(64)指南役
ストック補充中~♪
グリムフィード領には、領主やその一族の護りに就く護衛騎士達が居る。
と言っても、グリムフィード領内では殆ど出番も無く、主に秋会合で領外に出る時にしかそれまでは役目も無かった。
そこに領主一族への武術指南が加わる様になったのは、凡そ五年前、ジャスティン達が王都より帰還してからの事になる。
王都の技術を学んだジャスティンとは武術談義に興じながらも、アドルフォや時にはヴァレッタ、或いは領主イルカサルやヴァチェリーとも剣を交えたが、最も熱心だったのは一番小さなプルーフィアだった。
体格差からとても剣を交える事は出来ず、型の良し悪しを判じるばかりだったが、まさかの護衛騎士達もこの試みがプルーフィアの要望に端を発していたとは分からなかった。
最もそのプルーフィアにしても、ほぼ毎回の様に参加していたのは八歳に成る頃迄で、それからは勉強に力を入れたのか、がくっと頻度は下がる事になったのだが。
そのプルーフィアが久々に訓練に参加すると聞いて、その日担当していた護衛騎士のライナキアは口元を歪めた。
少々だれてきている様に思える訓練にも、これで火が入るだろうと。
「久々にお願いするよ! 位階を上げてきたから吃驚しないでね?」
プルーフィアが剣を構えた時に妙な言葉を聞いた気がしたが、ライナキアはそれを捨て置いてこちらも槍で構えを取った。
プルーフィアが七歳を過ぎて型稽古も一段落着いた頃からは、たんぽ槍で攻撃を仕掛けるのを捌く実践練習を取り入れている。たんぽ槍で相手をするのは、剣では極端に低い相手と対するのには無理が有るが、槍ならばそんな制約も無いからだ。何れダンジョンに入りたがっているから厳しく鍛える様に言われている分、まずは護りを重視してどんな攻撃が来ても捌ける様に教え込んでいる。
――!? そうだ! ダンジョンだ!
と気が付いた時には、以前に三倍する速さで、プルーフィアがたんぽ槍の穂先を掻い潜って来た所だった。
半身になって槍を撥ね上げつつ、石突きにも設けたたんぽでプルーフィアの体を受け止め、押し飛ばす。
驚きながらも悔しげなプルーフィアの表情が一瞬垣間見えて、笑いが零れる。
「油断大敵だぞ! 時に強引な手も有効だが、警戒は怠るな!!」
位階を上げたと言うからには、既にダンジョンに潜っているという事だ。
訓練ならば怪我で済んでも、ダンジョンでは命に関わる。
だからこそ厳しく鍛えなければと、ライナキアの指導にも熱が入るのだった。
そしてそれは他の護衛騎士にとっても同じ。
次の日を担当する槍のダンダリオも、その次の日を担当する棍のバージルも、更にその次の日を担当する弓のキャロルも、手を抜けないと笑っている。
信頼を置いて貰っているからこそ、護衛騎士は壁とならなければならない。
自分達の為の日々の訓練にも、熱が入るというものだった。
尤も、護衛騎士と言っても全員が関わっている訳では無く、口の堅さや子供達への振る舞い等を考慮した数名ばかりだ。
似た様な性質の者ばかりが選出されたからか、意気投合した彼らは仕事終わりの情報収集にも余念が無い。
領主一族の情報は流石に軽々しく口には出来ない為に、街へ繰り出すのでは無く騎士団併設のバーラウンジの、更に言うなら個室だが、週に二度三度こうして会合を開いている。
そしてその日、口火を切ったのは、弓を教えるキャロルだった。
「あんた達! プルーフィア様の相手はちゃんと務まってるの!?」
「俺はまだ余裕だな。速さで来ている内はあしらえる」
「同じく。でも、何と無く奥の手を隠している様に思わないか?」
「隠しているんだろうぜ。時々妙なタイミングで冷やっと危機察知が反応しやがる。ま、それも込みでまだ負けちゃいないだろうが、体が出来上がってきたらと思うと怖いぜ」
キャロルの焦りが混じった声に、ライナキアにダンダリオ、それからバージルも幾分余裕を持って答えるが、その余裕も何時まで続くのかと思えば笑いしか出ない。
ただ、現時点で焦っているキャロルは、其れ処では無い様だ。
「あんた達はいいわよ! 増えても二本なんだから! ぴゅんぴゅん飛んでくる矢をどうすればいいって言うの!?」
「……おい、ちょっと待て」
「どんな訓練してんだよ!? 弓矢なら的を射つんじゃ無いのか!? 危ない事をしてんじゃねぇよ!?」
「それじゃあプルーフィア様で無く、お前の特訓だぜ!?」
「え!? え!? え!?」
偶にはこんな事も起きる。
そもそも教導する立場に慣れている訳でも無い護衛騎士だ。たんぽ槍を訓練に用い始めたのもこの会合で出た話なら、今になってもこんな失敗が発覚して、その度に楽しく訓練計画を練り直していた。
だからそんな護衛騎士隊は知らない。
同じ頃に、そのプルーフィアが御付きのメイドとどんな会話をしているかなんて。
「ああー……位階が上がったから行けると思ったのにぃ……」
「ふふふ、そんなに簡単に越えて行かれては、護衛騎士様の立つ瀬が有りません」
「簡単じゃ無いし、魔術師に成ってるし、鍛錬だって欠かして無いし」
それは実に子供らしい万能感と言って間違い無かったが、それをプルーフィアが口にして拗ねているのがおかしくて、カヌレは思わず笑ったのである。
「う~……笑われた。でも次はもっと巧くやるから!」
「そんなに直ぐには強くなれませんって」
「違うの! 今週は身体強化じゃ強く成れないって確かめただけ! 魔術師としての力は殆ど使えなかったんだよ」
負け惜しみでは無い響きのその言葉に、カヌレは首を傾げる。
プルーフィアは言い聞かせる様に、その説明をするのだった。
「例えば水の詰まった大樽が有ったとしてね、ロダン親方みたいな大きな人なら押して動かす事が出来たとして、私が同じ事をしようとするとどうなるか分かる? 身体強化して同じだけの力は出せるとしてよ?」
「それは、同じ力ならプルーフィア様も同じ様に動かせるのでは?」
「ブー、外れ! 軽い私がどれだけ力を出そうとしても、足下が滑ってきっと大樽は動かないよ。地面に立っている人が横向きに出せる力は、その人の体重と、地面の滑り易さで決まっているの。だから私が大樽を押そうとするなら、ロダン親方をおんぶしながらか、一瞬だけ体重が増えたのと同じ状態に成る様に強く足下を踏み締めるかね。
錘で体重を増やしても振り回されるだけだし、強く足下を踏み締めるってそれは誰でもやってるから、結局元の体重が利いてくるかな。
つまり、身体強化だけだと、そこそこ素早いけれど攻撃は軽い程度に収まってしまうのよ」
「へぇ~」
「身体強化じゃ無くて、魔術で直接体に力を加えるならそんなの関係無くなるけど、狡いし訓練の意味が無い様な気がしたから……。
でも、今の訓練を続けても芽が出るのが十年後と分かっちゃったなら、もっと実戦に即した訓練っていうのもしないとね!」
「うわぁ、大惨事の予感がしますよ? ネイサン様にはお伝えしておきましょう!」
きっと酷い事になると、カヌレはそう予感して溜め息を溢すのだった。
それはもう、とてもいい笑顔を浮かべながら。
ストックを積み上げて、その隙にまた冒険者になるのです×3の後日談を書くのだー!!




