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第19話、あの娘(こ)が彼を愛する理由(わけ)

「おい待てよ玲萌(レモ)


 つんけんしながらひとりで外階段を降りてゆく玲萌(レモ)を追いかける俺。


玲萌(レモ)せんぱい、置いていかないで~ってうわっ」


夕露(ユーロ)さん危ないっ」


 何もないところで転んだ夕露(ユーロ)を、惠簾(エレン)がすぐに支え起こす。


「痛いよぉ、左足が右足に引っかかっちゃった」


 なんてドジなんだ……


「治療魔術で治しましょうね」


 惠簾(エレン)がやさしく声をかける。


 ふと見下ろすと、玲萌(レモ)が運河わきの道を火除地ひよけちのほうへ歩いて行く。大運河の(はた)は火事のとき延焼を防ぐため火除地ひよけちになっていて、露店や仮設小屋が並んでいるのだ。


「なんであいつ、学院と反対方向に歩いていくんだ」


玲萌(レモ)せんぱい方向音痴だから」 


 惠簾(エレン)の魔術で痛みがおさまったのか、玲萌(レモ)とつきあいの長い夕露(ユーロ)が解説する。


「おい玲萌(レモ)ーっ、そっち違うぞー、戻ってこーい!」


 小さくなる背中に上から声をかける。しかしうららかな昼下がり、秋のやわらかい日差しの下を楽しげにそぞろ歩く人々の浮かれたざわめきにかき消されてしまう。


「ちっ」


 小さく舌打ちして、俺はひらりと階段から飛び降りた。水茶屋と盆栽市のあいだを飛ぶようにかけぬけ、骨董市の前で玲萌(レモ)をつかまえる。


「ひとりで行くなって玲萌(レモ)。なに怒ってるんだよ?」


 単なる照れ隠しじゃなかったのか?


 肩に手を置くと、玲萌(レモ)は振り返った。


「だって樹葵(ジュキ)ったら、『接吻場面(キスシーン)演じなきゃならねぇわけか』なんて表情のひとつも変えずに言ってさ」


 と口をとがらせて、先ほどの俺の口調をまねする。「なんでそんな冷静なのよ。あたしだけ取り乱しちゃってバカみたいじゃない」


 いやいや惠簾(エレン)夕露(ユーロ)も見ている前で俺が一緒に赤面したら、むしろ変な空気になっちまうだろ…… どーすりゃよかったんだよ?


 玲萌(レモ)はふたたび俺に背を向け、


救護之間(きゅうごのま)ではあんなに近く感じたきみが今は遠く感じるわ……」


 と小さくつぶやいた。その横顔が切ない。


 これは玲萌(レモ)が得意とする「理詰め」でちゃんと説明して、納得してもらわないとかわいそうかもしれねえ。


「あのな玲萌(レモ)


 俺は静かに言った。「俺は魔力的に最強だし、この美しすぎる姿だろ。学院のやつら、俺を遠巻きに見てるじゃんか。そんなやつと口づけする場面(シーン)なんて演じたら、玲萌(レモ)まで異分子扱い受けねえかって心配したんだよ」


 ということにしておく。実際ウソじゃねえ。でも同時に、大勢の前で玲萌(レモ)に接吻できたら、魔道学院一の美少女を俺のもんだーって見せびらかすみてぇで気分いいだろうな、なんて思いもある。


「異分子扱いですって?」


 くるりと振り返った玲萌(レモ)は、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。「望むところよ!」


 それから骨董市のあいだをゆっくりと歩きだした。「確かに学院の平々凡々な学生たちから見たら、樹葵(ジュキ)は奇人変人よね。でもあたしはそんな樹葵(ジュキ)をかっこいいと思ってる。自分の美的感覚にしたがって、人の目もあとさきも考えず行動に移しちゃうとこ、衝動的なバカだなんて思わないの」


 ん? けっこうきついこと言ってね? 玲萌(レモ)……


「あたしだってほんとは樹葵(ジュキ)みたいに生きたい。周囲との人間関係だの将来の危惧(リスク)だのちまちま計算するんじゃなくて、ただ純粋にまっすぐ生きたいの」


 いや、こまかいことまで考慮できるのは玲萌(レモ)の頭がいいからじゃねーかな。俺は考える前に行動しちまうだけで――


「だからね、あたしにとって樹葵(ジュキ)は憧れであり、誇りなのよ」


 小道具屋の前で足を止めた玲萌(レモ)が振り返って、にっこりと笑った。その輝かしい笑顔に引きつけられて、俺は彼女から目を離せない。 


「あたしは変わるんだから! みんなに見せつけてやるのよ、樹葵(ジュキ)はあたしの――」


 いままでの勢いはどこへやら玲萌(レモ)が急に口ごもった。俺に背を向けて言葉を探す。


「えっと…… 親友だって!」


 恥じらう少女を抱きしめたい衝動にかられる。でも親友って言われてるんだからいけねえよな、と思っていたら俺、気付いたときにはうしろから玲萌(レモ)をぎゅっとしてたわ。ごちゃごちゃ考えようと思っても、体が先に動いちまうんだよなぁ。


「ちょっ―― 樹葵(ジュキ)……?」


 驚いた玲萌(レモ)が、彼女の肩を()(いだ)く俺の腕にれた。思った以上に細い肩を、ひしと抱きしめるとやわらかい。彼女のあたたかい後頭部に頬を寄せると、いとおしさがこみ上げてくる。体の奥深いところからドクンと瞬時に指先まで血潮が()けぬけたとき――


 すぐ横に積みあがった骨董品から、


 ベベンっ


 と奇怪な音が響いた。

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