(93)天罰
作品の舞台は神が存在する世界です。
王都の貧民街で暮らす幼い兄妹は、この日が訪れるのを心の底から待っていた。
「音玉が……鳴った!」
「お兄ちゃん!」
兄妹の親は、それなりに大きな商店を営んでいたが、或る時突然神問裁判に掛けられて断罪されてしまった。
財産は全て教会に没収されて、罪人の子である兄妹は、それから貧民街に潜り込んで暮らしている。
今でも両親に断罪される何かが有ったとは思えない。
両親の口癖は、正直に誠実に商いしてれば悪い事なんて起こらない、だった。
家族の店で家だった場所は、人手に渡ってしまっているけど、余り評判は良くないみたい。
どうして両親が神問裁判に引っ張り出されたのか、どれだけ考えても分からなかった。
そこに事情を仄めかす情報を持ってきたのは、時折貧民街で炊き出しをしてくれる大人達だ。
五日毎に、引退した探索者という形で、生き延びる方法を教えながら、食事と最低限の保存食を配る大人達。
「こういうのも本来なら教会がやるべき事だろうに。集めた金は何に使ってるのやら」
「言ったって仕方が無いさ。守銭奴の詐欺師共だからね、あの悪党共」
炊き出しをしてくれる立派な大人に見える人達が、教会を悪し様に愚痴るのを聞いて、兄妹共に吃驚してしまったのだ。
「教会が悪党って、何?」
「協会に悪い人が居るの?」
「あー、いや、証拠を掴んだ訳じゃねぇがな、教会の言ってる事は全部嘘っぱちだぞ? 十二歳で貰える祝福も教会は関係しないって言うし、手作りの職業の神像に祈れば祝福は貰えるってよ。教会に聞かれたら何をされるか分からんから内緒だけどな」
「治癒の奇跡もそうらしいねぇ。神の裁きがどうかは知らないけど、それだって怪しいもんだよ」
聞かない方が良かったと、兄妹は呆然とする。
何も彼もが信じられなくなる様なそんな日々を過ごしていると、いつもの大人の人達が少し真面目な顔をして集まる人達に話をした。
「今日はお前達に少し話が有る」
そんな言葉で切り出された話は、彼らが教会に反抗する組織に属していて、教会が語る事の全てが嘘だとの確証が直に掴めそうだという事だった。
「教会からは、聖神ラーオに祈る時はラーオの名前を出さずに、職業の神や治癒の神にと祈る様に言ってるが、あれは嘘だ。職業の神は本当は職能の神エリーン様。治癒の神は本当は生命の神エイラール様。ラーオに祈っても何も起きないが、エリーン様やエイラール様に祈りを捧げれば、確かに神の奇跡は齎される。
だが、これは単に教会が神の名を知らなかっただけと言えない事も無い。が、教会の行う神問裁判――神の裁きだけは違う。
俺達は教会に何か仕掛けが有って、神では無く教会がその利益の為に雷を落としていると予想していたが、その証拠を掴めそうなんだ。証拠を掴めたその時には、音玉を喧しく鳴り響かせる予定なんだ。
と言ってもな、教会をお仕置きしたくても王様も教会の仲間だから普通じゃ出来ねぇ――ってのが本当なんだが、さっきも言った通り俺達は本当の神の名を知っている。……なぁ、教会に罰を与えるならそれはやっぱり神様の役目だろ。ちょっとその手伝いをしてはくれねぇかなぁ?」
そして大人達が語ったのは、兄妹でさえ怪しいと思ってしまう儀式だった。
その後渡された儀式用のお供え物を呆けたままに受け取って、貧民街の家の屋根裏部屋へと帰る。
貧民街は王都中の汚水が流れ着く場所で、良く汚水が溢れるから今は廃棄されている旧い区画だ。勝手に潜り込んでも文句を言う人は居ない。
そして昼間は溝浚いをして暮らしている。溝浚いは日々生きるだけの稼ぎは貰えるし、時々指輪やネックレスといった落とし物がボーナスとして見付かる事も有る。
だけどそんな拾い物にも心が止まった様な数日が過ぎて、その日の朝、音玉が王都の街に鳴り響いたのだ。
「音玉が……鳴った!」
「お兄ちゃん!」
再び動き始めた心に従って、兄妹は屋根裏から屋根の上に出た。
大人達から貰ったお供え物は、日持ちのする丸いお菓子とそのまま食べられるスイーツキノコ。それに加えて壁を這う蔦を使って編んで作った籠が一つ。街の中心近くの井戸で汲んできた水が一瓶。
お菓子もキノコも教会にお仕置きしたいので無ければ食べてしまってもいいと言われていたけれど、こうして二人の分が今もそのまま残っていた。
屋根から見下ろすと、いつも炊き出しが行われる広場に、何人か人が集まっている。
それを眺めていると、丸で黒い雲を引き連れて来た様な太陽が、王都の真上にやって来る。
「……! 神様! 太陽の神様! ――」
「ララィラーラ様! ――」
太陽の神様に捧げる祈り。
日差しが力を増した様に感じた。
気の所為だとは思いつつ、兄妹は空を見上げる。
目を下ろすと、捧げていた丸いお菓子が消えていた。
「「水の神様、スイラ様! ――」」
水の神様に捧げる祈り。
辺りがむわっとした様に思ったら、少しずつ雲が湧き上がっていく。
今度は目の前で瓶に入った水が消えた。
「「商売の神様、シムビス様! ――」」
商売の神様。その肩書きに、様々な思いが溢れて目の前がぼやける。
辺りはすっかり暗くなって、轟々と風の音が聞こえてくる。
蔦で編んだ籠は優しく消えた。
「「雷の神様、ディーン様!! ――」」
感極まっていて、耳ももう良く聞こえない。
神様、どうか悪い人間に罰を与えて下さい。
二つ並んで捧げられていた白いキノコが姿を消して、空が震える様な轟きが響き始める。
――そして閃光。
王都の中心部の方向で、轟音と共に幾筋もの光が雲と大地の間を繋いだ。
何度も、何十も。
「お父さん!! お母さん!!」
「お兄ちゃーん!!」
兄妹は抱き合いながら、その光景に慟哭したのである。
神が存在する世界でのこの決着は理不尽なのか順当なのか??




