表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/84

第34話、お色気おねえさんと露天風呂につかりたい

 玲萌(レモ)がまた同じような古びた表紙の本を取り出す。題字を一瞥(いちべつ)して、


(まつりごと)細則(さいそく)覚書(おぼえがき)―― これは違いそうね」


 また次の本へ。黄ばんだ紙をめくりながら、古い手書きの文字を読んでいる。


「よくそんな書体が読めるな。いまと結構ちがくね?」


「魔術理論系の授業で『歴史的文献解読法』ってのがあってね、自由選択科目として取れたの。知らない?」


「知らねーよ……」


 必修単位ぎりぎりで卒業しようとしてた俺に聞かないでくれ。


「目当ての文献はみつけられたかにゃ?」


 書棚の後ろから奈楠(ナナン)さんがひょっこりとのぞいた。音もなく近付いてくるな、この人。


「まだまだ時間がかかりそうだわ」


 古文書から顔も上げずに答える玲萌(レモ)。じっとしていることに飽きてきた俺は、


奈楠(ナナン)さん、どの本に土蜘蛛のことが書いてあるか分かんねえんですかぃ?」


「分かるかもにゃあ? 奈楠(ナナン)さんは専門家にゃから」


 自分のこと「奈楠(ナナン)さん」呼びかよ。


「じゃあ玲萌(レモ)に教えてやっておくんなせえよ」


 と、お願いしてみる。奈楠(ナナン)さんは大きなあくびをしてから、


奈楠(ナナン)さんは仕事に一区切りついたから一休みしたいのにゃ」


「そこをなんとか――」


樹葵(ジュキ)ちゃんがなんでも言うこと聞いてくれるんにゃら手伝うニャ」


「なんでも?」


 ってなんだろ。「ま、俺にできることなら構わねえですよ。なんでも言ってみてくんなせえ」


 俺だって直接的ではないにせよ、玲萌(レモ)の仕事を手伝いたいしな。なにより土蜘蛛を復活させちまった責任があるんだし。


樹葵(ジュキ)ちゃん、奈楠(ナナン)さんといっしょに湯船につかってくれるかにゃ?」


 いっしょに湯船!? 彼女の(えり)もとからのぞくなめらかな肌、あれがそのまま胸のふくらみにつながって―― 湯けむりの向こうに見えるであろう妄想の女体は、玲萌(レモ)の冷たい声によってかき消された。「奈楠(ナナン)さん、混浴はあたしたちの生まれる前に大王(おおきみ)から禁令が出てますよ。奈楠(ナナン)さんは生まれてたかもだけど」


 ちぇっ、と舌打ちした奈楠(ナナン)さんの顔が一瞬、化け猫みたいだったぞ……


「じゃあ樹葵(ジュキ)ちゃん、こんどの休みにふたりで露天風呂付き客室のある旅館に泊まって、いろんなとこ洗いっこするニャ」


 いろんなとこ洗いっこ!! いろんなってこたぁ、胸とかお尻とかも含まれるわけで―― 俺のこの水かきのついた手が石鹸をよく泡立てる。陽の光にきらきらと輝く泡が彼女の豊かな胸を包み、その先端をかざる桃色のつぼみを隠す。手のひらでやさしく按摩(マッサージ)すると、彼女が俺に甘えた声を出す――樹葵(ジュキ)ちゃん、もっと下も――


「そんな待てるわけないでしょ?」


 玲萌(レモ)のつっけんどんな声で、またしても俺の妄想は霧散した。「こんどの休みですって? あたしは今日、できればいますぐ該当の資料を読みたいの!」


 なにピリピリしてるんだ、玲萌(レモ)は。さっきまであんな機嫌よかったのに。


「じゃあ樹葵(ジュキ)ちゃんも猫耳としっぽつける? あ~でもしっぽはこれ、特注にゃんだよにゃあ」


 と、振り返って帯にはさんだ自分のしっぽをもふもふする奈楠(ナナン)さん。


樹葵(ジュキ)はもともとコウモリみたいな耳がついてるから必要ないじゃん」


 不機嫌そうな玲萌(レモ)の声。あんたは奈楠(ナナン)さんに手伝ってほしくないのか、さっきっから。俺がせっかく一肌ぬごうってぇのに。


「位置が違うにゃ。猫耳は髪型(ヘアスタイル)で再現するのが奈楠(ナナン)さん流にゃのだ。かわいくておすすめニャ!」


 自慢げに解説しながら、胸元からするすると赤い紐を二本取り出した。


「いや俺、髪短いんで無理っすよ」


 という言葉とはうらはらに頭を差し出す俺。だってあの紐、奈楠(ナナン)さんのふっくらした胸の谷間から出てきたんだぜ!? 奈楠(ナナン)さんの体温が残ってそう!


樹葵(ジュキ)ちゃんの髪、ふわふわしててきれいにゃあ」


 奈楠(ナナン)さんの指が俺の髪を分けて、するりと頭皮にれる。


「ただのくせっ毛ですよ」


 とか答えながら気持ちよくてまぶたを閉じる。小さいころうちの姉ちゃんが母ちゃんに髪を結ってもらってるのを見て、じゅきもやってぇ、とせがんだことを思い出す。男の子だからだめとかそんなん、当世風じゃないよな。


樹葵(ジュキ)ちゃん、完成ニャ! うんうん、よく似合ってかわいいのにゃ」


 うなずく奈楠(ナナン)さんは満足そう。なにがそんなに楽しいのか分からないが、うれしそうだからよかったぜ。


 すねたように視線を文献に落としたままの玲萌(レモ)に、


「なあ、どうだろう? 玲萌(レモ)?」


 と声をかける物好きな俺。意地を張って我慢していた玲萌(レモ)が、耐えきれずに顔をあげた。


「あ……」


 なんの、あ、だよ…… 何か大切なことを思い出したかのように、玲萌(レモ)はまばたきも忘れて俺をみつめた。その頬がみるみるうちに紅潮(こうちょう)してゆく。


玲萌(レモ)しゃん、そこらへんは(まつりごと)関係の記録だから魔物退治の文献はないのにゃ。奈楠(ナナン)さんは政治・経済・軍事の順に整理してるからにゃ」


 俺が髪を結ってもらっただけで点数(ポイント)が入ったのか、奈楠(ナナン)さんが書棚のあちこちを指さしながら説明する。我に返った玲萌(レモ)は、


「てことは(いくさ)や魔物討伐は、このへん――軍事の分類(カテゴリー)なのね」


 背中側の書棚から適当な一冊を手に取った。


「あっこの本、魍魎(もうりょう)戦記(せんき)だって! ありがと奈楠(ナナン)さん、近付いたわ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ