(26)ダイカン=アクトーの覚悟
ストック無しでのぎりぎりだけど、ポイント増えつつある時に隔日に切り替えたりなんて出来無いよね?
「呪われたダンジョンだと?」
ダイカンの言葉に、イルカサルは大きく頷いた。
「ええ。風のダンジョンでは風の力を、土のダンジョンでは土の力を手に入れて、そして手放す事が出来無い様に、望まれぬ属性を持ったダンジョンを呪われたダンジョンと呼びます。
魔境で見付かったのは、恐らくは強力な老いのダンジョン。探索に潜った者達は、哀れにも老人の姿で這い出てきて、その場で砂と崩れました。こういう時こそと教会の司祭を引き摺ってでも連れて行って封印でもさせようとしましたが、老いは生き物なら当然の事、どうする事も出来無いと言って逃げられました。
その所為でダンジョンの封印に魔境産の魔石を使わざるを得ず、故に今年から税は麦で納める事となってしまいました」
「はて、今年も例年通りと聞いて――いや、何でも無い」
「ああ! 呪われたダンジョンが発見された大河グラウプルの畔を開発出来ていれば、ここアクトー領への脱出路も確保出来たやも知れないのに! 今は周辺広範囲を立ち入り禁止とした上で、急ピッチで封印設備を造らねばならないのです!」
「ぐふっ!?
そ、そうか。では、見舞金でも出さねばならんな」
ダイカンのその言葉に、大袈裟な身振りを示していたイルカサルが、ふと真面目な表情に戻る。
「見舞金は非常に有り難い話ですが、正直な所を申せば、王都と遣り合う様な大領地で経験を積んだ、信頼出来る輔佐の方を何方かご紹介頂きたいです。何分全く手が足りておらず、領内から人を募ろうにも結局は田舎者でしか有りませんから」
「ほ? ぐふふ、良かろう。頼りになる者を見繕ってやろう」
「持ち込んだ箱には、魔術師が造り上げた神々の像が納めてますわ。神々の物語と祈りの作法は此方の冊子に纏めています。
神像を見られても問題にはならないでしょうけれど、冊子の扱いは慎重にお願いしますわね」
「ふむ、良かろう」
「では、私達はこれで失礼します」
「お父様、また後でね」
そう言って立ち上がった二人を見て、ダイカンは違和感を覚えた。
ヴァチェリーは元気だった頃も、こんな風に柔らかくイルカサルに寄り添っていただろうか、と。
「……お主らの今日の予定は、この後はどうするつもりだ?」
そんな気持ちが、きっと二人を呼び止める様な問い掛けとして口から出て来たに違い無い。
「うふふ、今日は久しぶりにユイリーローズ園を回るつもりなのよ? この人にとって、私はユイリーローズ園の女神らしいですから♪」
そして余りにも浮き立った様子のヴァチェリーを見て、ダイカンはそのまま視線をイルカサルへと滑らせる。
「……妻に、日記を見られてしまいました」
ダイカンは馬鹿馬鹿しくなって、椅子の背もたれへドンと体重を預けた。
何を青臭い事を言っているのかと。
「いや待て、まさかと思うが、娘がお主に想いを寄せていた事も知らない訳では無いだろうな?」
「……えっ!?」
「ど、どうしてお父様がその事を!?」
ダイカンは思わず暴れ出したい様な遣る瀬無い衝動に駆られる。
椅子に座りながら掌で顔を覆って天を仰ぎ見、姿勢を戻した時に目に入ったのは、見詰め合う二人。ヴァチェリーの頬にイルカサルがそっと手を添えたその瞬間だった。
「出るなら出て行かんか!!」
「きゃっ!?」
「も、申し訳有りません!」
ドンとダイカンが机を叩いた剣幕に、随分と薹の立った初心な恋人達は、慌てて廊下へと飛び出して行った。
ダイカンは溜め息を吐く。
親としても真剣に心配していたというのに、恋患いだったなどとは遣り切れない。
「ふん……」
もう笑うしか無いと、ダイカンは鼻から息を抜いたのである。
そんな呆れる一幕は有れど、託されたならば一度は目を通す心積もりのダイカンは、木箱を自室へと運ばせた。
十の木箱に示された十柱の神々の名前。
ララィラーラ。ルーナ。リンディラ。レゾフォス。エリーン。シムビス。エイラール。レジム。グロム。ロッシェ。
冊子には更に多くの神々の名が示されているが、それを見てもダイカンには今一つ実感が湧かなかった。
しかし、書かれている事が正しいのなら、確かめる事はこの場でも出来る。
暫し瞑目してから、ダイカンはエイラールと書かれた箱を開ける。
丁寧に梱包された神像を開梱した時は、少し感心した様子を見せた。
「成る程、芸術品としてもそれなりの物だな」
脇机の上に神像を置いたダイカンは、暫しそれを睨み付けてから、取り繕う事を止めた。
「さて、エイラールとやら。儂は神だからと言って崇めねばならぬ物とは思うておらぬ。この地に生きる者は長年教会の奴らに搾取されてきたからだ。神だから正しいのでは無く、そこには必ず何かしらの思惑が有ると考える様になった。
何かと金をせびる教会の思惑は、欲望ばかりの金の亡者だったということだろう。しかし託された真実の神々について書かれたこれを見ると、そういう欲望を感じさせん。ここに書かれているのは願いであり祈りだ。お主ならば人々が命を慈しむ世の中で有る様に、というところだろう。
これを読む限りでは、どの神々も欲望では無く願いで人々に奇跡を与えておる。ならばこそ、儂はお主らが真実の神だと信じたくなった。お主らが真実の神ならば、儂はこの地に神の教えを広めるのに老骨にも鞭打とう。
しかし確信が無い。ここに書かれているだけでは只の物語だと言われても否定は出来ぬ。――否、生命の神エイラール殿に捧げるのは生命に誠実で有れとの誓いだったな。
そんな事は今更誓うまでも無い。誰に言われるまでも無く、それは領主の仕事だ! 領民が皆健やかに暮らせる様に手を尽くすのが領主だ! 喩えるならば、狩りをしても肉は食事に、皮は衣類に、骨は出汁を取った後は砕いて肥料に、部位によっては薬に、それでも使い切れぬなら肥料にと、余さず無駄にしないことを教えるのが領主の勤めだ! その為に法を作り、教育を施し、法を守らぬ者を取り締まり、領主自身も法を守る。今迄もそうしてきたし、これからもそうするだろう。
民が健やかに暮らす上で教会は害悪故にこの地から排除した。しかしそれで喪われてしまった――いや、喪っていたと思い込んでいた秘事も多い。それを取り戻せるというのなら、儂はお主ら神々も、儂の求める民の健やかな暮らしの為に利用するぞ!
それを誓いと言うのならば、そんな事は疾うの昔、領主になる事を決めた時に儂の魂に刻み込んでおるわ!! ――ぐぬ!?」
言い切った途端に、ダイカンの体を言い知れぬ熱が駆け巡る。
暫しの後に、ダイカン=アクトーの部屋からは、低い笑いが響いてくるのだった。
「お父様、それではまた来年、今度は娘達を連れて来ますわね」
「うむ。楽しみにしているぞ。余り孫達に迷惑を掛けん様にな。ジャスティンも元気でな」
「はい、お爺様もお元気で」
「来年も今年と同じく魔石での納税は難しそうです。どうぞご寛恕頂きたく」
「ふん、分かっておるわ。窮状は分かった故にジーゴを遣わしてやる。上手く使うがいい」
「え? ジーゴさんを? お父様の腹心なのにいいの?」
「ふん、心配せんでも後進は育っておる。それにこれは面白い話を聞けた礼だ。偉人達の像は複製して相応しい場所に飾らせて貰うぞ」
「偉人……な、成る程、それは思い付きませんでした。逸話に倣うも良し、偉大な先人の姿を目にすれば向上心も育ちましょう。早速グリムフィードでも取り入れさせて頂きます」
「うむ、美術品としても良い物だ。民の心も潤おう。――はっはっはっ」
ダイカンは娘婿達が領地へと帰るのを笑顔で見送った。
しかしその様子を見ていた息子のディーゴは、ダイカンが最後に浮かべた笑みは物凄く悪巧みをしている様で、丸で悪役か何かの様だったと後に言ったという。
ダイカン=アクトー。アクトー侯爵領の領主。
真実の神々を知ること無ければ、教会への嫌がらせとして出来の悪い第三王子を支援しただろう老侯爵は、この時教会と直接対抗出来るだけの武器を得た。ダイカンの働きにより、未来は大きく変わっていく事になる。
そしてイルカサル=グリムフィード。
イルカサルに自覚は無くとも、彼の行動原理はこの時まで妻ヴァチェリーの気を惹くことに有った。しかしこの秋会合でイルカサルは元よりヴァチェリーから愛されていたことを知る。
イルカサルもまた、この時から大きく変わっていくのだった。
今日が休みで無ければ間に合わなかった!




