第37話、神剣は宝物殿に?
魔道学院の教授棟にある瀬良師匠のせまっくるしい研究室には、ところせましと魔術書が積みあがっていた。座布団にきちっと正座した師匠は、書きかけの論文や手紙が散乱する文卓に『白草國魔獣討伐記』を置いて目を通すと、
「素晴らしい!」
と俺たちを絶賛した。「こんな短時間で、土蜘蛛の治癒能力を無効化する武器の情報をつかむとは、さすが私の弟子ですね!」
どことなく自分をほめてないか?
「奈楠さんってぇ司書さんが、この本をみつけてくれたんだ」
俺が照れ笑いしながら答えると、
「そっ! 樹葵が奈楠さんに気に入られたおかげで、頼みを聞いて文献に探索魔術をかけてくれたの」
ことばとはうらはらに、玲萌はつんけんしている。「聞いてよ師匠! 奈楠さんったら樹葵のこと、『樹葵ちゃん』なんて呼んでさ!」
「ぷっ、この目つきの悪いガキにちゃん付けとか」
「ちょっと師匠、心の声がだだ漏れよ。ぷぷっ」
二人して笑いをこらえやがって。いまでも家族からときどき樹葵ちゃん呼びされるから違和感なかったんだが、おかしいのか。
「それで師匠、あたしたちの学園祭企画、許可してくれるわね?」
師匠の文卓に両ひじを乗せて頬杖をついていた玲萌が、ずいっと身を乗り出した。
「私は構いませんが、準備なんて手伝いませんよ?」
『白草國魔獣討伐記』をぱらぱらとめくりながら、師匠は興味なさそうに答える。「学園祭来月なのに演劇なんて仕上がるんですか? 衣装とか小道具とか考えてます?」
「だいじょぶよ、あたしと生徒会長の凪留は単位取り終わってるし」
「じゃ、なんで通ってるんだよ?」
物好きな、とあきれつつ尋ねる俺に、
「学院側の過失で卒業試験がちゃんとできなかったから、卒業試験受けるまで追加の学費なしで在籍してていいって言われたのよ。なら授業に出た方がお得じゃないっ タダで学べるんだから!」
さすが学問大好きな玲萌。ぎりぎりの単位数で卒業試験を受ける権利を手に入れたい俺とは大違いだ。
「できるならよいのでは」
師匠はそっけなく言い放つと、すくっと立ち上がって窓ぎわにつるした竹細工の虫かごをのぞく。
「やってみせるわ! 台本はほとんど完成させたし。師匠も役者に使うかもしれないからよろしくね!」
かごの中の鈴虫をめでていた師匠は慌てて振り返った。「ちょっ…… 私はたったいま手伝わないと――」
と、そのとき――
コンコン
と部屋の戸をたたく音。
「どうぞ」
と答えた師匠の声に入ってきたのは惠簾だった。
「失礼いたします、お師匠さま」
律儀にも、旅館の女将さんのように正座して入ってくる惠簾。顔を上げた途端ひとこと、
「あらかわいらしい」
ともらして玲萌に、
「しーっ」
と合図される。人差し指を唇に押し当てる玲萌に、
「どうしたんだ?」
と尋ねる俺。それには答えず、
「惠簾ちゃん、ちょうどよかったわ! 話したいことがあったの」
「やはりそうなんですね! いま、彼らが重要な情報を得たからすぐにここへ行くようにっていうお告げが下りてきたんです。彼らって橘さまと玲萌さんかしら、でもならどうしてお師匠さまの部屋へ? と思っていたんですが」
わけを話す惠簾。便利すぎだろ、ご神託。
俺と玲萌の説明を聞き終えた惠簾は、
「わたくしも昨夜、兄さまたちに過去の封印儀式を知る方法はないのかうかがいました」
惠簾、兄貴が複数いたのか。しとやかに見えるのに強いのはそのせいか?
「わたくしたちの先祖である惠御前がおこなった七日七晩の祈祷について、少しでも知りたかったのですが――」
土蜘蛛を封印した巫女は惠御前といったのか。もしかしたら惠簾の名前は彼女にちなんでいるのかな。
「日常的に学んだり参考にしたりしていた書物は蔵に入れていなかったから、戦乱の世に燃えてしまった――」
「惠簾ちゃんち、商家でもないのに蔵なんてあるの?」
「宝物収蔵庫として使っているのです。かつては信仰のあつい方々がさまざまな宝物を奉納してくださったそうでして。そんなうらやましい時代があったとは」
惠簾はため息をついた。
「じゃあ結局、封印術を取り戻すのは不可能ってぇわけか?」
俺の質問に、
「そのようです。が、蔵の入り口につるされていた『宝物殿目録』なら残っていたのです。祈祷方法は書かれていませんが、なにか参考になる情報はないかと土蜘蛛が倒されたころの記録を父と読んでみました。そうしたら――」
そこで惠簾は言葉を区切ると、心を落ち着けるように深呼吸した。
「『雲斬、土蜘蛛ヲ斬リシ剣』という一文をみつけたのです」
「でかしたっ!」
とさけんで玲萌が立ち上がった。
俺も興奮がおさえきれない。「高山神社の宝物殿に雲斬が眠ってるってぇわけか」
「目録に記されていただけですから! これから探しませんと――」
焦る惠簾に、
「俺にまかしとけって! 神剣ならきっと特別な気を放ってるはずさ。魔力が視えるこの第三の瞳ですぐにみつけてやらぁ!」
と、胸に手を当てる。
「ほほーう、第三の瞳ですか。橘くんの身体はいろいろと多機能ですねぇ」
うしろから聞こえる師匠の声。しまった、この人には教えてなかったんだ…… 恐る恐る振り返ると、いつもと変わらぬ笑みを絶やさぬ師匠。
「橘くんが神剣を探しておいてくれると私も学院長も安心です。それで惠簾さん、『宝物殿目録』に載っている物品は、ほぼ確実に宝物殿に保管されていると考えてよろしいわけですね?」
「はい、理論的には―― ただなにぶん年代が古いものですから……」
うなずいたものの、確信が持てないようで視線が宙を泳ぐ惠簾。
「目録には宝物殿内の正確な保管場所は記されていないのですか」
「ここ三百年ほどは蔵の中をイロハで区分けして、目録に場所を記しているのですが――」
また気まずそうにする惠簾を、師匠の鷹揚な笑みが包み込んだ。
「では橘くんの魔力を視る瞳が大活躍ですね」
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