第28話、封印
空の高いところをぐるりと回って、夕露をかかえた玲萌が俺のとなりに着地した。
「玲萌、危ないから結界の外にいたほうが――」
「だって上から見てると樹葵が一人ぼっちで敵と対峙してるんだもん。孤独そうで胸が痛くなっちゃった」
玲萌って気ぃ強いけど、やっぱりやさしいんだよな。
「ありがと」
小声で礼を言った俺の背中をばしばしとたたいて、
「それにしてもさすが樹葵! 完全に覚醒した土蜘蛛だって敵じゃないわね!」
「いや、みんなの協力があったからだよ」
首を振る俺に、ふところから出した手ぬぐいで金棒のお手入れをしていた夕露が、
「そんなに今朝と違うの?」
「うん、今朝は呪文を唱える俺を邪魔することもなく、あっという間にやられてくれたんだ」
「とはいえ」
と玲萌が感心したように、
「日に二回も最強魔術を放って、さらにあたしにも魔力を分けて、顔色ひとつ変えないなんて樹葵って本当に魔力量が無限なのね!」
「みてぇだな」
照れ笑いする俺の顔を夕露がまじまじと見上げながら、
「顔色? 樹葵くんて、もとから唇もほっぺも真っ白じゃん。妖怪まっちろちろすけだから分かんないよ?」
妖怪――なんだって!? 俺と玲萌がつっこみきれずに沈黙しているとうしろから、
「橘さま!」
と、惠簾が駆け寄ってきた。そういえばこの娘、龍神さまって呼ぶのやめてくれたっぽいな。よかったよかった。
「なんてあざやかな勝利ですの! 伝説の魔物も龍神さまの敵ではありませんわね!」
あ、やめてなかった。ちぇっ。
「また本当に感動しましたわ! わたくしの胸の高鳴り、分かります?」
ちょっとうるんだ瞳で惠簾が俺をみつめる。俺が下駄をはいてねぇせいで、視線の高さがほとんどかわらない。
惠簾はくすっと笑って、水かきのついた俺の手をとると、自分の左胸にあてがった。「ほら、とくんとくんって――」
うわっ、ちょっ―― 鼓動は分かんねえけど、その―― やわらかさがやべぇんだけど!!
俺が混乱していると夕露が指をさして笑い出した。
「あぁ見てー! 樹葵くんのほっぺが赤くなってる! 妖怪まっちろちろすけじゃなーい!」
かわりに頭が真っ白になってるよ……
困って玲萌のほうを見ると、さとい彼女にしてはめずらしく言葉につまっている。
惠簾が手をはなしてくれたと思ったら、
「いや~はっはっは」
と、のーてんきな笑い声が近づいてきた。「橘くん素晴らしい! 私の出番もなく終わってしまいましたね」
ほっとして振り返る。「出番てあんた――」
もの言いたげな俺のかわりに玲萌がずけずけと、
「師匠、観戦を決め込んでたじゃない!」
「観戦だなんて人聞きの悪い。みなさんが危険なときはいつでも助けに行けるように見ていたんですよ。それに橘くんと違って私の魔力量には限界がありますから、温存しておく必要があったのです。なんせ――」
いつもお気楽に笑っている師匠の顔から一瞬、笑みが消えた。「ここからが私の仕事ですから」
「封印、か――」
俺の言葉に師匠だけでなく惠簾もしっかりとうなずいた。
「巫女の本領発揮、見ていただきとう存じますわ!」
「おっけー! 完全にケシズミになってるわ!」
土蜘蛛の残骸を確認した玲萌が、崩れた旧校舎の屋根下で合図する。なんて勇気ある行動! 俺、燃え尽きた虫の死骸なんてぜってぇ見たくねーわ。
「では」
と、師匠が印を結んだ。「褐漠巨厳壌、汝が大いなる力にて悪しき存在封じこめ、二度と我々が天下にな放ちそ――」
惠簾も祝詞を奏上しはじめる。「掛けまくも畏き高山の大神よ――」
土蜘蛛の斃れたあたりの土が、淡く発光しはじめた。のぞきこんでいた玲萌は、旧校舎のほうへ一歩下がる。
だがそのとき――
『必ず復活してやる―― 何十年、何百年かかろうとも』
あのくぐもった声が俺の頭の中に響いてきた。
「この声っ ……まさかあいつの思念!?」
耳に手を添えて顔をあげた俺と夕露の目があった。「わたしも―― 聞こえたよ……」
おびえて肩を震わせている。
やじ馬も含めてみんな、この気味の悪い声を聞いたようだ。
それでも師匠と惠簾は祈りを止めず、あたたかい光はさらに明るくなった。ふたりの術に対抗するように、あやしい風がどこからともなく吹きつける。この季節にはありえない、生温かい風だ。ガランと音がして、旧校舎の傾いた屋根に乗っていた瓦が――
「危ない!」
叫ぶと同時に、俺は屋根を見上げた玲萌のもとへ走っていた。
飛ぶように移動し、伸ばした両手で彼女を押し倒す。玲萌の頭をかばうように抱きしめたとき、落下した瓦が俺の後頭部に直撃した――
「樹葵! うそでしょ!?」
玲萌の悲鳴を遠くに聞きながら、俺は意識を手放していった。
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