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洞を穿ちて察するが如く 氷の解けるが如く  作者: みれにあむ
第一部 王国記篇  第二章 三つの街と広がり行く噂
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(38)山の神様

 長め。切れなかった。

 春の足音が聞こえてくる頃には私の神像造りも落ち着きを見せ始め、神像を運ぶのに乗せて貰ってお爺様の所へも何度か遊びに行った。

 シャーチお爺様から貰ったお山の絵が館の中にも増えている。


 夏が近くなり日差しが強くなってきた頃に、これは西都リンシャのゴリュウお爺様からお誘いが有った。

 一緒に山に登ってみないかと。


「いやな、中々に気難しいと言うか手強くてな。手応えは有って、何かが居るのは確かなんだが、其処から先に進まないのさ」

「ふ~ん……お爺様をちょっと鑑定してもいい?」

「ん? 鑑定か? あれは何も分からんだろう?」

「それは熟練度が足りてないからなのよ? 私にはグラ森の挨拶なんてスキルが付いていたもの。お爺様にも何か付いてると思うわ」


 西都リンシャに在るゴリュウお爺様の館で歓迎された私は、夕ご飯の席上でお爺様に提案してみた。

 お爺様に善く善く聞いてみると、お爺様が授かった鑑定では、お爺様の何倍力が強いとか、何倍素早く動くとか、そんな感じに見えるらしい。

 そして持っているスキルまではまだ見えないのだとか。


 成る程と私は思う。

 私には原作やゲームの知識が有るから、鑑定で見えるステータスがどういう物かという基準が有る。そういう基準が無ければ、確かに自分の何倍なんて見え方になるのかも知れない。

 そういう情報で鑑定結果が欲しい事も有るだろうから、ちょっと心に留めておこう。


 見える内容が細かいのにも、多分知識量が絡んでいる。勿論熟練も関係しているとは思うけれど。でも、鑑定を得てから、何かが目に入る度に鑑定していた私に言わせてもらうなら、鑑定の熟練度を上げる事による効果は恐らく鑑定結果が得られるまでの早さだ。じっと見詰め続けないといけないのか、一瞥で分かるのか。それに影響している様に思う。

 そしてもう一つ上げるなら、知識の神ロッシェ様に頂いた叡智が、私の知らないスキルをも私に教えてくれているのだろう。


「ん~……お爺様に、「オドロル山の興味」とかいうスキルが付いてるわ」


 そんな叡智が働いたらしい結果が、また私の目の前に。


「ほう……何と無く視線を感じていたのは、本当に山の神だったんだね」

「私も魔境の森で経験したんだけどね、そのスキルは神様との繋がりだから、スキルを通じて何と無く気持ちの遣り取りが出来る筈よ? 森の神様は水の神様よりも人の言葉なんて分からなかったから、言葉じゃ無くてしっかりイメージしないと駄目なの。多分、何かもごもご言っておるけどよう来たのう、とか、そんな事しか思われていないわ」

「それでは物の役に立たないかな」

「やっと人間と交流を始めた神様だから、それは仕方が無いわよ。でも、今から神様に親しく話し掛けていれば、何百年か先には交流する為に人の姿を取って現れてくれるかも知れないわ。孫の孫の孫の、ずぅ~っと先の孫の為にはなるわよ。

 それに、イメージでしか伝えられない今でも、十年もすればもっとはっきり伝えたい事が分かる様になるかも知れないし。そうしたら、武装した集団が山に入って来たとかいうのも教えてくれる様になるかも知れないわよ?

 任務で山の神様と交渉しようとするより、山の事が好きで好きで、もしも山の神様が居るのなら日がな一日語り合いたいと思っている人に、事情を話して協力して貰うのがいいわね。きっとそういう人達が、後々山の神様を祀る一族になったりするのよ」


 ゴリュウお爺様に語った通り、私はもう一度呪われたダンジョンまで連れて行って貰っている。

 それで分かったのが、グラ森の神様も森で起きている事は把握していても、深い知性を持っている訳では無いという事だ。

 原作に出て来た森の神レラ様は、森に棲むエルフィンやシルフェンから崇められていたからこそ、人の心を知り、人の姿を取って現れたのだろう。

 でも、この国では全ての祈りは聖神ラーオに捧げられていた。彼らに向けて話し掛けられている訳では無いから、土地に宿る神々は今迄ただ森であり山でしか無かったのだ。


「……成る程な。私も昔御山に登った時には、思わず聖神ラーオへと祈りを捧げていたね。――ふぅ、炭焼きとでも話をしてみるか。或いは猟師かな」


 その辺りはゴリュウお爺様にお任せする事として、結局私達は山へと向かった。


 因みに、私の他にもジャスティンお兄様にアドルフォお兄様、ヴァレッタお姉様、イサナさん、ザメルさんが一緒に来ている。

 お父様とお母様は来ていない。イサナさんは魔獣()けで、ザメルさんは森の中のアロンド叔父様には劣っても、万能な索敵持ちらしい。

 カヌレはお爺様の館でお留守番。西都リンシャを見て回るとか言っていた。


 そして肝心の山だが、見た感じは北アルプス(飛騨山脈)に似た雰囲気が有る。

 つまり、山々が連なっていて独立した感じじゃ無い。異世界で森林限界が同じとは限らないけど、山頂辺りは木々が生えていないらしいから、三千メートル級の山々だ。

 ただし、山を抜ける峠はまだ木々が有るらしいから、二千メートルかそこらだろうか。何れにしても、そんな所まで良く馬車道を通したものだと思う。


 逆に言えば二千メートル辺りまでは馬車で行けるのだから、富士登山みたいな感じかも知れない。いや、北アルプスも結構上まで行けたらしいけれど、そういう道は風情を妨げるから見ない事にしていた。

 前世で珍しく楽しかった想い出だ。


 小学生の低学年かそこらで、北アルプスの足を踏み外せば何百メートルも下に真っ逆さまの岸壁を歩いた。擦れ違う事も出来無い幅の道を鎖伝いに行くのだ。そんな難所を抜けてから振り向いて、あんな所を歩いて来たのと自分でも吃驚した。

 流石にそんな難所は家族皆で歩いたけれど、もっと標高の低い森の中では、姉は一人で先々(さきさき)行ってしまうので、私は良く怒っていた憶えが有る。

 自分の歩くペースで歩かないと余計に疲れるからと宥められたけれど、山に限らず何処でも姉は一人ですたすた行ってしまうのだ。

 今の私は赤石祥子では無くプルーフィアだけど、どうしようも無く切なくて、そして忘れたくない想い出だ。


 今世でも姉はやっぱり大好きなお姉様で、春になってからは私の鍛錬にも付き合っているから、山にも登れるだろうと一緒に来ている。

 一緒に鍛錬する様になったのは、館の馬車道での競争で、私に負けてしまったのがショックだったのだとか。

 私は継続している鍛錬で運動の熟練度が上がっているのと、我武者羅に走るのでは無くフォームに気を付ける様になってから走法と歩法がスキルに付いたから、その効果も有って巧く走れているのだと思う。

 きっと今世では姉に置いて行かれる事も無いだろう。


 峠まで馬車で登り切るのに丸一日。其処に在る騎士団の駐屯地というか砦で一泊する。

 次の日は徒歩で一番近い山頂へ。お爺様も其処でスキルを貰ったのだろうし、余り離れた場所に行っても違う神様かも知れないから意味が無い。


「ほら、頑張れ、頑張れ」

「うん、まだまだ平気ですわ!」


 ジャスティンお兄様がヴァレッタお姉様の手を取ってそんな事を言っている。


「駄目よ、頑張っちゃ。ジャスティンお兄様も急かさないで。私もお姉様もダンジョンに入ってないから位階を上げてないのよ? ゆっくり自分のペースで歩かないと余計に疲れちゃうし、少しずつ体を慣らさないと高地の病に罹っちゃうわ」


 今世で先々行ってしまうのは、どうやらジャスティンお兄様みたいだ。

 学園で位階を上げている筈だから、体力が有り余っているのだろう。


「プルーフィアは良く知っているね。高地の病に罹れば山を下りるしか無いからね。皆、自分のペースで歩くんだ。

 さぁ、そろそろ高い木も無くなってくる。左手を見てご覧? グリムフィード領を一望出来るよ。尾根に上がって晴れていれば王都まで見える日も有るね」

「あ! 魔境の森にきらきらしてるの、もしかしてあれが大河グラウプルですの?」

「お、そうだな。俺もこんな所から見た事は無かったが、此処から見ると二日掛かるとは思えないな」


 ゴリュウお爺様の言葉に周りを見渡したヴァレッタお姉様が、グラウプルの流れを見付けて燥いだ声を上げている。

 それに応えるザメルさん。


 高い木が無くなれば、生えている腰丈の木はこれも這松によく似た針葉樹。

 岩場を飛び交うのはイワツバメに良く似た小鳥達。

 ヤマネに似た生き物が興味深そうに覗いている。

 雷鳥みたいな鳥の親子が岩場をとことこ歩いている。

 懐かしくってとても切ない。


 その日は岩棚の陰にテントを張って宿とする。

 ご飯は私の虚空蔵屋敷に入っている。


 因みに、普通の虚空庫は容量が体積で決まっている。例えば鍋なら、厚み分の体積しか容量を食わないから、無駄なく収納出来る。熟練度を上げると、中の時間の進み具合を変えれる様になるらしい。カヌレがそんな事を言っていた。

 私の虚空蔵屋敷は、虚空庫と違って小部屋で管理されている。だから屋敷なのかも知れないけれど、鍋を納めると鍋の容積分も容量が食われてしまう。その代わり私の属性魔力次第だけれど、部屋毎にオーブンの様に温めたり、冷蔵庫の様に冷やしたり、或いは冷凍する事も出来る。


 これを知った時に、私は虚空蔵屋敷の中で料理が出来ると喜んだけれど、普通の虚空庫でもグツグツ言ってる鍋を虚空庫に放り込めば保温調理は問題無く出来た。きっと虚空庫の中でも熱の逃げ場が無いからだろう。

 それを呆然と眺めているのを見て、カヌレが珍しく笑い転げていたのを覚えている。


 でも、高地でなら私の虚空蔵屋敷に敵わない。標高三千メートルでは水の沸点は九十度。野菜が美味しく煮えない高地でも、虚空蔵屋敷の中ならば美味しく調理も出来るのだ!

 ……まぁ、今回は出番が無かったけど。保温調理されっぱなしのシチューは、どろどろに野菜が蕩けていた。


 テントの中を私の魔術で少し温めて、ぐっすりと眠った。


 次の日は、テントをそのままにして山頂まで。

 暗い内に出て、広がる雲海が太陽の日が差すと共にぶわっと晴れる。

 懐かしくて切なくて涙が出そうだった。

 普段から酷い言動をしていたのは同じでも、山に登っていたあの頃はまだ父のアル中もそこまで酷くは無かったのだ。


「あれが王都に続く道だね。王都は……見えないな。アクトー領も山に遮られてしまってるね」

「魔境の向こうも見えないね。もしかしたら別の国が在るかもと思ったんだけど」

「でも、クルムヴァレー領は全部見えるわ。直ぐに遊びに行けそうなのに、行こうと思ったら何日も掛かるのよね」


 尾根に出てからも、息の合間に喋りながら、一歩ずつ進む。

 冷たい風が気持ちいい。

 思いの外に服はしっかり暖かいけれど、前世と比べるとやっぱり重い。

 靴は駄目だ。粘土で足の型を取ったオーダーメイドだからまだましだけれど、靴底が硬くて何より滑るのが怖い。

 私自身も、ヴァレッタお姉様達をも、何度も無属性魔力で支える事になった。

 無属性魔力、とても便利だ。


「よし、山頂だね。何度か此処に来て山の神に祈っていると、何かに見られている様な感じがするんだよ」


 本当に何も無い山頂で、ゴリュウお爺様がそう言った。

 関係無いけれど、オドロル山標高何々メートルと書いた標識を立てたくなる。当然右と左に矢印を着けて、そちらの山の名前も書きたい所。


「ふ~ん……どんな感じに祈ったの?」

「それはこうだな。最上等の乾肉を供え物として、――山の神よ、グリムフィードを外敵よりお護り頂き有り難うございます……」


 ゴリュウお爺様のお祈りを見ていて少し気になった。

 多分、私が魂と合一していなければ違和感なんて感じなかったのだろうけれど――


「お爺様、それでは山の神様に届いてないわ? オドロル山と山の神様を分けて考えちゃ駄目よ。オドロル山よ、って呼び掛けてみて?」


 私がそう言うと、ハッと顔を上げたゴリュウお爺様が、再び俯いて、暫くしてから呼び掛けた。


「オドロル山よ――」


 その瞬間、それまで聞き流していたとてもとても大きな何かが、ゴリュウお爺様と私達へ意識を向けるのをはっきりと感じた。

 それは私だけでは無く、皆がしっかりと感じていた。

 元々皆跪いていたけれど、とても立っては居られない。両手を地面に突いてしまっている人も多い。

 でも、これはただオドロル山が、『何じゃ儂に話し掛けておったのか』と振り向いただけに過ぎないのだ。

 そしてゴリュウお爺様は涙を流しながらも、オドロル山への祈りを続けている。


「オドロル山よ! 私はこの山の南に住む人間の、代表をしている一族の一人だ。私達の土地はずっとこの山に護られて、今迄生き長らえる事が出来ている。その感謝を伝えたくて来たのだ。――いや、本当に護られていたのだ! 悪い心を持つ者達はこの山に遮られて入っては来ず、麦に黒病が流行った時にもこの地に病は来なかった。本当に有り難うございました。――いやいや、今迄も多くの者が本当は感謝を伝えたかったのだ。それだけでは無く、この雄大で美しく素晴らしいオドロル山を見ての感動を伝えたかったのだ、だが、今の今まで私達はどう感謝を伝えれば良いのか知らなかった。ずれた所にばかりその気持ちを向けていた。しかし私の孫が――」


 オドロル山は、多分自分が山の神とは思っていなかったのだろう。

 ゴリュウお爺様がしっかりオドロル山に声を掛けた後には、饒舌な程にイメージを投げ掛けてくる。

 それにゴリュウお爺様も答えて、話は尽きそうに無かった。


 私は「ちょっと戻るね」と一声掛けて、それこそ二十メートルも離れていないがれ場まで戻る。其処で大きめの石塊を四つ程虚空蔵屋敷に放り込んでから、山頂に戻る。


「――いや、山だけでは無くて、森や川にも神、いや意思が宿っているなどとは今迄誰も気付いてなかった。それを――」


 お爺様がお話ししている隣で、石塊を一つ取り出して、時々立ち上がって辺りの様子を確認しながらオドロル山の立体模型を造る。合計四つ。

 四つ造り終わる頃には、跪いていた家族にも、何故だか呆れた眼差しで見られていた。


「何をしているのかな?」


 ふと気が付くと、ゴリュウお爺様だけでは無くて、オドロル山からの注目も浴びている様に感じられた。


「あのね、オドロル山の山頂に有った石でね、オドロル山の形を作ったのよ? オドロル山の神様へのお供え物に何を捧げれば良いか分からなかったけど、お喋りがとても好きなんだって分かったから、もしかしたら麓近くでもこの石を通じてならお喋り出来るかも知れないわ。リンシャからだってお話出来るかも知れないわ」


 「ほう」と言いつつ、ゴリュウお爺様は出していた乾肉を片付けた。

 オドロル山もその提案を気に入ったのか、始終ご機嫌な雰囲気を振り撒くのだった。



 ~※~※~※~



 プルーフィアがオドロル山山頂に模型を据え付けたのを見届けてから、再びテントで一泊、峠の砦で一泊して、其処から馬車でグリムフィード領への道を下っていた。


「プルーフィアは寝たのかな?」

「寝てない」


 ヴァレッタに抱き付いて顔を埋めていたプルーフィアが、ゴリュウの言葉に間髪入れず返したので、馬車の中に笑いが零れる。


「しかし今回はプルーフィアが来てくれて本当に助かったよ。山の神とは山そのものか。それは自分では気が付かなかっただろうね」

「でも、あの神様に何かをお願いするのは……」

「不敬だろうねぇ」

「そんな事無いのよ? 捧げ物とのバランスだから、確かにお喋りだけでは何も頼めないかも知れないけど、それなら山に変な人が入って来たら教えて貰うだけでも全然違うわ。お爺様の館に置く模型でもそんな遣り取りが出来れば、初動も変わるわね。

 でも、そんなのはもっともっと仲良くなってからの話だから、今考える話じゃ無いわね」


 その言葉を聞いてゴリュウは考える。

 成る程、確かに漸く顔見知りとなった相手に頼み事をされても、それはいい気持ちはしないだろうと。


「ちょ、ちょっとプルーフィア、こそばゆい、から――」

「ふぅ~~~~!」

「きゃっ!? こ、こらー!!」


 仲良く戯れ合う孫娘達を眺めながら、ゴリュウは納得するのだった。

 姉に甘えるプルーフィア。

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