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洞を穿ちて察するが如く 氷の解けるが如く  作者: みれにあむ
第一部 王国記篇  第二章 三つの街と広がり行く噂
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(33)震え上がるメリカルド

 おや? メリカルドの様子が……。

「ぷるぷるぷる。ぼく、わるいメリカルドじゃないよ!」

 例えば、構成員からの上納金で成り立っている組織が有るとする。

 その組織は、遍く世の中に手を差し延べる事を名目上の存在意義としているとする。

 それでいて、組織の上層部はそんな名目に価値を置いていなかったとする。


 そんな組織が、金も無い貧乏領主が治める土地に派遣する人物とはどんな人物だろうか。


 グリムフィード領都グリームで教会の司祭を務めるメリカルドは、正しくこれに当て嵌まる人物だった。

 即ち、自ら新しい事を始める野心は無く、然りとて教会の指示を蔑ろにする怠惰さも無く、言われた事は愚直に守ろうとする忠実な(しもべ)

 上納金を求めない代わりに中央からの援助も無い、手が掛からない存在ながら、しかし反攻の芽生えなどの必要な報告は上げてくる便利な存在。


 グリムフィード領に派遣される司祭は、代々そんな人物だったのである。


 毎日の出来事を日誌に付け、特記事項が有れば報告書も添えて王都の中央教会へと送り、書簡が返って来ればその指示に従う。その繰り返し。

 尊大な態度も、喜捨と称した治癒の代金も、全て教会学校で学んだままの規定だ。

 愚直という言葉は必ずしも悪い性質を指し示す物では無いが、メリカルドの場合は()が際立った愚直としか評せなかった。

 気晴らしと言えば甘味だけ。領主や領民達の訝しむ視線とは裏腹に、それ以外には何も無い男だったのである。


 では、そんな司祭が務める田舎の教会に、疑惑の目は何故向けられるのか。

 メリカルドは目の前に助けを求める者が居ても、治癒に要求する金額を変えない。

 メリカルドは教会学校で教わった通り、教会の定める不心得者には神の名で恫喝する。

 メリカルドがせっせと送った報告により、時に枢機卿が訪れ神問裁判の名で人々を処刑する。


 メリカルドに悪意が無くとも、未必の故意という言葉も有る。喩えメリカルドにとっては正義だとしても、街の住人から見て違っているのなら、無邪気だからと赦される訳では無い。


 先代も、先々代も、そんな司祭がグリムフィード領の教会に派遣されて来たのだ。

 疑念も募るというものである。



 さて、このメリカルドだが、教会が「司祭としての振る舞い」を定めていない場面では、これも融通の利かない人柄通り素の反応で対応してしまうのが常だ。

 イルカサル達が、教会で話をすると多額の寄付をせしめようとしてくるからと、偶然の出会いを装うくらいには知られている事だった。


 普段ならばそんな教会外の出来事など気にも留めないのだが、この時ばかりはメリカルドも、己が身に受けた異様な雰囲気と、何よりケーキの土産を貰ったが故に、少し頭を悩ませる事となる。


「ふぅ~む、御領主殿のあの取り乱し様は何だったので有ろうか」

「……恐らく何かの問題が起きているのだと思われます。我々に話し掛ける前からも、随分と焦燥している様子でした。恐らくあの店で出会ったのも偶然では無いでしょう」


 因みに、護衛の教会騎士は概ね二通りに別れていた。

 グリムフィード領で過ごす内に帰化した者と、今も中央に返り咲く事を想い荒れる者と。

 合わせれば、評判は悪い方に傾いている。


「姑息なものよ。全ては神の思し召しというのに」


 因みに、これもメリカルドの本音である。

 メリカルドは或る意味非常に実直で有るが故に、自身の存在が神の奇跡には何ら寄与していない事は十分に承知していた。

 故に、全ては神の思し召しなのである。

 それなのに高額な治癒代金には疑問を抱かない辺り“愚”直なのだろうが、もしも領民の誰かがメリカルドの代わりに儀式を監督すると、それに神の教えが必要なら教えてくれと言えば、素直に教えてその者が報酬に治癒代金を受け取るのにも疑問を抱きそうに無いのもメリカルドだった。

 何故ならばそれを否定する言葉は教会学校で教えられていないからだ。


 だからこそ、一月以上経ってから教会に駆け込んで来た探索者達に対し、メリカルドが出来る事は何も無かった。


「た、た、助けてくれ!! の、呪いが!! 呪われたダンジョンの呪いが!! ぅぁあああああ!!!」

「お、お、恐ろしい!! に、に、人間が! め、目の前で(じじい)になって、干涸びて! 砕けてぇ!!!」


 目を剥いて魂すら吐き出しそうな有様の二人は、数年前にグリムフィードへとやって来て居着いた探索者だった。

 メリカルドでさえ乱暴者との噂を聞いた事の有る二人が、体中に木の葉を付け擦り傷を作り、恐怖も顕わに叫んでいる。

 しかしどれだけ叫んでも、メリカルドの知る聖神ラーオ様の奇跡に呪いの除去は存在しない。


「悪いが聖神ラーオ様に呪いを取り除いて頂く儀式を私は知らぬ。力には成れぬ様だ」


 護衛の教会騎士の中には、いいから高額で請け負ってしまえよという目付きの者も居たが、メリカルドは何処までも実直で愚直だった。


「そんな筈はねぇええええ!!!!」

「金か!? そうか金なんだな!!! 直ぐに取ってくるから其処を動かずに待ってやがれ!!!」


 メリカルドは聞き分けの無い二人を困ったものだと見送ったが、その胸の中でふと一月以上前に聞いた話に思い至る。

 あれは結局心配性の領主殿が、想像の脅威に苛まされていただけだと結論付けている。

 何より彼らがそう言ったのと、そんなあやふやな情報は報告に上げられないからだ。


 しかし、今の二人の様子は――


「ふむ、私は聞いた事が無いのだが、死や病や老いの属性を持つダンジョンとやらについて、聞いた事が有る者は居まいか?」

「いえ、私はそんなダンジョンは聞いた事も有りません」

「無いですよ、そんなダンジョン。ダンジョンは強くなる為に潜るのに、そんな呪いみたい、な……? ――ん、何だ!? 今の奴らは何を求めに来ていた!?」

「暫く前に領主殿から私も訊かれたのだ。死や病や老いの属性を持つダンジョンが見付かったとして、その属性を引き剥がす事は出来るのかとな。或いはそのダンジョンを封印する事は出来るのかと。

 私が知る限りではそんな方法は存在しない故にそう答えたが、もしや……」


 メリカルドが珍しく推測の様なものを述べると、その場には沈黙が満ちた。

 そこへ駆け戻って来たのが、凄い剣幕で出て行ったばかりの二人、それに加えて探索者ギルドの副ギルド長である女性だった。


「ほ、ほら、金は持ってきたぞごらぁああ!!!」

「は、は、早く呪いを解け!! 今直ぐに解きやがれ!!!!」

「いや、人の話を聞かぬ者共よの。何度も言っておるが、呪いなぞは解けん。傷の癒しならば通常通り請け負うがの」

「そ、それでいい!! は、早くしろっ!!!」

「時間がねぇんだ!!! とっとと動け!!!」

「ふん。ならば付いて来るが良い」


 奥の儀式場へとメリカルドは案内し、其処へ震え上がる二人を跪かせた。

 恐らく何らかの話が有って来たのだろう副ギルド長は、今の所は置いておく。

 儀式場は建物の中に造られた円形の広場の中央に、石を積み上げ山とした物だ。山の頂に聖神ラーオ様の像が据え付けられている。

 説法をする時はこの山の中腹で、今の様に跪く二人の方へと向いて行われるが、治癒の儀式ではただ祈りを捧げている。


「では、聖神ラーオ様に治癒の施しを祈るが良い。祈りでは軽々しくラーオ様の名を言葉にしない様に」


 その言葉を告げる前に必死に祈っている二人を見て、どうやら望みは無さそうだとメリカルドは溜め息を吐いた。

 この二人は聖神ラーオ様の奇跡を受けるに値しない者達なのだろう。呪いがどうかは知らないが、至る所に有る掠り傷が薄くもならないのは、神から嫌われている事に外ならない。


「もう諦めよ。それ以上祈っても聖神ラーオ様は応えぬ。お前達は聖神ラーオ様からは嫌われているぞ」

「そ、そんな、ば、馬鹿な!!」

「鏡……鏡は何処だ!!!」


 それを指摘するメリカルドの言葉に、二人は周章狼狽して鏡を求め、教会の中に設置しているそれを二人して覗き込んだ後に「「ぎゃーー!!」」と叫んで二人ともその場に引っ繰り返った。


「全く、良い大人が見苦しい」

「そう? 二人とも二十六らしいから仕方無いんじゃない?」


 今の今まで黙っていた副ギルド長が口を開くのを聞いて、メリカルドは思わず倒れた二人に振り返った。


「二十六歳、だと?」


 どう見ても、五十近い様にしか見えない。

 背筋をひんやりした何かが流れていく。


「ま、それはいいよね?

 呪いを解けるのかもと思って見に来たけど、無理っぽいし。

 解けるなら頼みたい仕事が有ったけど、駄目なら用は無いわ。じゃあねぇ~」

「ま、待てっ!!」


 メリカルドは思わず副ギルド長を呼び止めていた。


「一体、何が起きているのだ!?」

「あ、それ聞いちゃう? 本当に聞いちゃう?」

「何だと?」

「だって、言っちゃったら依頼するしか無いんだけど?

 解決出来ないなんてなったら、ありゃー、ってならない?」

「ぐ……むぅ!?」

「だってほら、傷を治すのなんて薬も有るし? ポーションだって有るし?

 職だって頑張って働いていたら付いてるし?」

「罪人に罰を下すというのが――」

「ほらほら、それだって勝手に罰を落とせばいいじゃん?

 大雨の日は色んな所に雷は落ちてるんだから、それを落とせばいいだけじゃん? 教会の偉い人を呼ぶこと無いじゃん? 教会の偉い人が来て頑張らないと落ちない罰ってお笑いじゃん?」

「ぬぅううう~~!!」

「ま、その辺り何が有ったかなんて(つつ)かれると、お互い不幸よね。領主様も出費が嵩んで領はどんどん貧乏になるし? あんた達もこれからは畑でも耕さないと、どうなるかなんて分からないわよ?

 じゃあねぇ~」


 副ギルド長は、言いたい事を言うだけ言って帰って行った。

 メリカルドは何も言い返せなかった。

 ポーションも職も聖神ラーオ様の祝福だと言い切る事は出来るだろう。しかし、天罰への言及には唸る事しか出来無い。


 メリカルドは直ぐ様中央教会への手紙を書いた。

 内容は、グリムフィード領の魔境に不都合な属性のダンジョンが現れたらしい事。

 その属性は“老い”で、ダンジョンから出て来た探索者が目の前で老人となり干涸びた様になって死んだらしい事。

 実際にそれを見た探索者が教会に駆け込んで来たが、実年齢よりも二十以上歳を取って見えた事。

 このダンジョンが為に、グリムフィード領は今後酷く困窮するだろう事。

 そして、今は領主達もこの事実を隠そうとしているが、事実が明らかになった場合は恐らく教会に事態の解決が依頼されるだろう事。

 その時に解決出来る手立てを自分が知らない事。

 最後に、ダンジョンで身に付いてしまった望まない力を引き剥がす方法は有るのかと、不都合なダンジョンを封印或いは破壊する方法は有るのかを問いにして、手紙を結んだ。


 天罰についての疑問は書けなかった。


 後に、メリカルドは中央教会からの返信を手にし、そこには既知の事実以上の情報が無い事と、知らされていない事ならば知らないままにせよとの指示を見て、じっとり冷たい汗に背中を濡らす。


 その時メリカルドは、初めて教会に疑問を抱いたのである。

 メリカルドは普通に欲の面が突っ張ったおっさんだった筈が、何だってこんな事に……。

 書いている途中からどんどんおかしくなってしまった。

 因みに、おっさん二人は単に焦燥して徹夜で走って来てげっそりしてるから老けて見えてるだけ。

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