(40)広がり行く噂
二章ラスト! 次から週一ね。
プルーフィアが魔術師になった時から既に三年。
領都グリームの領館で行われる一族大会議も、既にそれなりの数を重ねている。
その場にプルーフィアが交じる事は既に無く、代わりに十七歳となったアドルフォが加わっていた。
「もう三年か。時間の経つのは早いものだ」
イルカサルが口火を切ると、会場では出席者の多くが深く頷いてそれに続く。
「今の所は何も起こっとらんし、このまま何も起きないのが一番なんじゃが」
「何も起きなくても良い様に動いてきたし、領として良い方向へ変化しているのは確かなんだけどね――」
「ああ、色々と手を回したのが利いているのならいいんだけどな。ジャスティンとアドルフォが気を利かせたのも効果が有ったと思いたいが、こうも動きが無いと逆に疑わしくなっちまうぜ」
シャーチが受けて、ゴリュウが続き、ネイサンが嘆息する。
「でも、プルーフィアはいつも通りよ? 最近は傾き掛けの花屋を買い取ったみたいね。何をしたいのかは知らないけれど」
「ふむ、儂らが動いておるのは王都や教会に対抗する為ではのうて、領を豊かにする為にダンジョンを整備し、大河の畔を開発し、情操教育の為に偉人の像を各所に配置しておるのだったな」
「いや、父さん、大河の畔は呪われたダンジョンを封印する為の施設だろ?」
「くくっ……そうじゃったな。つい、封印が成った後の事を思ってしまったわい」
ヴァチェリーの疑問にシャーチが答え、ゴリュウが訂正する。
「しかし、よもや魔術師がヴァチェリーお嬢様の娘の事とは思い至りませんでしたぞ。それを知ってから侯爵様の動きが変わられましたからな」
「もう、ジーゴさんったら。会議の度に言ってるわよ?」
「じゃが、一時期は胆が冷えたわ。街の住人達が考え無しにプルーフィアを聖女に祭り上げようなぞしおって」
「街中で治癒術を使うなど、教会にばれたなら、一発で目を付けられそうでしたからねぇ。幸いプルーフィア自身で気付いて、直ぐにポーションだと惚けた御蔭で事無きを得ましたが」
「惚けていると言えば、あのメイドもそうだよな。阿吽の呼吸で適当な事を言ってるのを聞いたぞ? 街での噂も八通りは聞いたぜ」
「も~、カヌレにプルーフィアが何をしているのか聞いても、何も教えてくれないのよ」
ジーゴはグリムフィード領に来た当初、怪しい魔術師の正体を見定めてやろうと意気込んでいた。
領館の中では隠されてもいなかった為に、目の前でプルーフィアが彫り上げた神像を手に運んでいるのを見て、意気込みとの落差に思わず頽れたジーゴ。
しかし、その後に数々の神の奇跡を見て、神という存在の捉え方を根本から引っ繰り返された。
『神様は森にも山にも湖にも、この館にだって宿ってるのよ? 犬猫と同じよね?』
いや、違う。それは違うとジーゴは首を振って嘗て聞いた言葉を頭から追い出した。
この三年の間に、ジーゴもオドロル山へと出向いて、山の神との対話にも立ち会った。
それを犬猫と同じと言うプルーフィアは余程の大物かそれ以外の何かか。その衝撃は三年を過ぎた今も冷めやらず、つい事有る毎に口を突いて出るのである。
「魔境を抜けての脱出路も既に夢物語では無くなっている。――いや、海へ抜けるのは兎も角として、対岸に村を造れそうな見通しは立っている。
それに呪われたダンジョンの在る拠点は既に頑強な砦と言って良い。後一年在れば立派な港も出来るだろう」
「しかし船は筏と聞いておるぞ? 魔魚に襲われたらと思うと安心出来ん」
「ええ、今造っている筏は、対岸へ渡る橋とする物です。立派な船は船大工が居なければとても……。港が出来た頃に、侯爵様にお縋りするしか有りません」
「ん? 船大工を寄越して貰うのか?」
「いえ、古くても良い船を安く仕入れられないかというのと、船員の教育です。侯爵領の海からグラウプルを遡って呪われたダンジョンまで辿り着けるのなら、その後は交易のルートにも成ります。
……ところで、このルートが開通すれば、もう隠しておく必要は無いのではと思うのですが。袋小路だからこそ脱出路が無ければ何をされても闇に葬られるとの危惧が有りましたが、脱出路が開通してしまえばそれを明らかにする事で、狼藉は出来ずお行儀良くするしか無くなるのではと……」
「ほ? ……確かにの? では、もしかして一番の心配事は解決か?」
「いやいや待て待て、確かにその可能性は有りそうだが、予め知られれば破壊工作の心配は無いか? オドロル山との対話が出来る様に成ったから、軍勢が来れば数日前には把握出来る。峠に関所を設けて、其処で誰何してやれば十分だろうさ」
事態が進めば異なる解決策も生まれてくるものだが、イルカサルとシャーチ、そしてゴリュウとで進められていたその話をジーゴは止めた。
「待て、気が早いぞ。交易を見込んでいる様だが、言っては悪いがグリムフィード領ならではの魅力有る特産物が無ければ、足下を見られるだけの結果になるぞ。此処と同じ様な街はアクトー侯爵領にもその寄子にも幾らでも有る。ダンジョンが多数有るのが特徴だとしても、魔石は腐らんから陸路で十分だ。つまり水路を使っての交易で儲けを出すのは難しい。
更に河が有るから船が通るとの考えも間違いだ。船乗りによると河の底は岩や何かで思いの外に凹凸が有るらしい。船底が乗り上がれば船は大破して沈むだろう。つまり、船を通す為には航路全体での河底の地図が必要になる。場合によっては邪魔な岩を取り除く工事も必要になるだろう。
そしてそんな航路を正確に船を進めようと思えば、船員の教育にも多大な時間が掛かる。しかも、他に寄港地の無い魔境の中の大河だ。腕の立つ船員を雇うにも嫌がられるな。
或いは脱出のみに絞って、喫水の浅い筏で逃げる事だけを考えた方が良いかも知れん。
何れにしても、まだまだ時間は掛かる。本気で進めるなら、まずは専門家を呼んで見て貰わねば始まらんぞ。儂には対岸に村を造る以外の話は、まだまだ時期尚早に思えるな」
グリムフィード領での船遊びは、精々筏を使ったハルカラ湖での釣りぐらいだ。故にジーゴの説明を聞いて、列席者達はどうやら考えが浅かったかと唸りを上げる。
「いや、数人乗りの小型の船でも安全に行き来出来るなら、牽制になりそうだと分かっただけで今回は良しとしよう。確かに専門家の話を聞かなければ判断は付かんな。
この話はまた次回として、今回の本題です。
三年を掛けて整備を進めてきたダンジョンの内、十二箇所を一般開放します。
開放するのは各ダンジョン二階層迄。三階層からは探索者資格を持っている者のみ入れる様にゲートを設けました。
ダンジョンまでの道も整備し、探索者ギルドとも協力して安全確保には細心の注意を払ってます」
「うむ、三年の月日を掛けて良く此処まで調べ上げた。儂は何も言う事は無い」
「表向きは新たな娯楽の提供で有りながら、事情を囓った者には呪われたダンジョンを封印するのに必要な魔石を掻き集める為の苦肉の策にも見える」
「でも本当は領民の力の底上げね。きっと探索者を目指す人も増えるから、いざという時には頼りになるでしょう」
「そして探索者が増えれば魔境の探索も進み、特産物となる何かが見付かるかも知れないんだな。良く考えてやがるぜ」
「では、異議無く計画通り進めるという事で宜しいでしょうか? ――では、この時より、グリムフィードの新たな歴史を、私達の手でしっかりと刻んで行きましょう!」
その決定は拍手で以て歓迎され、グリムフィード領は新たな一歩を踏み出したのである。
ジーゴさんの出番削ったから影が薄い。




