(24)妹からの手紙
第一章ラスト~♪
グリムフィード伯爵家嫡男ジャスティンと次男アドルフォが、王都の学園に通う間の仮宿としていたのは、地方の子爵向けに用意されている小振りな邸宅の一つだった。
小振りと言っても小さな屋敷だ。借り受ける為の費用はそれなりに掛かる。
ジャスティン達からすれば、それこそアパートメントの一室を借りられればそれで十分では有ったが、曲がり形にも伯爵家で有ればこそ最低限張らなければならない見栄という物が有った。
子爵向けの邸宅ならばまだ言い訳も立つ。グリムフィード家は伯爵を名乗っているが、実際は魔境に接した辺境子爵なのだと。しかし辺境子爵という地位は実際には無いので、伯爵を割り当てられているのだと、聞かれた時にはそう答える様にジャスティン達は心得ていた。
実際にその理由を告げたなら納得されない事は無く、ジャスティン達は実際には子爵相当なのだという理解で学園での生活を遣り過ごしていた。
尤も、袋小路のグリムフィード領が並の子爵家よりも貨幣の手持ちが無いのも事実では有ったが。
しかし、もしも彼らが男爵以下に割り当てられるアパートメントの一室を借りていたならば、その扱いは全く違った物になっていたのだろう。
男爵相当にも拘わらず伯爵の振りをする田舎者として、蔑みと嘲弄に晒されていたのは確実だと、彼らも王都での生活で理解する様になっていた。
ジャスティン達にも分かっていたのである。
王都の貴族達は、幾重にも重ねられた仮面の下に本性を隠した魑魅魍魎達なのだという事は。
気のいい仲間の様に卒業後の騎士団入りを誘ってきても、其処に有るのが親愛の感情では無く、どこまでなら利用出来るかを推し量る温度の無い眼差ししか無い事は、疾うの昔に分かっていたのだ。
それでも可愛い妹たちに、実家以外の逃げ場を作ってやらなければならない。
そんな判断から、卒業間近のジャスティンが苦渋の決断を下そうとした時に、その手紙は届いた。
『お母様が、元に戻りました。』
本当にそれしか書かれていない妹ヴァレッタからの手紙。
しかしそれでいて早馬で届けられた手紙だった。
「……私は間違えていたかも知れない。妹達をあの家から引き離すのが正しいと信じてきたが、それは本当に正しかったのだろうか」
「この手紙の真意なんてまだ分からないよ」
「だが、この内容が本当ならば妹達を王都に招く意味が無くなる。そしてそれを踏まえた上で言うのなら、これはグリムフィード領に口外出来ない何かが起きて、今直ぐ帰って来いとの隠喩なのかも知れない」
「――僕は兄さんがしたい様にすればいいと思うよ」
「……アドルフォ、私は卒業式を待たずにグリムフィードに帰る。事情を話せば卒業扱いにはなる筈だ。二日程挨拶回りを見込んだ後は、直ぐに王都を発つ事にしよう。
喩えこの内容が真実で有ろうと無かろうと、親から引き離す事を良しとするべきでは無かった。いや、寧ろ今この時にヴァレッタから手紙が届いたのは僥倖だった。そうで無ければ私はこの魑魅魍魎の住処たる王都へ妹達を呼び寄せていただろう。
アドルフォ、私は先に行くがお前も引き上げる準備を進めておけ。使用人達にも準備だけはさせておこう。
もしも引き上げが不要な様子なら手紙を送る。引き上げた方が良い場合も手紙は送るが、ヴァレッタの手紙がこの調子だ。余り内容は信用するな。指示にだけ従ってくれれば良い」
「僕は兄さんと一緒に帰るのでもいいと思ってるよ?」
「ふ……卒業が決まっている私と同じに考えるな。お前の仕事はグリムフィードが取るに足らない場所と思わせる事だ。関わるだけで貧乏が移るとな。慌てて二人とも帰れば警戒を呼び起こしかねない。頼んだぞ。
何れにしてもお前が帰る時は使用人と共に馬車だ。その時はもう王都に来る機会は無いかも知れん。せめて最後に王都を楽しんで、グリムフィードでは手に入らない物を土産に積み込んで帰って来い」
そう言ったジャスティンは、言葉通り三日目の朝に王都を単身発って行った。
残されたアドルフォは、言い付けを守って噂の種を蒔いていく。
「――ああ、領地で何かが有ったらしいんだ。僕も帰らないといけないかも知れない。本当に何も無い領地だから、何も起きて欲しくは無いのに……」
「――うん、グリムフィードではまだ物々交換が主流だよ。お金を持っていない領民も半分位は居るんじゃ無いかな。寧ろお金を見た事も無い人だって居そうだよ。盗賊だって寄り付かない土地だね」
「――グリムフィードで一体何が起こったんだろう。収穫前の畑が火事で燃えたりしたらそれは確かに大事だけれど、呼び戻される様な出来事でも無いし。魔境で何かが起きたのかな? グリムフィードで何か特別な物を挙げるなら魔境しか無いから、魔境に何かが有ればグリムフィードは終わりだよ」
何も知らないからこそ思わせ振りに適当な言葉を言えた物だったが、ジャスティンが帰ってから二十日目に届いた手紙には、正しくその魔境で異変が起きた事が記されていた。
『アドルフォへ。直ぐに退学の手続きをして帰ってくる様に。
余り詳しい事は書けないが、魔境に呪われたダンジョンが現れた。私達が学園のダンジョンで土属性を得た様に、出現した呪われたダンジョンでは“老い”を得る事になる。始めに潜った探索者達は、戻って来た者も枯れ果てた老人の姿で、時を経ず砂の様に崩れ去ったらしい。ダンジョンで得た土属性を引き剥がせないのと同じく、逃れ得ない老いは呪いだ。周辺のダンジョンに汚染が拡大したら目も当てられない。今は魔境産の魔石を用いて封印しようとしているが、それは外貨の獲得に使える魔石が無くなったという事だ。
新たな産業の立ち上げや各所との調整など、人手が全く足りていない。
しかしこの状況だ。使用人達の進退については彼らに選ばせてやってくれ。もしも王都に残るという場合は同封した紹介状を渡してやって欲しい。勿論グリムフィードに帰るというなら歓迎する。
私達で手に入れた家具類は使用人達と分配する様に。王都で処分するというならそれでも構わない。借りている家に備え付けの家具類も有るからそれは使用人に聞く事。家の解約は事務のフローレン先生に相談する事。既に借り主はアドルフォへと切り替えているから、問題無く解約出来る筈だ。問題が生じた場合は滞在を延ばすのも仕方が無いが、早馬で知らせる様に。
尚、この手紙の内容が人に知られれば、グリムフィードは一層の苦境に立たされる事になる。秘して黙して濁す様に。打ち明けて良いのは、本当に信用出来る人間に限る事。またこの手紙も燃やして灰になるまで見届ける事。
アドルフォの無事の帰還を待っている。
ジャスティン=グリムフィード』
そんな手紙を貰っても、アドルフォは愕然とするしか無い。
暫くは何度も手紙を読み返すばかりだったが、その内に違和感に気が付いた。
詳しい事は書けないと書きながら、十分以上に詳しく書かれているのでは無いだろうか。それならば、書かれていない詳しい話とは何だろうか、と。
更に気が付いてみれば、他にも違和感が溢れてくる。そもそもの母親の状況がここでは一言も触れられていない。
そう言えば、兄は手紙の内容は信用するなと言ってなかったかと、ジャスティンは思い出す。
グリムフィードから来て貰っていた使用人達には、兄の手紙をそのまま見せた。手紙を見た使用人達は、寧ろ覚悟を決めた笑顔でにかりと笑って、自分達はグリムフィードの民ですよと言ってのけた。アドルフォは不覚にも涙が零れた。
使用人達の覚悟に背中を押される様にして、全ての手続きは滞りなく進む。
「アドルフォ! ……本当に帰ってしまうのか。一体何が有ったというのだ?」
「……それは言えない。ただ友人として言うなら、グリムフィードにはもう近付かない方がいい」
僅かな友人には言葉を濁して兄からの手紙の設定通りの忠告を伝えたりもしたが、結局誰にもそれ以上の事は伝えなかった。
アドルフォが手続きに奔走している十日の内に、使用人達は家を引き払う準備を済ませ、王都からグリムフィードへと運ぶ積み荷も幌の荷馬車に積み込んでいる。
荷馬車を牽く馬は二頭。荷馬車の後ろには王都で使っていた二人乗りの小さな馬車も繋いでいる。
使用人として来て貰っていたのは、元領兵の夫婦だから、道中の護衛も兼ねている。
「さぁ、帰ろうか。僕たちのグリムフィードへ」
「ええ、坊っちゃん。道中は何の心配も要りませんよ! 一月なんてそんな鈍間な事も言いませんとも! さぁ行け、ハイヤー!」
御者をする使用人の掛け声に従い、馬車は動き始めた。
貴族街から門を通って街道へ、そして南東へ進路を向けてグリムフィードへ。
この時アドルフォが残した噂の種は、グリムフィード領の教会から齎された情報と結びつき、しっかりと芽を出す事となる。
そしてその後の長きに亘ってグリムフィード領を護る結果となるのだが、今はまだ何も知らないアドルフォは、期待と不安を胸に秘めてグリムフィードへの道を帰り行くのだった。
第一章と言いながら、内容はまだまだ序章ですね。
第二章も多分そう。
第三章からプルーフィアが探索者として動き始める本編かな?
しかし、毎日更新でもポイントが中々伸びない。粗さとのバーターになってしまってるのですかね?
冒険者になるのです×3が手に付かないから、週一か二に改めたいと思いつつ。
慣れるともうちょい早く書けて冒険者になるのです×3の方も進められそうには思うんですけどね。




