(54)そこの暴走魔物! 止まりなさい!
大海嘯じゃ!
スピンボール・ルーレットは、床も壁もツルツルしているからか、入り口の斜面でも木道が敷かれていない。
代わりに滑り止め用にヤニを浸み込ませた網が敷かれていて、一階層に在る売店では同じく靴底に塗る為のヤニが売られていたりする。
一階層に出るダンゴムシはハンドボール程の大きさだ。それでも転がってくるならそれなりの威力が出るので、店も在る一階層では拒馬槍の様な罠を仕掛けている。
私も自滅するダンゴムシを見た事が有るし、私が用意してきた対抗策の一つはそんなトラップを参考にした物だ。
そして一階層は本当に人気が無い。
食事を摂っている人でさえ殆ど見掛けない。
なら、何処に人が居るかと言えば二階層目の広場と広場の間だ。
二階層目にはバスケットボール位の大きさのダンゴムシが、一つの広場に十匹程出現するけれど、態々手前の広場のダンゴムシを奥の広場に解き放って、一つの広場に二十匹のダンゴムシが先を競い合っているのを延々眺めている変人達の集いだ。
解き放つ前にペンキを塗って、賭けが始まる事も有る。
そんな変人達を尻目に三階層へと向かうと、丸でそんな私こそが変人で有るかの様に見送られた。
「……珍しいな。もしも突き飛ばされても、頭だけはしっかり護れば何とかなる。気を付けて行けよ」
検問の兵士までもが珍しそうに見てくる中を、登録タグを見せて三階層への斜面に足を踏み入れる。
滑り台の様に滑り降りる事も出来そうだけれど、既に何人も行き来している探索者がヤニを残して行ってるから、それ程楽しい事にはならないだろう。
コロ付きの台車で降りれば楽を出来そうだけれど、ちょっとそれも事故が怖い。
今日の所は大人しく下りつつ、効率的な上り下りを頭の中で模索する。
まずは厚手の襤褸布でも手に入れようと、心のメモ帳に書き留めるのだった。
ダンゴムシ討伐の為の其の一。
まずは正攻法。鈍器で普通に殴ってみる。
六尺棒を二つ繋げて、その先に片方がピックで片方がハンマーのピックハンマーなアタッチメントを取り付ける。
擂り鉢の中心は安全地帯に近いから、暴走ダンゴムシを避けながらささっと中心まで降りて、其処で長柄ピックハンマーを振り回す。
とても良く撓る棒を使っているから、それこそ鞭の様な感じに当てれば威力が十全に伝わるだろう。
六尺棒二つで約十フィートは三メートルだ。無属性魔力の腕に持たせても、五六メートルがいい所。低階層なら何とかなっても、大人の腰まで――つまり、プルーフィアの背丈程も有るダンゴムシが爆走する下層では、通じない事が分かり切っている方法だ。
飽く迄も、低階層に限って、もしも通じるなら手っ取り早いというだけの方法。
そんな私の予想を違えず、勢い良くダンゴムシに当たったピックは甲殻を砕きはしたものの、回転に巻き込まれて制御不能に暴れ回る危険物へ。
まぁ、狙ったとは言えちゃんと急所近くに当たっていたのか、途中でダンゴムシが靄となって魔石に変じた為に事無きを得たけれど。
回転物に手を出すのは危険。前世の職場でも何度も繰り返し聞かされたかな。
因みに、私の使っている六尺棒は、魔境の木から得られたかなりお高い代物だ。
同じくアタッチメントに使われている青藍鋼も、ベテランの探索者が求める様な高級品。昔私が旧礼拝堂から運び出された我楽多の中に見付けた、魔力を宿した鉱物だ。
花屋を買った後に稼いだ殆どのお金が、私の装備に注ぎ込まれている。
ダンジョンで武具が強化されるなら、初めから一生物の装備を揃えた方が後々活きると考えた結果だ。それを考えると、強化される前に壊してしまう様な使い方は無しだろう。
棒は曲げたり引っ張ったりには耐えても、捩られるのには弱い。これも前世からの知識である。
でも、折角造った六尺棒なのに、活躍する場所が中々来ない。そんな事を思いつつ、虚空蔵屋敷から引っ張り出したのは、一階層の罠に触発されて思い出した前世の車両停止装置擬き。
内側にスパイクが付いていて、ダンゴムシが通り過ぎたら絡まった上で滅多刺し。
――ドキャバキゴキュゴキュグキャキャキャゴキュバキ!!
う~ん……確かに効果は有るけれど、思いの外に即効性が無い。
幾つか置いておけば、自動的にダンゴムシを葬って、ダンゴムシが魔石に変わって装置が解放されればまたやって来た次のダンゴムシを葬ってと、放っておけば魔石は集まるかも知れなくても、それで武具の強化も私の強化も出来ているのかが不明だ。
残念だけれどこれも無し。
そんな事を考えていると、上の検問で番をしていた兵士が降りてきた。
「其処に居るのか? 凄い音をさせているが大丈夫か?」
「大丈夫だよ! 罠が効くかと思ったけれど、今一効率が良くないね!」
「灯りはどうした?」
「暗視を鍛えているところだね! 大丈夫! 危ない事はしてないから!」
ちょっと呆れている様子だった兵士を見送って、実験の続きに入る事にした。
スパイク付きのはダンゴムシが大きくなれば、それだけ装置も大きい物が必要になる。だから、これも微妙な結果になるのは予想が出来ていた。
それならダンゴムシを止める事だけに目的を絞って、止めは私がさせばいい。
そして私が擂り鉢の中に投げ広げたのは、一階層目に降りてくる時に敷かれてあったのと似たヤニを浸み込ませた網だ。但し、粘着性の有るのは片面だけ。
予想通りに通り過ぎたダンゴムシに網は絡まり、他のダンゴムシも巻き込まれ、揉みくちゃになり、中心部にも流れダンゴムシが大暴れする。うん、危ない。
一塊になったダンゴムシには、先端が鏨になっている金鋏を頭の節に打ち込んで、無属性魔力で無理矢理開いて隙間を作り、その隙間に槍を突き込んで止めを刺す。
私が鳥の洞窟以外の殆どの管理ダンジョンでしていたのは、ダンジョンで出る魔物の解体だった。
いや、解剖と言ってもいいかも知れない。
目的は二つ。一つは解体した魔物素材を虚空蔵屋敷の中に入れたらどうなるのかの確認と、魔物の急所の確認だ。
ダンゴムシも、脚を切り離し、甲殻を引き剥がし、内臓を一つ一つ削いでいくという猟奇的実験の末に、その急所は余す所なく明白となった。
今探索者ギルドが持つ魔物の情報で、尤も精緻なのは私が作った魔物の解剖図鑑に違い無い。
だからこそ、何処に槍を突き入れば良いのかは誰よりも知っている。
圧倒的な防御力を覆すのは、知識と工夫。
それを改めて頭に刻みながら、私は身動きも出来なく絡まる魔物達を処理したのである。
ただ、終わってみるとこの遣り方は危ない。それに、絡まった網を使える形に戻すのにも一苦労で、効率はとても悪い。
だから、本命と考えていた最後の手段を確かめる事にした。
場所は移って隣の広場。
最後の手段は小鳥と同じ。但し弾に魔石を用いた全力の射撃で。
今日の朝に鳥の洞窟へと赴いて、石のパチンコ玉を作るのも面倒に思い始めていた私は、数だけは直ぐに集まる魔石を使う事を考えた。
魔石は多面サイコロな形をしていて回転の影響を受けそうだったけれど、それも含めて練習してきた。
結論としては、十階層の石で作ったパチンコ玉よりも、レベル一魔石の方が強かった。気絶させるだけのつもりが一撃必殺になってしまって、魔石から少し魔力が抜けている感じがしたから、そういう事なのかも知れない。
因みに、魔力が詰まった魔石は硬い。魔力が抜けると脆くなる。魔力が抜けて欠けが出来た魔石は、其処からどんどん魔力が抜けて、最後は粉々になってしまう。その粉も塗料や何かに封じ込めれば素材として用いる事が出来るけれど、放っておくと空気に溶けて最後は綺麗に無くなってしまう。
まぁ、魔力から出来た物だから魔力に還るのだろう。
回収しなかったパチンコ玉を誰かが踏んで怪我をしたなら、恨みに思われてしまう事も有るかも知れないけれど、それが回収の洩れた魔石ならラッキーと思ってポケットに忍ばせるだろう。
そういう意味でも魔石を弾にするのは都合が良かった。
それと、無属性魔力で創った刃は現時点で魔物に無力だ。魔法防御力の無い只の鉄なら切る事が出来ても、魔力の塊でも有る魔物には毛筋程の傷しか付けられない。
まぁ、飽く迄も現時点では、である。
私がダンジョンに潜って分かった事。鳥属性魔力は無属性や風属性と言った様々な属性が混じった複合の魔力だった。
つまり、鳥の洞窟で位階を上げても、ちゃんと無属性魔力は強化される。
と言うよりも、基本属性とかそう言うのも実は無くて、私の魔力を無属性として見るならこれだけ、風属性として見るならこれだけ、鳥属性として見るならこれだけと、要はどう見るかだけの問題ではと感じている。
だから、いつかきっと私の刃も、ダンゴムシに通じる様になるのだろう。
うん、魔力を纏って突撃する小鳥なんて、それこそ無属性魔力の技にしか思えないしね。
ちょっと奮発してレベル二魔石を全力で撃つ。
バンッと音を立てて魔石がダンゴムシの体に当たり、ダンゴムシの体がずれる。回転の中心を狙うと突き抜けるから、中心を外した所を撃つのが骨だ。
気を失ったらしきダンゴムシが、歪な球となって擂り鉢の中心に転がり降りてくる。
金鋏で頭を開いて槍を突き入れればそれで終わり。
体に減り込んでいた魔石の他に、数個の魔石が零れ落ちる。
ダンゴムシは一匹で複数の魔石を落とす。
うん、回収の手間を考えても、この遣り方が一番効率が良さそうだ。
怒りに我を忘れておる!




