第36話、ついに明らかになる神剣の名
一気にやる気が復活した玲萌は、さきほどにも増す集中力で『白草國魔獣討伐記』の頁をめくりだした。のぞきこむと古い紙のにおいがする。
「あれっ玲萌、いま蜘蛛って書いてなかった?」
「え、どこどこ?」
「もすこし前――」
「ほんとだ! なになに――」
玲萌は達筆を指で追いながら、
「『七尺ばかりの蜘蛛となって、我に千条の糸を繰りかけ火焔を放ち――』ってあいつのことよね!」
「だよな。ほんとにむかしの人も戦ってたんだな!」
指さしながら音読してもらうと、確かにその通り書いてあるのが俺でも分かる。自分が戦った魔物と古代にも対峙した人がいるなんて、浪漫があるじゃねえか!
「で、どうやって封印までもってったんだ? 師匠の話だと神剣で致命傷を与えたとかだったよな?」
「待って、いま読んでるわ。このへんは苦戦する描写が続くみたい」
さらに次の頁に目を通しながら、玲萌は小声で読み上げる。
「幾度斬りつくとも、その傷は瞬く間に塞がりぬ――」
「そうそう、それな!」
大いに共感する俺。
「あっ、ここらへんかも!」
玲萌の声が大きくなり、
「もののふどもの苦める所、強き神通力持ちたる高山の社の巫女なる者、神託を受く」
と、音読をはじめた。
「ちょっと待って玲萌、すまねぇが現代語訳しながら読んでくんね?」
「めんどくさいわね~」
などと言いながらも、
「ええっと―― 曰く、神代に白草を訪れし大王が怪鳥を退治した際、その体内から現れ出でし神剣・雲斬なら、土蜘蛛に太刀打ちできるって書いてあるわ」
中途半端な現代語訳をしてくれる玲萌。まあ意味は分かるが。
「それから―― ひとりの武者がかの神剣にて土蜘蛛に挑みし所、お告げの通りその額に大きな傷を与えることができたんだって」
「玲萌、覚えてるか? あの土蜘蛛、額っつーか頭のあたりに三日月の形した傷があったよな」
「覚えてるわ! 八百五十年経っても跡が残ってるのね!」
興奮した口調で言って、さらに続きを訳す。
「土蜘蛛は動かなくなり、かの巫女が七日七晩、祈祷を行いこれを封ず」
「で、その神剣はいまの世に伝わってるのか?」
「待って―― あ、ここ! また魔物を斬りて穢れを受けし神剣は社にある聖なる泉にて洗われ清められ、元通り奉納された――ってことは、高山神社にあるんじゃない!?」
「惠簾の親父さんなら何か知ってるかもな!」
俺の言葉に、
「それなら」
と、奈楠さんが遠くから答える。声の方を見ると籐で編んだ寝椅子の上で揺れながら、
「神社側の記録に残っているかもにゃあ」
「よっしゃ玲萌、惠簾のコネで高山神社の宮司さんに突撃だ!」
待ちきれず出口に向かおうとした俺に、
「その前にあたしたちが土蜘蛛退治の方法をみつけたこと、瀬良師匠に報告しに行くわよ。奈楠さん、この本一時貸し出しできる?」
「その本、学生さんは借りられにゃいんだけど信頼できる玲萌しゃんだし、授業の調べものにゃんでしょ? きのうもあのメガネの子――」
「えっ!? 凪留がここへ来たの!?」
玲萌が身を乗り出した。
「玲萌しゃん安心して。メガネにはその資料教えてにゃいから。だってあのガキ大人ぶった口調で『語尾にニャをつける口調はやめるよう助言したい。なぜならあなたの知性をそこなって見せているから』にゃんて言って! あいつのメガネ、猫ちゃんの毛だらけにしてやろーかと思ったニャ!」
おー怒ってる。凪留なら冷静な顔して言いそうなことだ。そして事実ではある。
とはいえ化け猫みたいに目をつりあげている奈楠さんが気の毒なので、俺はやさしくほほ笑みかけた。「でも仕事ができる奈楠さんだからこそ、ちょっと抜けてるとこがあるの俺は惹かれるけどな」
「うぅやっぱり樹葵にゃんは奈楠さんの推し猫ニャ!」
よく分からないことを言いながら、ゆるゆると寝椅子からおりる。「かわいい二人に免じて、きみたちの師匠・瀬良庵耀さんの名前で貸し出しにしとくにゃ」
文卓の前に座った奈楠さんに玲萌が『白草國魔獣討伐記』をわたす。奈楠さんは貸出帳に題や分類番号を書き写しながら、
「今日の玲萌しゃん、なんだか奈楠さんに冷たかったにゃ~」
と寂しそうに言った。
「だ、だって! 奈楠さんが入学当時からずっと親しくしてるあたしより、初対面の樹葵をかわいがるんだもん!」
えぇ、やきもち焼いてたってこと!? 子供みたいな口調でふくれっつらする玲萌、意外でかわいいな。
「あたしはいっつもちゃんと勉強してがんばってるのに、樹葵がちょっと無邪気な笑顔を見せたらころっと――」
「じゃにゃくって」
とさえぎって奈楠さんは玲萌に『白草國魔獣討伐記』を返した。「奈楠さんが思うには玲萌しゃん、樹葵ちゃんのこと――」
「行くよ樹葵!」
こんどは玲萌がさえぎると、俺の外套をつかんで駆けだした。「またいつ土蜘蛛が復活するか分かんないんだから、いそぐわよ!」
「ひっぱるなよ玲萌っ」
つられて走りながら玲萌の腕をつかんだとき、うしろで奈楠さんが小声でつぶやくのが聞こえた。
「楽しそうだにゃあ。若い子たち――」
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