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洞を穿ちて察するが如く 氷の解けるが如く  作者: みれにあむ
第一部 王国記篇  第一章 神の名前と祈りの作法
23/95

(23)ジャスティンの帰郷

 一話三千文字縛りってきついね。今回四千文字行っちゃったけど。

 朝になって食堂に降りると、すっかりテーブルが並び替えられていて丸で簡易の礼拝室の様になっていた。

 呆れた顔をしたシオンが、祭壇風に設えられていたその場所にエイラール様の像を置くと、敬虔な信者に扮したメイドやボーイにコック達と言った使用人達が跪く。

 我が家の使用人達がこんなにも乗りがいい人達だったなんて、知らなかった。


 すっかりその気になってしまっているお母様も静々と神像の前に進み出て、其処でゆっくり跪く。

 何だか流されているなと思いつつ、私も膝を突いた祈りのポーズで目を閉じた。


 ちゃんとお母様の傷が良くなる様にと、憂いが無くなる様にと祈っていたら、「うっ」とお母様が呻く声が聞こえて目を開ける。

 お母様が身を(よじ)るのは、悪い何かが起きている訳じゃ無い、筈だ。

 震えそうになる体を抑えながら、じっと状況を見守る。


 お母様が動きを止めて深く息を吐いたのを見て、漸く体の強張りが解けた。

 大丈夫と信じていても、初めてなのには変わりが無い。

 神様の奇跡が呆気無く終わるものでなければ、きっと私は泣きながらお母様に駆け寄っていたに違い無い。



(しこ)りになっていたのが無くなって……治ったのかしら?」


 お母様自身は、身を苛んだ疼きと熱が確かに悪い物では無いと感じていたのだろう。

 再びエイラール様へ感謝の祈りを捧げたその後には、拍子抜けした様にそんな事を口にした。

 でも、私を含めて残念ながら判定出来る人が居ない。答えられるのは、きっとエイラール様だけだろう。

 それで、テーブルが元に戻されて朝ご飯が終わってから、お昼までは小鉢を作る時間になった。

 料理長が取り纏めて作り上げた焼き林檎の練乳掛け。種の部分は()けての苦肉の策。

 私とヴァレッタお姉様とお母様とで作ったミルクプリン。

 勿論メイド達も手伝って、全員分が揃っている。


 再び机が祭壇の様に並べ替えられて、今度は私がお母様と一緒に跪く。


「生命の神エイラール様、お母様のお腹の傷を治して頂きありがとうございました。でも、この国でエイラール様の癒しを経験した人は少なくて、お母様はもう赤ちゃんを作っても大丈夫なのか、まだ何回かエイラール様に治療をお願いしないといけないのかが分からないのよ。

 なのでエイラール様はお受け取りしないと聞いているけど、今回はお供え物を用意したわ。もう大丈夫なら受け取って、まだなら受け取らずに置いたままにして下さい」


 実は王国の言葉って結構難しい。

 ちゃんと敬語表現が有ったりして、私も一言目は何とか頑張ってみても、直ぐに崩れてしまう。

 言ってる事も無茶な気はしたけれど、他に確かめる方法も無いと、一気に言葉を紡いでみた。

 魂との合一を図ろうとするのと、何方が大胆かと言えば実は結構悩ましい。

 その事実を知った今は、それだけ舞台度胸が付いたのだろう。


 始めに料理長の小鉢を置いてみれば、あっさりと姿を消す焼き林檎。

 おお、と喜びの声が満ちる。


 ただ、お母様達と作ったミルクプリンの行き場が無くなってしまった。もしもまだ治療が必要だった時に質問する為のお供え物だったのだけれど……。


 そのミルクプリンを手に持って辺りを見回してみると、どうやら私が使っても良さそうな雰囲気だったから遠慮せずに使ってみた。


「エイラール様、有り難うございます。とても安心出来ました。

 序でに教えて下さい。

 エイラール様はこの国で生命の神が髭もじゃにされているのにお怒りなら、お供え物を受け取って、まだなら受け取らずに置いたままにして下さい」


 ミルクプリンは半分だけ消えた。


「怒りたいけれど、神様の姿を知らないなら仕方が無いと諦めてるのかしら?」


 漏れ聞こえてくるメイドの声に私も同意する。


「それでは私の造ったエイラール様の像が、人の姿を取ったエイラール様に似ているなら残りのプリンを全部食べちゃって、まだまだなら受け取らずに置いたままにして下さい」


 ミルクプリンは消えた。

 おお~、と歓声が上がる。

 「食器を残してくれるのは助かるな」と料理長が言う。

 私が言うのも何だけど、この館の使用人達はどこか緩い。


「お答え頂き有り難うございます。

 この王国では神様は唯一聖神ラーオ様だけとされてるの。神様の姿も名前も知らないならそれは仕方無いけれど、治癒の奇跡を受けるだけで凄い大金を要求されるらしいわ。奇跡を求めているのに届かない人達が居るのよ。

 幸い私の魂が一部の神様達の名前を知っていたから、こうしてお祈り出来たし、それをこれから広めていくつもり。教会が怖いから、こっそりだけど。

 その時にはね、多分皆お供え物を捧げようとすると思うの。お供え物を受け取ってくれるかが、本物の神様なのかを判断するのに一番分かり易いのよ?

 私はエイラール様が余りお供え物を受け取ってくれない事は知ってるけど、それが何故かは知らないわ。だからエイラール様のルールを破ってとまでは言わないけれど、もしもちゃんと分かってエイラール様にお祈りを捧げている人がささやかなお供え物をしていたなら、受け取って上げて欲しいわ。

 だって、皆神様にお供え物を受け取って貰えた事の無い人達だから、それは本当に嬉しいのよ。ララィラーラ様にお供え物を受け取って貰えた話をしただけで、教会から裁判という名の処刑をされた人も居るから危険も有るけどね。

 でも、きっと助かる人も多いのよ。

 …………。

 エイラール様、お母様を助けてくれて、本当に有り難うございました」


 私は深く頭を下げて、感謝の気持ちを祈りに込める。

 皆も静かに頭を下げている。

 まだ祈りを捧げた神様は二柱目。でも、その波紋はいつか嵐を呼ぶ事になるのだと、そんな予感を私は感じていたのだった。



 そうは言っても五歳児に出来る事なんて高が知れている。

 それでも自分でやるのだと拘れば反抗期が来たと思われるのかも知れないけれど、生憎私からはそういう子供らしさは喪われていて、任せる所は大人に任せてしまえばいいと思っている。

 私に出来るのは、神様の情報を開示する事だけ。それ以外の時間は、何か有った時のジョーカー(切り札)に成れる様に、自分を鍛える事だけだ。


 だからその日も午後には普通に庭を駆け抜けて、畑の中でエビの稽古をする。随分と走るのには付き合ってくれる人が増えてきた。エビび稽古は何の意味が有るのかと問われて、確か寝技から逃げる稽古だったと憶えていたから、賊に襲われて抑え込まれた時に逃げる為と答えたら、稽古の手伝いだとメイドに上から抑え込まれた。無茶を言う。

 夜になったら皆で一緒のベッドで眠って、朝になったら次の神像造り、それから図書室でのお勉強。お昼になったらお庭でララィラーラ様へ祈りを捧げて、午後はお庭で鍛錬の時間。

 その繰り返し。


 まぁ、夕ご飯の後は家族の時間だ。ヴァレッタお姉様やお母様、時にはシオンと一緒の時間を過ごす。

 お父様は数日前に駄目駄目っ振りを晒してしまってから、私の前ではぎこちない。でも、お母様がお父様達の会議に加わる様になってから、随分考え方を矯正されているらしい。

 ネイサン叔父様は、こんな事ならもっと早くお母様を会議に加えていれば良かったと言っているけど、それは元のお母様に戻ったから言える事に違い無い。


 その日も、夕ご飯の後はヴァレッタお姉様とお母様と一緒に遊んでいた。

 館に入って直ぐの大扉を抜けた所は吹き抜けのサルーン(広間)になっている。其処で手を繋いで輪になって、きゃいきゃいと踊っていた。


 キックという名で呼ばれている、ダンスの勉強に入る前に、お遊びとして憶える踊り。

 四拍子が四小節の内に即興で歌を歌い、軽く指先で手を繋いで、奇数の拍子で片足を出して、偶数の拍子で引っ込める。

 自分の歌の順番が終われば次の人へ。何方(どちら)の足を出すのかは、歌を歌っている人が決めるから、自分が歌の順番で無い時は歌っている人の様子に集中して、間違えない様に足を出さないといけない。

 間違えてしまうと、相手の足と蹴り合う事になってしまう。そんな遊び。

 二人からでも楽しいし、二人以上でも楽しい。

 そしてこれに慣れていると、ダンスをしていて足を踏まれる事も無くなるのだとか。


「お散歩は♪ 楽しいの♪ お庭をくるくる歩くのよ♪」

「お弁当♪ 手に持って♪ 明るいお庭でピクニック♪」

「一歩二歩♪ 散歩でぴょん♪ 楽しくお庭で踊りましょ♪」

「草木の喜び♪ レジムの恵み♪ ララィラーラが見守るの♪」


 私が一番小さくて、お母様が大きくて、ヴァレッタお姉様がその中間。

 私は立って踊れるけれど、お姉様やお母様はちょっと身を屈めないといけない。

 だからこの三人で踊るなら、私が最強だ。


 間違って出された足をていていと蹴り付けながら踊っていると、止め処なく笑いが零れてくる。

 危うく私まで出す足を間違えそうになる。

 良い訓練だとかそんな事よりも、只々楽しい。


 皆で笑いが堪えられなくなって歌が続けられなくなったなら、皆で抱き付き合ってキックも終了。ここぞとばかりに笑い声が弾けた。


「お姉様の負け~♪」

「も~! お母様は引っ掛けが意地悪ですわ!」

「うふふ、ヴァレッタは足ばかり見てるわね。重心を見るのよ?」

「私には足しか見えないわよ?」

「プルーフィアの足は殆ど見え……」


 お母様の言葉が止まって何だろうと見上げたら、お母様も、ヴァレッタお姉様も、私の頭越しにその後ろを見て呆けていた。

 首を捩って肩越しに後ろへ振り向けば、其処には大扉を開けた男の人が立っていた。

 埃っぽい旅装の儘で、歯を食い縛って、顔をくしゃりと歪めて、声を殺して泣く男の人が。


 その男の人が、ふらりと足を前に踏み出す。

 ふらりふらりと足を進めて、手の届く所まで来た時に、ヴァレッタお姉様がその男の人に体当たりした。

 続いてお母様もその男の人に手を延ばす。


「ジャスティン……お帰りなさい」


 ……おお! 顔をくしゃくしゃにしていて分からなかったけれど、一番上のお兄様でしたか!?

 私も何と無くジャスティンお兄様の足にしがみついてみた。


「ぐぅうう……ぅぁああ……」

「ジャスティン、貴方が居てくれて本当に良かった。貴方が居たから皆良い子のままよ。

 本当に御免なさい。そして有り難う、ジャスティン」


 私達三人を纏めて抱き締めるジャスティンお兄様は、いつまでも男泣きに泣いたのである。

 作中の遊びのキックは、現実世界でも遊べそう。

 遊んでくれる仲間が居ればだけどね!

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