第41話、神剣を手に入れた!
惠簾が指先につまんでいたのは、古い紙片だった。
「『雲斬、土蜘蛛ヲ斬リシ剣』と――」
惠簾がその文字を俺に見せようと振り返る寸前、俺にやたらと密着していた玲萌がスッと姿勢を戻した。下を向いてひそかににやけてるのはなんなんだ。くっつかれてうれしいのは俺のほうだよ。
「間違いねえな」
目当てのものがみつかったので、白龍由来の目を閉じる。こいつが開いていると色んな気を受け取っちまっていけねえ。いくら神聖な場所とはいえ、精神の器が人間のままである俺には刺激が強すぎる。
「玲萌、ありがとな。もう平気だから」
礼を言ってずっと玲萌の肩に乗せてもらってた左腕をどけると、
「ほんと?」
と、どこか寂しそうな上目づかいで俺をみつめる玲萌。「もう立ちくらみしない? むりしないでね」
そう言っていたわるように、俺の胸を指先でなでた。今は閉じている第三の瞳の周囲には放射状に傷あとが広がっている。いつもの玲萌とは違う、いつくしむようなあたたかいまなざしに、俺はドキッとする。
「橘さま、この鞘ぬけませんわ」
惠簾の声で我に返った俺は、長半纏に腕を通しながら、
「見せてくんねぇ」
と手を伸ばした。受け取ったつるぎは、鍔の部分に翼のような装飾がほどこされ、革の鞘におさまっていた。鞘は古くなって表面がひび割れている。惠簾が革紐を解いたものの鞘自体が刀身に張り付いているようで、びくともしない。柄をにぎったとき、
『――そなた、が…… わらわの―― あるじ……?』
と尋ねるかのような意識の声が、頭の中に流れ込んできた。
「いまの、聞こえたか!?」
驚いてふたりに尋ねるが、
「いまのってなに?」
「まさか橘さま、つるぎと意思疎通されたのですか?」
玲萌も惠簾も驚いている。龍王の目、閉じたよな? 思わず自分の胸を確認する俺。
『鞘を―― ぬいてたもれ……』
また、聞こえた。俺は革製の鞘に手をかけ―― それはするりとぬけた。
「あれ、普通に取れたんだけど」
「所有者として神剣から認められたのでしょう」
と惠簾が目を細める。俺は首をかしげ、
「巫女さんの惠簾が認められなかったのに?」
「わたくしの神通力は守ったり清めたり治したりする力なのです。力ある巫女といっても発揮できる神通力は人それぞれ異なりますから。橘さまは水龍王の魔力を受け継いでいらっしゃるから気に入られたんでしょうね」
気に入るとかそんなものなのか?
「樹葵、三味線の付喪神さんにも気に入られてたもんね」
「あいつは話しかけてはこなかったけどな」
ベンベン勝手に鳴ってたけど。
「それにしても」
と、玲萌が俺の手にした青銅のつるぎをまじまじと見る。「すごい緑青だらけだけど、これで斬れるのかしら」
『禊を、させて、いただきとう……』
また消え入りそうな声がかすかに届いた。
「みそぎ? がどうこう言ってるんだが――」
よくわからず聞こえたまま伝えると、正座していた惠簾がひざをぽんとたたいた。
「すぐに『祓の儀』をおこないましょう」
刀箪笥をしめて立ち上がると、
「奥の院の裏にある神聖な湧き水で清めさせていただきます」
てきぱきと動き出した。そのあとを追って俺たちも箱階段を降りる。
「そりゃあ八百五十年も眠ってたら、お風呂入りたいわよね」
妙な発想をする玲萌に、
「そうだな、雲斬さん女の子みたいだしな」
うっかりもらす俺。
「は?」
「いや、なんか聞こえる声が女性か子供みたいな――」
「性別が分かるくらいちゃんと声が聞こえるの!?」
「聞こえるっつっても意識が伝わるだけだから、そういう感じがするってだけだぜ?」
「ふぅぅぅん」
意味ありげな玲萌の声にどことなく険がある。玲萌って機嫌がよくなったり悪くなったりするんだけど、理由が分かんねえんだよな……
「あら、こんなところに夕露さんが。そういえば連れて来たのでしたわね」
惠簾…… いっしょに来たことさえ忘れてたのか。
宝物殿の入り口わき、箪笥に寄っかかって寝ている夕露の前に膝をつき、俺はその小さな手をゆする。「夕露、そろそろ移動するから起きてくんな」
「ねみゅー……」
とつぶやきながら俺に体重をあずけてくる夕露。それを抱きかかえて、
「起きろほら」
立たせようと奮闘していたら、
「あら、橘さまの妹さんみたいですわね」
惠簾がいかにもほほえましいと言わんばかりの表情で眺めている。
「おにーちゃぁん、だっこ」
甘えた声を出しやがる夕露。
「おいこら目ぇさめてるだろ」
「樹葵またさっきみたいに、おんぶしてあげたら?」
玲萌が気軽に提案してくる。けっこう重いんだよ、こいつ。
「奥の院の湧き水って近いのか?」
惠簾に訊いてみると、
「四半刻もあれば着きますわ」
遠いじゃん!
「高山神社って意外と広かったのね~ 毎年家族で初詣に来てるけど、全然知らなかったわ」
驚いている玲萌に、
「一山ぜんぶがうちの神社ですからね。広いばかりで手入れが行き届かなくて」
惠簾が現実的な悩みをはいてため息をついた。
結局、俺と玲萌で両側から夕露の手を引いて奥の院まで歩くことに――。
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