第39話、うっかり胸の大きな女子をおんぶした件
きのうと同じように街の中央市場で昼飯をすませたあと、俺たちは惠簾に案内されて高山神社へ向かった。
「惠簾、まだ着かねえのか？」
苔むした石階をのぼりながら、少し上をさっそうと行く背中に声をかける。秋の木漏れ日にまぶしい白衣と緋袴は、赤・黄・橙と燃えるように色づいた木々に囲まれながらも、さらに目を引く。
「もうすぐですよ。第三の鳥居が見えますでしょ」
振り返ってほほ笑む惠簾。
「あの鳥居、もうすぐって距離じゃねぇだろ…… あんた毎日こんな階段上り下りして魔道学院通ってたのか」
はるか上、重なる枝の向こうにのぞく鳥居を見上げて、俺はため息をついた。
「樹葵ちょっと待って。夕露が限界だから」
少し下から玲萌が俺を呼び止める。
「夕露、毎日人力車で送り迎えされてるお嬢様だもんな。体力ねーよな」
足を止めて振り返ると街の向こう、白波が秋の日差しに輝いている。
「玲萌、海が見えるぜ」
俺の言葉に玲萌も足を止めて振り返った。
「わぁ、真っ青！ 空も海もきれいね～っ あ、そうだ」
なにを思ったか印を結んで呪文を唱えだす。「翠薫颯旋嵐、汝が大いなる才にて、低き力の柵凌ぎ、我運び給え！」
玲萌の体がその場でふわりと浮かび上がる。
「おい、ずるいぞ！」
「おっさきー！ あ、夕露をよろしくねっ」
片瞬ひとつ、風の術で飛んでゆく。
「橘さまもお先に行って下さってかまいませんよーっ」
と、上から惠簾が大きな声で俺に話しかける。「わたくしは夕露さんとあとからゆっくり行きますからーっ」
「しかたねぇな」
俺は小さくつぶやくと、途中で立ち止まっている夕露のすぐ上の段まで下りて片膝をついた。
「ほら、おんぶしてやるから」
「わーい、樹葵くんったらやさしい！ 肩からツノ生えててじゃまっくさいけど」
「俺はいつでもやさしいんだよ。いやなら乗んなくていいんだぜ？」
「いやだいやだ。おんぶして？」
夕露は俺の返事をまたずにおぶさった。なんつーか…… 女の子の汗のにおいがする。野郎とはぜってぇ違うやつ。
「しゅっぱーちゅ、しんこーっ」
舌足らずな夕露が盛大にかみながら、かけ声を上げる。その両足を外套の上から支えながら、
「耳元で高い声出すな。それからツノをつかむな」
一通り文句を言っておく。
俺は空を飛ぶのにいちいち呪文で風の精霊に呼びかける必要はないが、ある程度は精神を統一するのだ。目をふせて深呼吸。吐く息と共に全身の力を抜くと、両足が地面から離れる。
「わぁすごーい、浮かんでる！」
耳元で甲高い声だすなよ、もう。子供っぽくて背も低いくせに発育のいい胸の圧迫感を背中に感じながら、俺は無心で宙を飛ぶ。子供、相手は子供。と自分に言い聞かせながら。
「惠簾、さきに行くよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
依然しゃんと背筋を伸ばして歩く惠簾が、上品にほほ笑んで手を振ってくれる。
「惠簾ちゃん、ばーいばーい」
「ちゃんとつかまってろって夕露」
「樹葵くんこそちゃんと下から手で支えてよぉ」
適当に腕だけうしろにまわしてた俺に注文をつける夕露。だってそしたらあんたの太ももを――布ごしとはいえさわることになるじゃねーか！ 無自覚なのか、実はまたからかわれてるのか、相手がこいつだとよく分かんねえ！
煩悩と戦いながら三の鳥居をくぐると涼しい顔して玲萌が立っていた。
「夕露ったらおんぶなんかしてもらって赤ちゃんみたーい」
「玲萌せんぱいが置いてくからじゃん！ わたしもう十四歳だし赤ちゃんじゃないですぅ」
十四歳!? そりゃ発育もするわ。十二歳くらいかと……
「樹葵、顔赤いけどだいじょぶ？ やっぱ夕露、重かった？」
「玲萌せんぱいったらひどーい。自分が控えめだからって。どこがとは言わないけど」
「ぽちゃぽちゃのくせに生意気なのよーっ」
夕露に技をかける玲萌を眺めながら、俺は小さなため息をついた。
ずいぶん筋肉質な惠簾の兄貴が宝物殿の鍵をあけてくれた。
「終わったらまた以心伝心で呼んでくれよ。閉めに来るから」
「ありがとう、兄さま」
神職の装束がまったく似合わない筋骨隆々とした後ろ姿が庭へと遠ざかって行くのを見送って、
「以心伝心って？」
と惠簾に訊いてみる。
「榊家の人間同士はむかしから、強く祈ることで離れた場所にいても情報をやりとりできるんです」
「それで話が通ってたのか」
俺たちが手水舎で手と口を清めていると、近付いてきた惠簾の兄貴はすでに宝物殿の鍵を手にしていたのだ。
「それにしても惠簾のお兄さん、ガタイいいわね～。腕立て伏せしながら祝詞あげてるの？」
変な質問をする玲萌。でも俺もちょっと気になってた。
「なにをおっしゃいますやら、玲萌さんは。兄は大工と左官職人と庭師と植木屋に弟子入りして修行しておりますの」
「――なんで？ まさかおやしろの修繕費がないから自分たちで建て替えようと思ってるとか？ そのうえ、この広大な庭の手入れもお兄さんがやってるの!?」
「ご名答ですわ！ この宝物殿にある宝物を売りさばいたら解決するのでしょうが、先祖代々伝えられたものをわたくしたちの代で手放すわけにもいかないのです」
惠簾はため息まじりに、蔵の入り口からうす暗い内部を見上げた。
「じゃ、先祖代々伝えてくれた神剣を探して役立てないとな！」
俺は惠簾を元気づけるように笑顔を向ける。右手のひらに魔力光を出現させ、古い箪笥や木箱が積み上げられた土蔵へと足を踏み入れた。
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