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洞を穿ちて察するが如く 氷の解けるが如く  作者: みれにあむ
第一部 王国記篇  第三章 神罰の雷《いかづち》
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(91)これは儂の戦いなれば

真の主人公は……

 七年前。秋会合から帰るイルカサル達をダイカン・アクトーが見送った時。ダイカンが考えていたのはグリムフィードに現れた魔術師を如何にして招聘しようかという事だった。

 娘婿には悪いが、アクトー侯爵領こそが魔術師を必要としている。そう認識していたからだ。


 領内から教会を追い出す事は出来たが、教会の王国への影響力を削ぐ事は遅々として進まず、ダイカンには焦りが有った。

 教会との、延いては王宮との戦いは、魑魅魍魎が跳梁跋扈する中を、指し示す道も無いままに延々と歩き続ける様な物だ。息子達が頼り無いとは言わないが、今がアクトー領としても、その寄子達を含めた東部一帯としても、今こそが全盛期だと思っていた。

 それはこれから十年状況が動かなければ崩れてしまいかねない、(あや)うい栄華だ。


 それが分かっているからこそ、寄子の中からも第三王子と手を結ぼう等という、普段ならば見向きもされない案が飛び出てくる。

 皆不安なのだ。教会を悪と断じても、神の庇護下から弾かれてしまったのではと思うと、心許無い気持ちが付き纏うのだ。


 そんな時だからこそ、その全てを解決し得る真なる神々の情報は、(まさ)しく天啓とも言える物だった。

 そんな情報を齎した人物を放っておける筈が無い。


 しかし、ジーゴがイルカサル達の後を追って出た十日少し後に、ダイカンはその考えを完全に翻した。


 イルカサル達から託された祈りの作法が示された冊子に従って、月明かりが差し込む窓辺に安置された月神ルーナ像。その前に手紙が一つぽつりと置かれているのをダイカンは見付ける。

 訝しみながら手に取った手紙には、グリムフィードに送り出した筈のジーゴの字で、諸々の顚末が記されていた。


 まずは月神ルーナの力を借りた手紙の配達について。

 グリムフィード領への道中とイルカサル達との合流について。

 そしてグリムフィード領で出会った小さな魔術師について。


 全てを知ったダイカンは目を見開き、滂沱と涙を流した。

 イルカサルやヴァチェリーも親として未熟だったのかも知れないが、五歳にも満たない幼子を苦しめたのは祖父としてダイカンも同罪だ。

 これ以上孫娘に苦しみを与える事など出来ようか。


 幸いグリムフィードにはジーゴを遣わした。それに月神ルーナの力が有れば手紙の遣り取りも一日で足りる。問題は何も無い。

 寧ろ今こそ奮い立って、孫娘が安心して暮らせる世を齎さねばならない。


 それからのダイカンの奮闘は、アクトー領から教会を追い出した頃の様な勢いで、誰しもが御領主様の若返りを驚きと共に受け入れた。

 一年を検証に費やすと共に寄子達の内情を探らせるのに用い、次の秋会合では信用出来る者を集めての情報の開示。

 尤もここで示した情報は、教会では無くラーオ像で無くとも、職業の神に祈りを捧げれば十二歳の祝福は得られるという事実だ。


 まさかそんなと言う者達を連れ出して、場内に設けられている礼拝室へと案内する。

 騎士の息子に丁度十二歳を迎える者が三人ばかり居て、この日に祝福の祈りをして貰う様、根回しがされていた。


 貴族の子息らしく、見学者に一礼してから設けられた女人像へと祈りを捧げる三人の子供達。

 何の問題も無く、祝福を与えられた(しる)しに彼等の体が仄かに光り、見学者の間から響めきが洩れた。


「こ、侯爵様!? 司祭が居りませんぞ!? それに、あの女人像は一体!?」

「落ち着け、馬鹿者。教会が大嘘吐きなのは分かっていたであろ? 祝福は十二歳になった子供が職業の神に祈ればそれで授かる物だ。祈るのがラーオ像である必要も無ければ、教会である必要も無い。

 だが何か像を置かねば祈りを捧げ難いらしくてな。ラーオを思わせる像を置きたくは無い故に女人像を置いたが、子供らによるとその方が機嫌良く祝福を貰えている様に感じるらしい。案外職業の神は女神なのやも知れぬな。

 順次街には同じ像を置く様にしているが、別にこの女人像で無ければならぬ訳で無し。猫の像でも別に構わん。だが、欲しければお主らの分は用意しておる。職人らに模像を造らせれば良かろう」


 実際にはイルカサルから託されたプルーフィア作のエリーン像の模像だ。しかし、そんな事は言う必要の無い事だった。

 仮に教会が力を持つ今、真実の神々について明かしたとしても、混乱と騒乱を招くだけだろう。

 しかし教会の不在に不安を感じていた者達にとっては、祝福を得られるというその事実が大切で、皆熱心に名前を知らない“神様”に祈りを捧げる様になった。


 既に教会が排除されていたアクトー領内では定着までに二年。それ以外の東部領域にもその真実は徐々に浸透し、教会を追い出す事が出来た領も増えていく。

 それと同時に王都及び西部領域へ行商に扮した密偵を送り込み、噂を散蒔かせて教会への猜疑心を育てていった。

 今迄も王都に対する諜報はしていたが、これは教会転覆の作戦決行を見込んでの草の根運動である。


 そういった政治の話とは別に、託された神々の真実に対する検証作業も進められた。

 簡単な物では手紙の配達についてだ。

 月神ルーナの力を知らされてからは、密偵にルーナ像が渡される事になったが、月の光の下にルーナ像を置いて手紙を託そうとしても回収すらされない事が多々生じた。

 特に定期報告のみ書かれた場合に、そういった事が生じている事から確かめていくと、想いの込められていない手紙は集めても貰えない事が判明した。

 ――「子供達の未来の為に」

 密偵の報告書にそんな一文が記される様になったのは、それからの事だ。


 当然、ジーゴを介してプルーフィアとも遣り取りをしている。

 雷が神の裁きでは無いなら一体何かと問えば、長文が返って来た。

『空気には水が溶け込んでいて、暖かい空気の方が沢山の水を溶かし込める。冷やすと溶け込めない分が水になって出て来るから、炊事場の近くに冷たい物を持ち込めば水滴が付くので確かめられる。

 太陽が照り付けると、地面の近くから空気は暖められる。暖まった空気は膨らむ。膨らむと同じ量では薄まっているから、周りの空気よりも軽くなる。暖炉の上の暖かい空気を軽い袋に集めたら浮かぶ事で確かめられる。

 水が良く溶け込んで湿った空気が暖められ上昇する。空の上は冷えているから溶け込んだ水が水滴になって現れる。これが雲。更にどんどん高くまで昇って冷えれば氷の粒になる。氷の粒に水滴が集まって大きな氷の粒になると、今度はその重さで落下する。こうして雲の中では空気も水滴も氷の粒も絶えず動いていて、擦れ合っている。凡ゆる物の中には雷の元が入っていて、それは擦れる事で剥がされて偏りが出来る。雲の中では下の方に雷の元が偏るけれど、偏りを解消しようとして地表に雷の元を解放するのが雷。冬場にセーターがパチパチ言ったり、金物に触るとバチッて言うのも、雷の元がいつの間にか偏っていて起こる事。

 これが自然の雷の理屈。

 雷の神ディーン様は、この集まった雷の元を操れるんだと思うけど、そこはまだ分からないわ』


 ダイカンはその時、思わず唸った。賢者の叡智に戦慄を覚えた。

 試しに火山は大地の怒りなのか、地震は何かの凶兆なのかと問うてみれば、その多くにやはり答えが返って来た。

 孫娘に畏れすら抱きながらも、ダイカンには一つ分かった事が有る。

 プルーフィアの返して来た説明は、どれも理屈が成り立っていて、神が介在せずとも成り立っている。

 それでは神とは何だろうか?


 ジーゴが報告してくるオドロル山の神やグラ森の神、水や火の神々の在り方から、ダイカンは神が居てこの世界が在るのでは無く、この世界の自然やその他諸々の事物が在ってそれらから神が生まれたのでは無いかと推察する。


 それならば、それならば――

ここからは爺ぃのターン

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