第32話、二日目の朝――第二幕の開幕でぃ!
復学二日目の朝。時の鐘が五つ打つ。璃恩――同室の寮生は、気の毒にも一限から講義があるそうであたふたと出ていった。
中庭に面した室内に、まだ低い朝の太陽が帯状の日差しを投げかける。窓際に立てかけた姿見の前に立った俺は、大判の布を羽織ると首の下で結んだ。
ふと鏡に目をやると、秋の陽に照らされて淡く輝くような自分の姿が写っていた。黄金色の光が銀色の髪に反射し、肌は内側から白く発光するようだ。そのなかでただ瞳だけが翠玉のごとく緑のきらめきを放つ。
「なんて美しいんだ、俺は――」
大満足でひとりごとを口走る。
世間のやつらは俺の手足を覆う白蛇のようなうろこや、水かきのあるこの手を見て、妖怪だの魔物だのとうるさくてかなわねぇが、あと何十年かしたら俺の美的感覚に追いつくのかもしれねえ。孤高の芸術家ってぇのはいつの世もつらいもんさ。あやかしの身体になった俺は、もう一生だれの対象にもならねえだろう。恋だの劣情だのってぇもんに縛られねえ人生を送れると思うとせいせいするぜ。どこまでも自由に羽ばたける喜びに笑みがこぼれる。
鏡の中の少年は、光の中にとけ消えてしまいそうな、はかなげな微笑を浮かべていた。
「ちょっと樹葵!」
そのときすぐ横の中庭から突然、玲萌の声が響いた。「なにひとりで鏡に向かってニヤニヤしてんのよ!」
朝からよくまあ元気な声が出るもんだ。庭先に草履をそろえて何食わぬ顔で、男子寮である俺の居室に上がる。
「朝五つに桜の木の下で待ち合わせって言ったでしょ!?」
あ。しまった。けっこう前に五つの鐘を聞いた気がする……
「待ってても全然来ないし! まったく鏡の前に突っ立ってたって美男になんかなれないんだから、早く支度しなさいよ!」
今日も毒舌は快調である。
「ひどい」
すねたふりをしてみる俺。同情しろ。
「あ。ごめん、言いすぎちゃった」
玲萌は案の定あせった。いたわるように俺の二の腕をやさしく撫でながら、
「でもほら近づきがたい美男子より、樹葵みたいに下町の悪ガキって雰囲気のほうが親しみやすくていいじゃない! だいじょぶよ、いつも笑ってる樹葵には天真爛漫な良さがあるから!」
かけらもほめられた気がしないんだが? 俺が目指してんのは翳りのある、むしろ病的な雰囲気さえただよう美少年で、まちがっても下町の無邪気な悪ガキじゃない。
不服そうな俺に気付いているのかいないのか、玲萌は巾着袋を振り回しながら、
「さ、行くわよ」
草履をつっかける背中に、
「きのうもそうやって庭から上がってきたのか?」
あきれた声で尋ねると、
「きのうは廊下側の戸を璃恩に開けてもらったのよ。あいつちょうど出て行くとこだったから」
同室の後輩――璃恩は玲萌の一つ下の弟なのだ。彼は長い物に巻かれる系統なので、このうるさい姉に全面降伏している。
中庭に降り立った玲萌は、両手を腰にあてて俺を見上げた。「今日は古文書院に行くって言ったの覚えてるでしょ?」
「覚えてるけど――、朝一番で行く必要ないじゃんか」
口をとがらせる俺に、
「凪留に先こされたくないのよ!」
なんの話だっけ? と言わんばかりに、玲萌の愛らしい双眸を見下ろす。怒っててもかわいいんだよなぁ。
「生徒会の中で最初に土蜘蛛を退治する方法をみつけた者の案が採用されるってきのう話したでしょ? 学園祭のトリの話よ?」
「覚えてるよ」
と答えて目をそらす俺。いま思い出したわ、その話。きのう一日の情報量が多すぎて、寝てるあいだに脳が記憶を取捨選択したとき捨てたんだな、これは。




