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洞を穿ちて察するが如く 氷の解けるが如く  作者: みれにあむ
第一部 王国記篇  第三章 神罰の雷《いかづち》
75/95

(75)五年の歳月

時間はどんどん流れていくのです。

 今年も秋会合組が持ち帰って来た案件の手配を付けて、ほっと一息吐ける様になった頃、ネイサンはこの五年の間に起きた事を思い返していた。


 秋会合にジャスティンが付いて行く様になってから五年。それは即ち姪のプルーフィアが魔術師に目醒めてからの五年であり、グリムフィードに大きな変革を齎した五年だ。

 序でに言うなら腑甲斐無い兄夫婦が、再び真面な家族の道を歩み始めてからの五年でもある。


 不思議な事に、プルーフィアは最初の年ばかりは色々と新しい施策に関わろうとして来たが、問題無く立ち上がりそうな流れが出来ると、それからは普通の子供の様に親の仕事に首を突っ込んだりはしなくなった。

 有るとして、森や山に行かなくても良いのかと、時折聞いてくるぐらいだ。


 兄夫婦は付き合い始めの男女の様に浮かれきっていて丸で気が付いていなかったが、プルーフィアはあの頃を境にして、頭の中だけ五から十年は育ってしまったみたいだった。

 そしてそれは恐らく間違いでは無いのだろう。プルーフィアが言うには、プルーフィアとして生まれる前の出来事を、そのまま地続きの様に思い出せる様になったという事だ。

 このネイサンが死んで、その死んだネイサン=グリムフィードの記憶を来世の子供時分に思い出したとするならば、きっと子供で居続ける事は出来無いに違い無い。


 そんな成熟した心を持っているからこそ、大人達に任せた事に対しては、信用して割り切る事にしたのだろう。

 子供らしい気紛れなどでは決して無い筈だ。


 それが証拠に、プルーフィアはこの五年もの間、ずっと鍛錬漬けの毎日だ。

 子供らしく弾ける声は何時も聞こえてはいたが、そこに友達の声が交じる事は無く、友達の家へ遊びに出掛ける事も無い。

 少なくともネイサン達には領館の外にも友達は居たし、ジャスティン達もそうだ。

 プルーフィアだけが(いびつ)だったこの家の影響を真面に受けてしまっている。


 魔術師に成ったからでは無い。魔術師に成ろうとさせた事が、そもそもネイサン達の腑甲斐無さだった。


「そうは言うが、彼奴はこの状況をとことん楽しんでいるぞ? 確かにグリムフィードの切り札に成ろうとしてはいる様だが、それを口実にダンジョンを遊び尽くそうとしている様にしか見えん。

 ほらよ――アスレチックの最下層に更に続きが有るのを見付けて、分厚い攻略手引き書を書いて来たが、鏤められている落書きを見ろよ。これなんか、まんま遊びに熱中する子供だろうが」


 因みに場所は湖岸の釣り小屋で、久々に次兄のアロンドも一緒だ。

 そのアロンドに渡された本を手に取り、数百頁は有りそうなその分厚さに目を見開く。

 しっかり重さを感じるその報告書がプルーフィア作だと聞いて、呆けた顔をしていたからだろうか。

 アロンドは肩を竦めて、呆れた様に口にした。


「まぁ、俺もこれを渡された時はそんな顔をしてたんだろうよ。何と言っても八十階層迄と思われていたアスレチックに対して、百階層迄の攻略手引き書だからな。

 一階層毎に複数のスケッチとルートと助言を付ければ、それは何百頁にもなるさ。

 『一から七まで綺麗に繋げられれば最高だね! 達成感に痺れが走るかも知れないけれど、感動してないで出口に飛び込んでね♪』って、いや本当に夢中になって遊んでるのを隠すつもりが無いよな?」

「え……何だそれ? 聞いてないぞ!?」

「主要メンバーが秋会合へと行って、お前に負担が掛かっている所に言う訳無いぜ。

 しっかし、正式に探索者に成ったからこうして俺に提出してくれるが、その前はしれっと受付に重要な情報を買い取りに出しただけだってんだから、参ったもんだぜ。

 俺も上位の探索者がバイブルにしている解剖図鑑が、彼奴の手に依る物だとはつい最近まで知らなかった。つまり、探索者に広めて底上げしようなんて考えて無いんだな。自分の為に調べた事を勿体無いから序でに提出しただけだぜ、これは」


 アロンドの口から語られる、ネイサンの知らないプルーフィアの偉業。

 ネイサンは、アロンドが持っている印象が、プルーフィアの言動と合わなくて混乱する。


「俺は最近思うんだがな、これは全て彼奴の思惑通りなんじゃ無いのか? 彼奴が気兼ね無くダンジョンを楽しむ為に、諸々の理屈で外堀を埋めて、彼奴自身がダンジョンに潜らなければならない様に仕向けてるんじゃ無いかと、そう思えてならない。

 だから、悲愴な覚悟でダンジョンに潜っているっていうのは間違いだぜ?

 寧ろ、ど嵌まりして時間を忘れて遊んでいる様に見える」


 確かにそういう意味では、五年前からプルーフィアは何時だってどこかうきうきしている様な雰囲気を醸し出している。

 深刻な顔をするのは、大人に混じって話をしている時だけだ。

 その表情も嘘では無かったのだろうが、アロンドの話を聞いているとその気持ちも揺らいできた。


「……はぁ、ギルド長が言うならそうかも知れんな。

 プルーフィアの動向を知っているメイドは、何を聞いてもにんまり笑って何も話しやがらねぇ。担当を変えようかとも思ったが、それはヴァレッタに強く止められた。

 プルーフィアにとってあのメイドは、誰にも代え難い味方で友人で同志なんだとさ。その所為で俺達は今のプルーフィアが毎日目の届かない場所でどう過ごしているのかを知らない。

 ふん、そのメイドも今はダンジョンに連れて行って貰えずに不貞腐れているがな。この前は何を為出かしたのかヴァチェリーにきつく叱られていたが、いい気味だぜ」

「くくく……メイドに嫉妬して八つ当たりか?」

「……言うな」


 再びお互いが口を閉ざし、静かな時間が流れ始める。

 しかし、ネイサンは気が付いていた。

 アロンドがこの釣り小屋で付き合ってくれているのは、アロンドの側にも内輪の話が有ったのだと。

 それは恐らくさらっと溢したプルーフィアの成果だ。

 魔術師であるならば、ダンジョンに潜り始めて三ヶ月程度で百階層を突破出来る。

 アスレチックは他のダンジョンとは毛色が違うかも知れないが、階層の攻略が位階を上げる事には違いは無い。つまり、今のプルーフィアは、位階が五十を軽く超えていてもおかしくは無い。


「教会や王都の騎士が、魔術師を一人も抱えていないという事は無いな」

「……ああ。複数人は居るだろうな。そして其奴らの飛び抜けた力は、そのまま地位に結び付く。そこでライバルもダンジョンに潜っているとするならば――」

「どんな手を使ってでも、より上を目指す、か」


 そうして何十年も腕を磨いた教会や王都の騎士達は、一体どれだけの力を持っている事だろう。

 力としての上限がダンジョン最深部の階層に定められていたとしても、技術を磨くのに支障は無い。


 ネイサンは、五年前にプルーフィアの話を聞いた時に、聞き流したつもりは無かったがまだ想像していただけだと思い知る。

 敵に回せば一人でグリムフィード領を軽く制圧出来る化け物を、王都は何人も抱えていると思えば恐ろしさしか無い。


 立ち回りを一つ間違えただけで、グリムフィードは想像以上の窮地に陥るのだろう。


 初めはプルーフィアの悲愴な覚悟に忸怩たる思いを抱えていたネイサンは、それとはまた違う遥かに深刻な事態に表情を険しくする。

 それを考え過ぎとは思えないアロンドは、頭を悩ませ始めたネイサンを、唯じっと見守るのだった。

三千文字縛りは結構きついね。話の進みは早いかも知れないけど。描写がね。

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