したけどな」


「それはいいわね! 空中に浮かびながら結界張ったり、ほかの術を発動させたり自由自在じゃない!」


 玲萌(レモ)の言う通りだ。神剣は単なる武器ではなく、素晴らしい魔道具とも呼べるものだった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価で応援していただけると、大変励みになります。


評価はページ下の☆☆☆☆☆からできます。もちろん正直なご感想で構いません!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ