表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/84

第38話、本当は、いまの君が最高なんだ

 教授棟から出て学院敷地を門に向かって歩いていると、行き交う学生の波のなかから夕露(ユーロ)が歩いてくるのが見えた。


玲萌(レモ)せんぱい、樹葵(ジュキ)くん、惠簾(エレン)ちゃん!」


 こちらに向かってぶんぶんと手を振る夕露(ユーロ)。なんでいちばん年上の俺がせんぱい呼びされねーんだよ。旅の途中で出会ったからという理由が分かっていてもおもしろくない。夕露(ユーロ)玲萌(レモ)にだけ静電気をおこすほこりみたいなもんだから、玲萌(レモ)の旅にくっついてきていたのだ。


 ぱたぱたとこちらに走ってくるなり、俺の顔を見上げて笑い出す。


樹葵(ジュキ)くん、その髪型かわいいねー」


「なんで言っちゃうのよあんたは!」


 玲萌(レモ)の言葉を聞いてようやく俺は理解した。奈楠(ナナン)さんに赤い紐で二つ結びされたまんまだった! からだじゅうが燃えるように熱くなる。瀬良師匠にも、多数の学生たちにも見られてたじゃねーか! 手早く紐をひっぱってほどくと、


「もったいない…… よく似合っていましたのに――」


 と、惠簾(エレン)が心底残念そうな顔をして俺をみつめる。無視して俺は、


「変なくせ、ついてねーか?」


 両手で髪を整えながら惠簾(エレン)に尋ねる。不幸にも答えたのは夕露(ユーロ)だった。


樹葵(ジュキ)くんの髪の毛ってもともとぐしゃぐしゃしてるから、変わんないよ」


「しっつれーなやつだな! あんたよりかましだよ」


 腹立ちまぎれに言い返しちまう俺。夕露(ユーロ)のくりんくりんな髪質に比べたら、俺のくせっ毛のほうが百倍ましなのは事実だと思う。


「わたしの髪の毛はすごいんだよ? とかしてもとかさなくても同じだから、毎朝くしを使う必要がないんだ!」


 予想外のところで自慢してくる夕露(ユーロ)。それからけろっとした顔で、


「それでみんなしてどこ行くの?」


 と尋ねた。惠簾(エレン)がていねいに説明しているうちに、俺は玲萌(レモ)に向きなおった。


玲萌(レモ)、なんで教えてくんなかったんだよ」


「だって樹葵(ジュキ)、むかしは長い髪をよくふたつに結んでたし」


 そうだったかも。俺は、魔道学院一回生だったころの玲萌(レモ)なんて記憶にないのに、玲萌(レモ)はよく覚えているもんだ。自分ばかりみつめていたあのころの俺は、自分に興味を持ってくれた後輩女子の姿も目に入らなかったのだろう。


「だから、そんなこと気にしないかと思って」


 と言いながら気まずそうに目をそらす玲萌(レモ)。俺はプンプンしながら、


「いやこの長さで横を結ぶのは絶対おかしいだろ。俺は自分の美的感覚にあわない恰好で生きるのは耐えられないんだよっ」


 いやでもちょっと待てよ。玲萌(レモ)、師匠の部屋に入ってきた惠簾(エレン)に「しーっ」と合図してだまらせてたよな? てこたぁ――


「気付いたら俺が恥ずかしがるって、あんた分かってたんじゃね?」


 いつも玲萌(レモ)のこと頼りにしてるのに裏切られた気分で指摘する。気丈きじょうに言い返してくるかと思いきや玲萌(レモ)は、 


「だって――」


 と、どこか寂しそうに遠くをみつめた。でも口元は少し笑っているようで、こんな切ない表情の玲萌(レモ)、見たことなかったから俺はドキッとした。


樹葵(ジュキ)が髪を結んだとき、ふとあのころの面影おもかげを思い出せるような気がしたの。やっぱり同じひとなんだなって」


 玲萌(レモ)は校門脇の大きな木の下で足を止めると、学院の塀にさえぎられて見えない鎮守の森の方角をみつめていた。


「あのころあたしは樹葵(ジュキ)の名前も知らなかったし、声を聞いたこともなかった。いまの樹葵(ジュキ)は、ぜんぜん違う外見になっちゃったけど――」


「なんで?」


 言葉にならない感情があふれて、俺はさえぎった。気持ちがたかぶって例のごとく自分の声が子供っぽい高音になってることに気付いていたが、俺はそのまま続けた。


玲萌(レモ)は過去の俺に会いたいの? 三年前の俺が好きだから、今朝もいっしょに登校したの?」


 悲しみか怒りかも分からない。確実なことは、俺はいまの自分が好きだってことだ。


「違う!」


 あわてて玲萌(レモ)が首を振った。「違うの、外見なんて関係ない。あたしはいつも樹葵(ジュキ)自身のことが――」


 玲萌(レモ)は泣き出しそうな声でさけぶと、そこで言葉につまった。涙にうるむ瞳で見上げる玲萌(レモ)が急にいとおしくなって、


「じゃあいいじゃん」


 俺はにっと笑いかけた。狂おしい表情で見上げる玲萌(レモ)の髪を、俺は爪の先で傷をつけないよう、そっとかきあげた。


「わぁやめて、あたしおでこ広いからっ」


 そんなこと気にする!? 玲萌(レモ)は隠すようにうつむいて、俺の胸にひたいをおしつけた。あやかしと化した俺の身体に彼女の熱が伝わる。手のひらで彼女の頭をやさしく包んで、上を向かせる。


 玲萌(レモ)の瞳が不安そうにゆれる。「樹葵(ジュキ)、きみのことがこんなに大切なのに、あたしまた傷付けちゃった?」


 長いまつ毛が涙にれている。


 自分のことしか考えてねぇような俺のことを、大切だと言ってくれた。俺はたまらなくなって玲萌(レモ)の前髪をかきあげると、そのきれいな形をしたひたいに唇を押し付けた。


「あっ……」


 玲萌(レモ)が小さく声をあげる。ほんとはこのさくらんぼみたいな唇を奪ってやりたい。だけど玲萌(レモ)を大切に思う気持ちが、押し寄せる熱情の炎をなんとか制止した。


樹葵(ジュキ)――」


 玲萌(レモ)がなにか言おうとして、俺の長半纏ながはんてんをぎゅっとにぎりしめたそのとき、


玲萌(レモ)せんぱーい、何かあったんですかぁ?」


 塀の向こうから聞こえる夕露(ユーロ)の声に、俺たちは我に返った。


惠簾(エレン)ちゃんがわたしもついて行っていいってー」


「行こっ」


 玲萌(レモ)がいつものように俺の手をひっぱって走りだした。

「もっと続きが読みたい」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ