第22話、金貨十枚、庶民にとっては大金だ
「うちの殿さん、所用で上方からあづまの都に来はりましてな、せっかくやから東国を見てまわって帰ることにしたんどす」
耳慣れない上方なまりに振り返ると、割れた人垣の先に狩衣姿の男が立っている。その向こう――簡易的に木を組んだだけの舞台脇に、御簾をおろした牛車が止まっているのが見えた。あの中に男が言う「うちの殿さん」がいらっしゃるんだろう。
「殿さん風流なお人やから、あづまの都では今どないな歌が流行っとるんやろ言いはりまして、麿がここで皆はんに声かけたんどす。『自慢の喉を持つ者はおらんか、腕に覚えのある者はおらんか』いうて。『殿さんをを満足さしたら賞金に金貨十枚あげまひょ』言うたら――」
「金貨十枚!?」
玲萌がしっかり反応する。庶民にとっては一ヶ月分の生活費である。
「おほほ、野蛮やのう」
男は狩衣の袖で口もとを隠す。
「うわ腹立つ!」
いきり立つ玲萌を無視して、いけすかねぇ上方男は続ける。「賞金欲しさにそこの巫女はんが舞台に――」
言いかけた男をなぎ倒して、小さな夕露が姿をあらわした。
「玲萌せんぱいっ! この変な眉毛のおっちゃんに『大白草音頭』、ダサダサだっていじめられましたぁ」
と、うったえて玲萌の胸に顔をうずめる。
「なっ、あたしたちの街の歌を!」
こぶしをにぎりしめる玲萌。
「はっ、あれかわいいわ! わたくしも!」
心の声を口に出して、惠簾が夕露のまねして俺の胸に顔をうずめた。「祝詞は流行り歌じゃないって、わたくしもいじめられましたわ! 千年以上流行っておりますのに!」
そう来るか。反論するのはかわいそうなので、絹糸のような黒髪を元気づけるようになでる。
「うちの殿さんがご所望なのは、今の音楽でおじゃる」
男が立ち上がり、ぱたぱたと狩衣をはたいた。
「『大白草音頭』は毎年おどってるもん!」
涙目でにらむ夕露に、
「あほやのう。毎年いう時点で今の流行りちゃうやろが」
と言い捨て、牛車の方へ声をかけた。「殿さん、やっぱし東国の文化なんてしょうもないどすえ。帰りまひょ」
「聞き捨てならねえな、おい!?」
人垣の中から血の気の多い男が声をあげる。
「ほら、こないなふうに言葉は雑やし、煮物は醤油っからいし、寿司は磯くさくてあきまへんわぁ。麿は押し寿司が好きどすぇ」
「てめぇの好みなんざぁ聞いてねえよ!」
また誰かがどなった。その通りである。
俺はつかつかと、のっぺり顔の男の前へ歩み出た。「よく分かったよ。俺の友人たちを泣かせたのがあんただってことがな」
「おお怖い。東国にはまだこないな妖怪が生息しておるんか」
大げさに身震いして、
「なんて遅れた土地やろう。麿らのくにでは千年前に駆逐されたちゅうんに」
ちんたらした上方なまりで胸くそ悪いこと言いやがる。
「遅れてんのはどっちだよ。好きな姿で自由に生きるのが当世風なんだぜ? 最新の魔道医学で改造してもらって俺はこの美しい姿を手に入れたんだ」
妖怪じゃねえって説明しているそばから、うしろの人垣にいたおっちゃんが、
「あやかしの坊ちゃん!」
と声をかけた。俺の話、絶対聞いてなかったよね?
振り返ると白髪まじりのおっちゃんが、かすれた声で叫んでいる。「おめぇが背負ってんの三味線じゃねえかぃ? ちょうどいいや、いっちょ都の流行り歌でも聞かせてやりねえ!」
でっけぇ風呂敷に包んでるんだが、よく分かったもんだ。
「よっしゃ樹葵、あたし歌うわ! 見返してやりましょう!」
玲萌がやる気になり、街の人たちも盛り上がる。
「いいぞ、嬢ちゃん!」
「あやかしの坊っちゃん、見返してやってくんねえ!」
「若い子なら流行歌にも詳しいだろうからな!」
陰キャは詳しくねえんだって…… 俺はそばに来た玲萌にこっそりもらす。「だいたい俺より若いあいつらが祝詞と盆踊りだったんだろ?」
「『俺より若い』? 樹葵きっと惠簾ちゃんより子供に見られてるわよ」
……今それ言う必要ある!? 沈黙する俺を気にもとめず、
「都で人気のあの曲、『君に霧中』やるわよ。知ってるでしょ?」
「あの、夢中と霧中をかけた親父ギャグみたいな題名の――」
俺の言葉に答えるように、背中にかついだ三味線がベベンと鳴る。
「その子も演奏したがってるわ」
「いや俺、曲よく知らないよ!?」
ベベン、ベンベン、ベベン
風呂敷に包まれてるのに、背中から音が聞こえる。
「あってるわよ、その曲!」
「こいつ、勝手に鳴りやがんのか」
「樹葵の魔力あってこそでしょ。きっと街のみんなの集合意識とつながってるのよ」
そいつぁすげえや。
舞台に向かう俺の手を惠簾の両手がつつんだ。
「橘さま、どうぞわたくしの無念を晴らしてくださいまし」
「玲萌せんぱい、樹葵くん、変な眉毛のおっちゃんぎゃふんと言わせてね!」
「おうよ、まかしとけってんだ」
俺に続いて玲萌も、
「金貨ぶんどってくるわよ!」
と、自信たっぷり。
「こないなチンケな町にええ楽師がおるものやろか」
大きなあくびをする公家の家来に、
「しゃらくせぇ、そこで耳の穴かっぽじってようっく聴いていやがれ!」
啖呵を切って木組みの舞台に飛び上がる。
「いーぞー!」
「やっちまえ!!」
町の人たちが喜んで声援を送ってくれる。
威勢がいいのは言葉だけで実は内心、心臓バクバクなんだけどな。なんで俺っていつもその場のノリで行動しちまうかな……
調弦を済ますと、俺は玲萌に目で合図を送った。
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