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(8)兄への手紙

 八話目~♪ 序章ラスト!!

 ヴァレッタには忘れられない想い出が有る。

 六歳になった時に、お母様が突然知らない人の様に成った。

 弟か妹が生まれると聞いて、大きくなっていくお腹を触らせてくれたお母様は、妹のプルーフィアを産んでからは暫く会わせて貰えなくなった。

 何日も経ってから、ベッドに横になったお母様と顔を合わせた時には、もう違う人に成っていた。


 相槌はしてもお喋りはしてくれない。

 頭は撫でても抱き締めてはくれない。

 何より優しい笑顔を見せてくれない。


「酷い難産でね。まだ放心しているんだよ。優しく見守っていてくれるかな? 何、直ぐに元のヴァチェリーに戻ってくれるさ」


 お父様の言葉を信じて皆でお母様の快復を祈った。

 何に祈ればいいのか分からなかったけれど。


 一月が三十日も過ぎれば、お母様もベッドから降りれる様になったけれど、お母様は変わってしまったままだった。

 「大丈夫?」と聞いても「ええ」と答えるだけ。

 今日の出来事をお喋りしても、返って来るのは相槌だけ。

 侍女のシオンの方が話を聞いてくれて、悲しくて唇を噛んだ。


 三ヶ月が過ぎる頃には、もっとおかしな事に皆が気付き始めた。

 お母様がプルーフィアを抱き上げているのを見た事が無い。

 プルーフィアを抱き上げているのはいつもシオンかメイド達で、お母様はプルーフィアに視線を向ける事も無い。


「何を考えているの!? 僕らの可愛い妹でしょ! ちゃんと抱き締めて上げてよ!!」


 ジャスティンお兄様が訴えても、お母様は目を逸らして震えるばかりで、その後寝込んでしまうのだ。

 困った顔をしたお父様にも何も出来る事は無いのを見て、お兄様達と一緒に誓った。

 お母様がプルーフィアを可愛がらない分、皆でその十倍以上にプルーフィアを愛そうと。


 そうして皆でプルーフィアに話し掛けたからか、プルーフィアが喋り始めた時期も随分早くて、赤ちゃんの間はとても体が弱かったのに、一歳になる頃には歩いてお喋りもしてくれる様になった。

 それが嬉しくて皆でもっと話し掛けたら、プルーフィアはそれ以上にもっともっと利口で可愛くなっていった。


 でも、そうなったらどうなるかって覚悟は、誰も持っていなかった。


「おかあしゃ……おかあしゃ、どうちて……」


 プルーフィアが、目を向けてもくれない人が母親だと理解して、お母様の後を切なさを隠さず追い掛ける様になった。


「ちゃんと見ろよ!! あんたの娘だろ!! 何で目を逸らすんだよ!!」


 懇願するお兄様達の叫びも、何も変えてはくれなかった。


「もういい。お母様の事は気にするな。プルーフィアには僕も、アドルフォも、ヴァレッタも居るんだから」

「しょんなことない。おかあしゃ、あしょんでくれた。ぷにぷにってあしょんでくれた」

「遊んで? ……いつ?」

「うまれるまえ、あかいかべごしにぷにぷにって」


 プルーフィアの言葉を聞いて、皆で泣きながらプルーフィアを抱き締めた。


「そんなのは夢だ。忘れてしまえ! 憶えていてもいい事なんて無いんだから!」

「ゆめじゃない!! あしょんでくれたの!!」

「いいか! それは夢なんだ!!」

「しょんなことない!! しょんなことないいいい!!」


 初めてプルーフィアと喧嘩した。

 喧嘩をしても、プルーフィアがジャスティンお兄様を嫌いにならなかったのが救いだった。


 プルーフィアが二歳になる頃に、ジャスティンお兄様が学園に通う為、王都へ向かった。

 必ず手紙の遣り取りをする事を約束した。

 プルーフィアは益々可愛く活発になったけれど、家の中の様子には変わりなかった。


 プルーフィアが四歳になる頃に、アドルフォお兄様も王都へと発った。

 必ず何とかすると約束をして。

 プルーフィアが、良い子にしてればお母様が愛してくれるとそう信じて、お勉強やお稽古に全力で取り組んでいるのが哀しかった。


 そして、後二年もすればヴァレッタも王都へ向かう事になるだろう。

 学園に入る事よりも、生活の場を移す事を目的として。

 学園に三年通ったジャスティンお兄様は、既に卒業出来るだけの成績を修め、剣や騎馬の大会でも既に騎士団に入れるだけの腕前を見せ付けたと聞いている。

 二年後にプルーフィアも何とか王都に連れて来る事が出来たなら、そのまま兄妹四人、王都で暮らしていくつもりだった。


 プルーフィアが久々に熱を出してしまったのは、そんな日の朝だった。


「プルーフィアお嬢様が高熱を出して魘されてます!」


 食堂に駆け込んで来たメイドの叫びを聞き、焦燥に駆られて走るお父様の後を追い掛けた。

 幸いプルーフィアの様子は見た感じ元気そうだったから、誰かが付いているなら大丈夫そうだった。

 でも――


「今日はお母様に手を繋いで貰って、ずっと一日お喋りをしていたいわ」


 きっと熱にのぼせた勢いで口にしたのだろう。

 何の気紛れかお母様がプルーフィアの部屋に残った分、お父様に促されて部屋を出る。

 シオンが居るから大丈夫とは思っていても、朝食の味も良く分からないままに食べ終えて、プルーフィアの部屋へと向かう。

 これでまた手を握っても居ないなら、もうお母様を許す事なんて出来無い。


 そう思いながら、そっと隙間を空けた扉の向こうに、お母様がプルーフィアのベッドに潜り込んでいるのが見えた。


 そっとまた扉を閉める。

 自分の部屋へと戻って勉強道具を机に広げる。

 でも何も手に付かない。

 胸の中は嵐が吹き荒れている。


 これで期待を持たせておきながら、またプルーフィアを裏切ったなら、今度こそ絶対の絶対にお母様を許さない。

 悔し涙が頬を伝って机に落ちた。


 しかし、そんな憂悶に拘わらず、今お母様が椅子に座り、深く頭を下げている。


「今迄、本当に御免なさい」


 プルーフィアに手を引かれてヴァレッタの部屋へと入って来たお母様が、振り向いたヴァレッタと向き合う様に椅子に座って、始めに発したのがその言葉だった。

 プルーフィアは自慢気に口元をにまにまとさせながら、そんなお母様に横から抱き付いている。

 その二人の何方(どちら)も、目元が腫れ上がって泣いていたのが丸分かりだった。


 涙が零れる。

 椅子から立て上がって、お母様へと向かう。

 感情が溢れる。


「遅いわ!! 遅過ぎますわよ!! どうしてこんなに遅くなっちゃったのよ!! ぅわ~~」


 涙も言葉も止められない。

 お母様の二の腕を拳で叩き、抱き付いて泣き喚いた。

 割り込む様にプルーフィアが潜り込んで来るから、お母様とプルーフィアを抱き締めてわんわん泣いた。

 お母様も御免なさいと言いながら泣いていて、プルーフィアは泣きながらも笑顔だった。


 泣いているシオンが部屋まで昼食を運んで来てくれて、皆で食べた。途中から食べさせ合いっこになっていて、また涙が零れた。

 その内、プルーフィアが生まれてから今迄の出来事を話し始めた。一緒になってこの五年の事をお母様に話した。

 まだまだ話したい事は一杯有るのに、夕食の時間だからとシオンが呼びに来た。シオンが冷たい布を目元に当ててくれたけれど、腫れは引いてくれなかった。


 夕食の後に、部屋へと戻った。

 お母様とのお喋りは終わらない。五年の月日は一日だけでは語り足りない。

 それでもちょっとした時間を見付けて、さっと手紙を書き上げた。


『お母様が、元に戻りました。』


 他に書ける言葉が思い付かない。

 でも、きっとお兄様達は分かってくれるに違いない。

 因みに、イルカサルは平気な振りをしながら、一人になった時に号泣してます。

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